第8話 マフィアの女ボスの話を聞く男
俺の名はジェイスン。旧知のカニンガムが俺に泣きついて来た。なんだって?
「サラ子爵がお前と面会を希望してるんだ。200年以上続く貴族でこの街の評議会の一員。最大手商会の会長で、娼婦たちの大元締め、兼騎士団の御意見番、兼冒険者ギルドのスポンサーで人事権まで持ってる。ついでにコナー・ファミリーのボスなんだ」覚えられるかよ!
「……………………
昨夜お前を招待したそうなんだが、招待した者が失敗したって、ギルドに連絡が来た。
今日の昼、ギルドに出向くからその場でお前と面会する……と仰っている」
「……ははぁ、ゴッドマザーとか言うヤツか。
昨日の今日でせっかちな婆さんだ」
「お前、サラ子爵を怒らせるな。
本当に怒らせるなよ
ギルドの人事権を持ってるって言ったろ。
俺もお前もどうなるか分からんぞ」
今日の昼だって? もう一時間もないじゃないか。
イナンナの冒険者ギルドにこんな部屋が有ったのか? 俺は仰天していた。
クッションの効いて無い長イスとは大違いのソファに俺は座っている。広間にはシャデリア、装飾の施されたテーブル、純白の食器が並んでいる。とても冒険者ギルドの部屋とは思えない。
「ギルドには貴族の御客人やお偉いさんだって来るんだ。
それ用の特別室だ」
「……カニンガム、今度俺を泊めるときはこっちにしてくれ」
「お前さんがジェイスンかい。
腕利きの冒険者って聞いてたけど、思ったより迫力が無いねぇ」
サラ子爵は俺の顔をみるなり言った。
年齢は相当いってる老婆だが、背が成人男子なみに高く横幅もデカイ。身のこなしに年齢相応の弱ったところが無いのだ。むしろ気力に満ちていて、他人を圧倒する迫力がある。
「いや、人間違いでしょう。
俺はマヌケな冒険者で有名なんです」
「……カニンガム!」
デッカイ老婆がカニンガムを睨め付ける。
カニンガムが顔を横にブルブルと震わせる
「いえ、いえいえ。
彼が間違いなくお探しのジェイスンですとも。
……先日、イナンナ神殿の不祥事を暴いた腕利きです」
カニンガムの奴、サラ子爵の前でやけに小さくなってるじゃないか。権力に弱い男じゃなかったんだが……彼女の迫力に圧されてるらしい。
「ふん。
ジェイスン、昨夜は使いの者が役に立たなくて失礼したね」
サラは横に昨日のマッチョ男と筋肉女も連れていた。
サラの言葉にマッチョ男のアーニーが頭を下げる。相当な大男だが、サラといると小さく見える。図体の大きさはモチロンアーニーの方がデカイのだが、印象の強さが違うのだ。
ケイトの方はこっちを見て話しかけてくる。
「アンタ、無事だったんだね」
「ああ、おかげさまでな。
昨夜は子供と一晩遊んでたんだ」
「チッ、こっちはヒドイ目に有ったんだ……」
そっぽを向くケイト。
何故かその頬は紅潮している。
テーブルには豪勢な食事が並んだ。近くのレストランから取り寄せたらしい。食事をしながら会談という事になったのだ。
俺の隣にはアリスと何故か銀髪少年、サマラまで並んでいる。
「ヤバい、美味しすぎます。
これボーナス出たら行きたかったお店なの」
アリスは有頂天になってる。
幸せそうな笑みをこぼしながら、食事を口へ運んでる。なんだかリスがほお袋に木の実を詰め込むサマを思い出させる。
銀髪少年は黙って静かに食べている。俺の見た処、マナーは完璧。ナイフとフォークの使い方は少なくとも俺より上品だ。
サマラは食器の使い方がメチャクチャだが、少年がフォローしている。
「ジェイスン。
『赤いレジスタンス』
その言葉、聞いたことがあるかい?」
「俺をこの間襲ってきた赤髪のチンピラ連中がそんな名前らしい」
「そいつらはね、コナー・ファミリーに盾突いてるのさ」
サラ子爵が語りだす。俺に用件があると言っていたな。
「若い子たちのやる事さ。
ちょっとしたケンカくらいならアタシも口出ししたくない。
でも、強い助っ人が二人『赤いレジスタンス』に入ったらしくてね」
「…………それから、どうもやる事が派手過ぎるのさ。
一度お灸をすえないと……ね」
「最近、夜の街に妙な薬が出回っていてね。
……こいつがどうも物騒だ。
香料さ、空気に混じって無色だから誰でも吸い込む。
すると身体が自由に動かなくなってくる。
さらに、吸い過ぎると男も女も性感が高まる。
子造りしたくてどうしようもなくなる。
効き目はウチのモンが実証済みだよ。
コイツを売ってるのがその『赤いレジスタンス』の連中らしいのさ」
サラの「ウチのモンが実証済み」の台詞でケイトが何故か赤くなってうつむく。
俺の方も心当たりがある話だ。銀髪少年の方を見ると、分かり易く下を向いて見せた。
……まあいい。
銀髪少年に余計なこと言うなよと目配せして見せる。少年は勿論ですと視線で応える。
心配なのはその隣だが……
サマラは食べ物をせっせと口に運んでいた。
「おいしい……幸せ」
俺達の会話を何も聞いていない。
「……その薬本当に効くんですか?
いかにも怪しいですよ」
アリスが言う。
そうだな。そんなセールストークの付いた薬は何処にでも売っていそうだ。
「フン」
サラ子爵は鼻を鳴らす。
「効いた気がする程度のインチキならかまやしない。
騙されるスケベが悪いのさ!
……本当に効くとなっちゃ……マズイねぇ。
しかもその辺の男が月給で買える値段で、と来たら最悪だね!」
確かに物騒な薬だ。身体を動けなくして、性感を高める。もてない男が買いたがるのは予想が付く。
サラ子爵は俺を睨め付ける。
「アンタたち!
女の身になって考えたことがあるかい?」
「臭いもしない、色も無い。
どこで使われるか分かんないんだよ
職場で使われるかもしれない。
自分の家に仕掛けられたら?
安心できる場所なんて何処もないじゃないか」
サラ子爵が続ける。
「……あたしはね、この街で生まれ育った。
あたしが子供の頃はもっと乱暴な街だったんだ。
力のあるヤツがのさばってね。
マジメな庶民は貧乏になる一方。
ちょっとキレイな娘はすぐ誘拐される」
「旅人は泊まっていかないのさ。
街道沿いだから通らなきゃならないけど、この街に泊まったら死ぬぞ、
なんて言われてた街さ」
「……それを60年かけて何とかしたんだ。
行儀の悪い貴族はオドシをかける。
力にモノ言わせる連中はさらに強い力で潰す。
コナー・ファミリーなんて5人しかいない街のチンピラだったんだよ」
「あたしのやってる事を分かってくれる、漢気のある連中が集まってきてね。
やっと旅人が安心して泊まれる。
女子供だけで街を散歩できる。
……あたしとあたしに命をかけてくれたヤツラがそんな街にしたんだ!」
「……それをひっくり返す薬は売らせられないねぇ」
その場にいた全員がサラの言う事を黙って聞いていた。
……60年か。『そんな街にした』ヒトコトで済ませられる物ではない。
覚悟を持ち実行し続ける。血と汗と涙を流し続けなければ不可能な事だ。
それを60年。
見ればサラ子爵の顔にはいくつも傷跡がある。体にはもっとあるのだろう。
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