第9話 テーブルを引っ繰り返す男

 俺は最大のピンチを抜け出した。薬にぼーっとして、犬と交尾する姿を銀髪少年に見られるところだったのだ。良かった、俺ツイテるじゃん。そんな俺をマフィアの女ボスが訪ねてくる。




 俺はサラ子爵を見る。顔に傷痕が刻まれた老婦人。品の良いお婆ちゃん、なんてシロモノには絶対見えない。

 プロフィールを知らなかったら、若い頃は女子プロレスラーだったのか?、と訊いてしまいそうだ。この世界にプロレスがあるかどうかは知らないが。

 マフィアのマッチョ男アーニーでも震え上がる迫力がある。

 無駄に偉そうにしてる人間が嫌いな俺だが、この老婆を嫌いになる事は難しそうだ。


「……サラ子爵、話は分かった。

 だが、俺に何の関係がある?

 『赤いレジスタンス』捜索に力を貸せってんなら見当違いだ。

 俺はこの街に来てひと月と経ってない。

 チンピラの居場所なんて分からない」


「まずは一個、礼を言っておきたかったのさ。

 この間の侯爵の件、あれはアタシも気にしてたんだ。

 証拠もなしに神殿や侯爵を敵に回せないからね」

 アンタが動いてくれて助かった。

 この街の顔役の一人として礼を言うよ」

 

彼女は俺に丁寧に頭を下げる。


「「ゴッド・マザー!!!」」

 アーニーとケイトが仰天した声を出す。

 どうやらこの老婆が頭を下げるのはそうそうある事じゃないらしい。


「あんたたちも礼を言いな!」

 サラが鋭い声で言う。

 

 筋肉二人組と周囲に居た黒服の連中が俺に頭を下げてくる。

 マフィアと一目で分かるような黒服の男どもが全員、俺に頭を見せるのである。俺は得意になるよりも閉口した。隣の席ではアリスが、何事かと言う顔で俺を見たりもしている。


「……おいおい、あれは偶然だ。

 礼を言われるほどの事じゃない」

「そういう所が気に入ったのさ。

 アンタに勲章を出そうとしたら、とっとと断ったってね」


「大きな声じゃ言えないが、あの儀式に参加したバカの中には娘婿もいたのさ。

 コナー・ファミリーも大きく成り過ぎちまった。

 アタシの娘も息子もクソばかりだよ」


「見どころが有るのはコイツラくらいだ」

 アーニーとケイトを指して言う。


「頭は足りないけどね。

 自分を鍛えようって意識が有るだけマシさ

 ……アンタ、うちの身内にならないか?

 ケイトの婿なんてどうだ。

 アタシ直系の孫だ。

 うまくすりゃファミリーのトップになれるよ」

 サラはとんでもないことを言い出す。


 俺は思わず食べていた料理を吹き出した。


「ジェイスンさん!

 ……あの!……サラ子爵は立派な方だと思います。

 ……けど……マフィアの一員になるというのはですね……

 オススメ出来ないと言いますか……」

「アリス、真に受けるな。

 サラ子爵も冗談は止めてくれ」

 

 立ち上がってしまったアリスを落ち着かせる俺。


「冗談でもないけどね……

 まぁ本題は別さ」

 サラはそんな俺を笑いながら見ていたが、やがて真顔で話の続きを始める。


「ジェイスン、アンタに護衛を付ける。

 もちろんコナー・ファミリーがだ」


「『赤いレジスタンス』って連中は厄介でね。

 決まったアジトがない。

 公園や毎回違う店で集会もしてる。

 リーダーもいないんだ。

 どうも年のいかないガキが入れ知恵をしてるってウワサだが、マユツバもんだね」

 

「アタシのコネの有る貴族から聞いたんだけどね。

 アンタを捕まえるのに高い報酬をヤツらは要求してるのさ。

 必ずアンタを捕まえに来るはずだ」


「要するにおれを囮にするつもりか」


「ふふん。

 ケイト、ジェイスンにピッタリ貼りつきな!

