第5話 少女に襲われる男

 俺はサメ女に襲われる。宿でゆっくりと酒を嗜んでいたら、今度はマフィアに襲われる。加えて坊主にまで襲われた。ツイてなさ過ぎるだろう。




 塀を乗り越せて、俺は人家の方へ逃げる。

 遠目に人家に見えた建物は、すでに建物と呼ぶより廃墟と言った方が正しいモノだった。その廃墟が並んでいる。廃墟に身を隠すように俺は倒れ込む。

 

 逃げる間際のコーザンの打撃だ。

 「ゲホッ、グハァッ!」

 血が口から溢れ出る。


 なんとか堪えていたのだが、限界だ。どこか内臓が損傷している。マズイ。身体を動かす事が出来ない。


 何か近づいてくる音が聞こえている。

 なのに身体が動かない。動いてくれないのだ。

 小さい音だが、複数いる。仰向けに倒れてる俺に誰か近づいてくる。

 ……目の前が暗くなる…………




「……オジサン!」

「生きてるの?!」


 廃墟の中で俺は目を覚ます。多分1時間と死んでいなかっただろう。あれだけ苦しかった身体はピンシャンしている。

 先ほどまでいた場所では無かった。損傷はしているものの、かろうじて家と呼べる建物の中に俺は寝かされていた。


 横たわる俺の周りに居たのは幼い子供達であった。


「ホントだ、生きてる」

「チェッ、死んでると思ったのに」


「なんだー」

「今日はお肉だと思ったのにな」


 何だ?

 何を言ってる。子供達は天真爛漫な笑顔を浮かべるが、俺は薄ら寒いモノを感じる。

 愛らしい子供たちとは言えなかった。服と言うよりは服の残骸ような物をまとい、明らかに汚い。先ほどの発言もブキミすぎる。


「キミたちが俺を助けてくれたのかな?」


「そうだよ」

「あの娘が教えてくれたんだよ」


「あの娘だよ」

「あの娘がオジサンが生きてるって言ったの」


「だからその場で解体しなかったの」

「あの娘が言うからこの家まで運んだの」


 子供たちが言うのが誰なのかはすぐ分かった。

 一人服装が違う娘がいた。残骸をまとわず赤いドレスを着ている。人形のような娘が俺の目に映った。薄暗い家の中、少女の白い肌が浮き上がって見える。


「ああ 目が覚めたんだね」

 声をかけたのは少年だった。階段の上から降りて来る。


 俺の寝かされていた場所は壊れた壁から表が見える。

 ここは一階だな。ハッキリ言ってマトモな神経をしていたらこんな場所で眠る事は出来ない場所だ。しかし周りの幼い子供達にそんな事を言えるほどの根性は俺には無い。


 降りて来る少年もマトモな服装だ。

 イヤ、嘘だ。残骸を着ていないというだけでマトモな服装とは言えなかった。薄い上着は透けており、身体を全く隠す役目を果たしていない。少年の細い身体のラインが透けて見える。

