2
「何人も村人を食ったけど、こんな変な死に方をしたやつは初めて見たよ。たまにああなるのか?」
「ならへん、いや、なるんかもしれへんけど俺も知らん」
「へえ、じゃああれはなんなんだ?」
「わからへん、なんやろう?」
話をしている間も、白骨は煙を吐き続けている。随分と煙い。彼は嫌がるように首を振り、遠吠えじみたくしゃみをした。人間よりも鼻が鋭敏らしかった。
「一先ず離れさせてくれ、臭くて堪らねえよ!」
心なしか涙目である。頭を撫でてやると、硬い外殻が掌に刺さって痛かった。
彼が急に口を大きく開いた。あっと思った時には服に噛み付かれており、放り投げるようにして、背中の上へと乗せられた。
直ちに走り出した。振り落とされそうになり、慌てて上体を低くした。肩に骨が飛び出したような隆起があったので、必死で掴んだ。彼は風の如く叢を走った。伸び過ぎた枝葉を頭の一振りで砕きながら、煙から逃れるように真っ直ぐ進んだ。
やがて岩肌にぶつかった。地盤が崩れて出来上がった崖らしく、周りにはあまり草木がなかった。山にしては、閑散としている。彼は岩肌に爪を立てたが直ぐに離した。私を降ろし、岩が削れて出来たであろう、窪んだ一角を目の光で照らして指した。
「あそこ、休めるだろ」
「うん、ありがとう」
照らしてくれている間に窪みへと滑り込む。彼はどうするのかと窺うが、あの外殻ならどこででも眠れるかと思い至った。赤い光がふと途切れる。がさがさと足音が響き、まったくの暗闇の中、私の頬に手が触れた。人間の皮膚だった。
小さな赤色が闇に咲いた。獣の状態よりも、光は小さい。それでも燃えていた。彼は見えているらしく、私に抱きつくようにしてその場に転がった。
彼の母親は人間だがすぐに死んでしまい、顔もわからないと聞いた。そして父親は純然たる獣だ。だからこそただの人間である私に母を重ねて、甘えてみたいのかも知れなかった。
真意はわからないが、寄り添って眠った。唐突に白骨化した遺体のことも、立ち上る白い煙のことも、すっかり忘れ去っていた。
忘れ去っていたが、起きれば強制的に思い出した。
目覚めは彼の大きなくしゃみが齎した。二度三度と繰り返されたくしゃみは私の胸元で聞こえ、肉と骨を通じて心臓にも届いた。目を開けると、ぼさぼさの髪が顎の下に見えた。彼は再びくしゃみをした。
「どないしたん……寒いか……?」
背中を撫でてあやしてやりつつ、欠伸を落とす。彼は音を立てて洟をすすり、違うよ、とくぐもった声でまず否定する。
「臭わないのか? なにか、くすぶったような、妙な臭いが……」
「臭い……」
ぼさぼさ髪から視線を外し、辺りを窺う。すっかり朝で明るいが、朝霧が立ち込めており、視界が悪くて遠くは見えない。
「あ」
異変に気付いた。まだくしゃみをしている彼を抱き起こし、首を回してさらに確認する。岩の窪みで眠ったはずだが、周りには何もないようだった。じっとりとした朝霧だけが私たちの四方を埋めている。
手を伸ばして確認するが、どこにもぶつからない。けぶった視界の中でも足元は見え、座り込んでいる私達の周りには、露のついた雑草が霧に紛れながらも無数にあった。
あまりいい予感はしなかった。ぐずる彼を立ち上がらせ、ここを離れようと歩き出す。霧が粘着くようにまとわりついてきた。私の伸ばしっぱなしの髪が、頬や首に張り付いた。彼はまたくしゃみをする。私の腕を後ろから強く引き、振り向くと大きく首を振った。
「多分、そっちは駄目だ」
「見えるんか?」
「いや、ひどい臭いが、強くなった……へっくし!!」
私よりも数倍嗅覚の鋭い彼の言だ。従おうと踵を返し、真っ白な視界の中で方向を探ろうと目を凝らした。どこまでも白い。明るい夜がやってきたかのようだった。
彼の鼻を頼ることにした。彼は赤い目に涙を滲ませながらも、嗅覚を駆使して一方向を指さした。直後に獣の姿へと変化して私の着物を咥えた。走り出した彼の首元に、慌ててしがみついた。
霧を吹き飛ばすように彼は走った。視界は案外とすぐに晴れ、木々や草花が姿を見せた。
その、山の自然の奥に、柵があった。木の杭と蔦で作られた柵は、明らかに人工的なものだった。
山深い場所の筈だが、そこには集落があった。遠くに人影が映る。彼は私を素早く降ろし、人の形をとった。人影は目の前までやってきた。私達を交互に見て、少し残念そうにしてから、
「旅人さんですか?」
と聞いてきた。
私は彼を見て、彼も私を見たが、住人らしい男性は気にする素振りもなく、良ければ村に寄っていってくださいと微笑んだ。
私の食事がありそうで、彼の食事もありそうだった。
なので、村と呼ばれた山奥の集落に踏み入ったが、あまり良い判断ではなかったと後程思った。
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