 未来のムコだよ、大事にしな」

 その冗談は止めろってのに。


「いいか、『赤いレジスタンス』はアタシが絶対禁止にした奴隷売買をやっている。

 相手は子供を売って稼いでるクソ野郎だ。

 後悔させてやんな!」

 サラ子爵のしゃがれ声が響く。

 

 老婆だってのに、ギルドの特別室中に鳴り響くドスの効いた声。


「ハッ! ゴッド・マザー」

「必ず後悔させます」

 黒服どもは背筋を伸ばして敬礼姿勢なのだ。



「……奴隷売買なんてしていない!」

 その場に割って入った者がいる。


 銀髪の少年・デミアンだった。

「嘘をつくな!

 『赤いレジスタンス』は子供を売ったりしてない」


 デミアンは立ち並ぶ黒服に囲まれて、怯えの表情を見せながらもキッパリ言う。


「……このガキは誰だい?」


「ああ、ただの親戚の子供さ。

 気にしないでくれ」

 俺の台詞はキレイに聞き流された。


「コナー・ファミリーこそ奴隷狩りに手を貸している!」


「貴様!

 サラ様に向かって」

「このガキ!

 ただじゃ済まさんぞ」

 アーニーが銀髪少年を突き飛ばす。


 黒服どもがさらに少年に詰め寄ろうとする。

 その前を銀色の刃物が切り裂く。山刀である。サマラが少年の前に立っていた。


「デミアンに近づくな!」

 刀を抜き前傾姿勢を取るマントの女。


 俺は良く知っている。このサメ女の戦闘態勢である。


「……アンタ、聞いた覚えがあるよ。

 マントを着た刀を振り回す素早いヤツ」

「『赤いレジスタンス』の用心棒だ」


「イヤ、違うって。

 合致してるのはマントだけだろ」


 コナー・ファミリーの連中が殺気立つ。俺はなんとかとりなそうとするが、誰も気にしてくれない。


 筋肉女のケイトがナックルを取り出し手に嵌める。

「面白い!

 アタシが相手になってやる」


「……いや、落ち着け。

 話し合おうじゃないか」


 サマラはいつも通り躊躇わなかった。山刀を真正面に凄まじい速度で走る。

 鉄のナックルで受け止めて見せるケイト。

 彼女もただの筋トレ女じゃない。

 サマラは一度下がって体勢を立て直す。デミアンを庇いながら、近付く黒服を威嚇する。


 ことごとく無視される俺。

 誰もかれも俺の言う事を気にも留めないのだ。何故だか知らないが、いつの間にか俺の台詞は無視していいって事になったらしい。

 チクショウ!

 いい加減頭に来たぞ。


ガッシャーン! ドンガラガッチャーン! 


 俺はテーブルをひっくり返してみせた。上に載っていた食器が全て床に転げ落ち、とんでもない大音響となる。


「……ひどい!

 あたしの料理……まだ食べてる途中だったのに」

 アリスが何か言ってるが聞こえないふりをする。


「みんな! 

 落ち着いて、少しばかり冷静に話し合おうじゃないか」


「サラ子爵、俺は昨日奴隷狩りをしてる連中を見た。

 『赤いレジスタンス』じゃない」

 この子供の言う事は本当だ。

 狩りをしてる連中は『コナー・ファミリーが俺たちにはついてる』と言ってた」


 聞いた途端、サラ子爵の頭の血管が膨れ上がる。


「ジェイスン!

 冗談じゃすまないよ!」

「冗談じゃない!

 俺はこの耳で聞いた。

 俺はコナーにもレジスタンスにも義理は無い。

 事実だけ言ってるんだ!」


「………………

 アーニー! ケイト!

 奴隷狩りをしてる連中をアタシの前に連れてきな!

 手勢を何人使ってもいいよ。今日中に必ずだ!」


 頭から湯気を吹きそうな勢いで言う老婆。

 血管は大丈夫だろうか。だけどちょっと待ってくれ。


「もう捕まえてある」


「何だって?」

「何だと!」


「奴隷狩りの連中だ。

 もう全員捕まえてある。

 ついでにこの建物にいるぜ」


 俺はマフィアの女ボスに向かって、親指を立てて見せた。

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