 病的なまでの白い肌が俺の目に飛び込んでくる。裸よりもエロティックな恰好であり、間違いなくそう見せるための服装であった。


 少年が降りて来ると先ほどまで騒いでいた子供達はピタリと喋るのを止めた。

「ふふふ、ここは子供たちがうるさい。

 二階へ行こうか」


 俺と少年は二階の部屋にいた。

 先ほどまでとは別世界だった。狭いが奇麗な部屋、大きなベッドとソファーがある。テーブルには酒まで置いてある。家具も装飾が施されたお洒落なものだ。

 少年がソファーに座ったので俺はベッドに座る。


 何故か少女がついてきて、俺に寄り添うように腰掛ける。

 先ほどあの娘と呼ばれていた人形のような少女だ。近くで見ると娘のドレスもマトモとは言えないことが分かった。

 赤いドレスは光の下、黒い下着が透けて見える様になっていた。しかも上半身には下着を着けておらず、胸の先端に色づくものが見える。

 見てはイケナイ物を見てしまった。俺は少女から慌てて目をそらす。


「……オジサン。

 あなたは妹と僕とどっちがいいのかな?」


 少年は口元を笑みの形にしながら俺に訊ねる。何を訊かれているのか、おおよその検討は着くが、気付きたくはない。

 少年は改めて見ると整った顔立ちであった。白い肌、銀色に光る髪。前髪から覗く長い睫毛、濡れた様に光る瞳が俺を見つめる。


「夜、こんなところに来るのは娼店にまだ出せない年の娘を求めるオジサンくらいなんだよ」

「……もしくは男の子を求めているか……ね」


 俺は「残念ながらロリコン趣味はないんだ」と言おうとしたが、口が上手くまわらなかった。

 俺の腕に白い柔らかいものがまとわりついていた。少女の手だった。華奢な手が俺の腕に触れ、ゆっくりと手先から肩に向かって這っている。

 背筋に快感が走り抜ける。少女の手先の感触は予想外の快楽を俺にもたらした。


「……どうも、妹があなたを気に入ったみたいだな。

 あなたも……男の子よりそっちがよさそうだしね」


 兄妹だったのか。確かに、抜けるような白い肌、銀髪、美少年と美少女の兄妹だ。


「…………やめるんだ!

 俺には必要ない」


 それだけの言葉を言うのに恐ろしいほどの努力を必要とした。

 少女の目を見て話そうとして、俺は気づく。人形のような娘と感じた理由は、少女の瞳が全く動いていないからだった。

 何も映していない目が俺の方を向く。小さい唇が開き、ピンク色の舌が口元を舐める。唾液が赤い唇から尖った顎に向かって垂れる。

 

 少女の唇に吸い付きたい。

 その衝動を俺は全身で抑える。だが少女の唇の方が近づいてくるのだ。俺の首筋にキスをする少女。全身にとろけるような快感が広がる。

 俺は少女を振り払おうとするが動けない……


「妹は目が見えない、口もきけないんだ。

 だから躰でコミュニケーションするのさ。

 あなたが今まで経験したどんな娼婦より上手だよ」


 ぼうっとしている俺の耳に少年の言葉が響く。言葉は聞こえているのだが、何故だかその意味が理解出来ない。 

 少女の手が身体に触れると魔法のように俺の身体からは衣服がはぎとられていた。俺は全く抵抗できないでくの棒になっていた。

 人形の様だった少女が、今は男の性を吸い取って生きるサキュバスのように感じられた。

 細い指先が這うのだ。俺の胸元を、腹を、背筋を…… 俺は少女の指先を感じるだけの生き物になっていた。

 俺は自分の身体の異変を感じる。下半身が熱い。自分の男が猛り狂っているのだ。

 ……こんなバカな……

 俺は子供と寝たいと思ったことは一度も無い。少女は日本であれば手を出すとお巡りさんが飛んでくる年齢だ。

 俺はベッドから抜け出そうとするが、全く力が入らない。筋肉など一切ついていないように見える少女の手は無限の力を持って俺を征服した。

 少女の華奢腕から伸びる細い指先。薄暗がりの中白く光るそれが……伸びる先は俺の下半身……

 その指が辿り着いた瞬間、どのような快楽が待っているのか。俺はそれを想像して身を震わせる。

 

 ……いけない!……

 …………グッ!

 

 身体を痛みが駆け抜けるとともに、俺は魔法から解き放たれていた。

 少女の手を抑える。先ほどまでが嘘のように少女の手には力が無い。弱々しい腕をつかみ少女をベッドに寝かせ、その小さい身体を毛布で覆い隠す。

 俺はベッドから身を起こす。テーブルに有った酒瓶を掴み、窓際に行って飲み干す。意識がハッキリしてくるのを感じる。

 ……待てよ!


「酒には薬を入れてないだろうな!」


 美少年は肩をすくめてみせた。


「入れてないよ。

 ……オジサンさっき何をしたの?」

「俺はここに来て食べても呑んでもいないぞ。

 ……香料か?」


「自分の胸をナイフで刺したように見えたよ。

 何のトリック?」


 そう、俺はナイフで自分の胸を刺していた。即引き抜いたし一瞬で傷も治ったから、少年には何が起きたか分からなかった筈だ。

 その瞬間身体に回っていた毒だか薬の効果も消えた。効果が消えればなんてことは無い。相手はただの子供だ。

 先ほどまで魔的な魅力で俺を惹きつけた妖女はもういない。ベッドに居るのは病的に白い肌、痩せっぽちの少女だ。その様子は俺の中の子供に対する保護欲を呼び覚ました。


「下でパレードでもやってるんじゃないか?

 参加しなくていいのか」


 怪しむ様に俺の様子を窺っている少年に語り掛ける。別に注意を逸らそうとデタラメを言ったんじゃない。

 本当に少し前から階下が五月蝿いのだ。喋り声とかそういう程度の物では無い。


 子供が一人2階へ上がってくる。怯えるような様子。普段2階に上がるなと言われているのかもしれない。


「あの……大変なんだ。

 奴隷狩りの連中が来てる!」

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