第4話 夜の街を走る男

 俺は昼間サメ女に狙われた。そこから逃げきると今度はマフィアに囲まれて連れていかれる。酒を楽しむ暇もない。なんてツイてないんだ。

 さらに怪しい坊主にまで襲われる。なんてツイてないんだ……



 俺は立派な迷子になっていた。イナンナの街には来たばかりなのだ。現在は夜である。自分が何処にいるのかまったく分からない。しかたないので前に向かって走る。そのうち大通りに出るだろう。


 相変わらず俺はツイていなかった。走るにつれて明かりは少なくなり、左右には古びた今にも崩れそうな建物が増えてくる。明らかに向かうべき方向ではない。

 

 人気が全くない場所に辿り着いた俺の前には塀が有った。と言っても街を守る外塀では無いだろう。崩れ掛けてる塀の先にはまだ人の家が有るのだ。


「……その先はイカンぞ!

 …………

 そっちは不案内な人間が行って良い場所ではない」

 振り向いた俺の後ろには僧侶服の大男がいた。


 くそっ、ついていないぜ。

 まったく持って、ついていないことに俺は剣を持っていなかった。宿屋から俺を連れだすコナー・ファミリーは剣を持つことを許さなかった。

 革鎧のポケットに小型ナイフは隠し持っているが、それだけで対抗できる相手とは思えない。マフィアの男数人を叩きのめした僧侶、コーザンなのである。


 ニヤニヤと笑いを浮かべるコーザン。


「おヌシがジェイスンじゃな

 素直についてきてくれんかな」

「いつから俺はこんな人気者になったんだ?

 吟遊詩人が俺の歌でも作ったのか」


「わしも良く知らんがな

 おヌシ貴族連中に恨みを買ってるだろう」

「……!……」


「結構な高額がヌシの首に懸かっておる」

 

 思い当たる事が無いワケじゃない。

 先日俺は侯爵位の老人の悪事を暴いた。芋ヅル式に関係者や殺人儀式に参加していた者が大勢検挙された。その中に俺に恨みを持った者がいたとしても不自然ではない。


「そりゃ、逆恨みだ!

 八つ当たりってもんだぜ」

「そうかもしれんなぁ。

 なんせ相手は貴族だ。

 道理が通ってる方が不思議だな」


 話しながらも俺の目は左右に逃げ道を探る。壊れかけた場所なら塀を乗り越えていけそうだ。


「わしも貴族は好かんが、

 『赤いレジスタンス』にメシを食わしてもらってるからなぁ」


「赤い……なんだって?」

「レジスタンスだ。

 御大層な名前だが、チンピラどもだな。

 若い連中なだけに無鉄砲でな。

 コナー・ファミリーに盾突いておる」


「なんだってそんなのに味方する?」

「メシの種だ。

 仕方あるまいよ」


 走り出す俺。だがコーザンも読んでいた。

 俺の身体を鉄棒が襲う。

 こいつは厄介だった。

 良く見ると棒の中心部分は木で出来ており、両先端が黒く塗られている鉄で覆われている。リーチが長いうえ、闇夜に黒く塗られた鉄棒。

 分かりにくいのだ。闇の中から不意に鉄棒の先端が現れる。避けたつもりだが、結構な打撃を幾つも喰らっていた。


 俺はダメージを受けてよろけるふりをして、地面の石を拾い投げつける。ところが、それも簡単にコーザンには避けられる。


「アバラが2.3本は折れてるハズだ。もう止めておけ」


 これで素直に着いていったらどうなる。貴族達の腹いせに嬲り殺しにされるだけだろう。



「待ちな!

 ワタシがマザーの客に手は出させないよ」

 絶体絶命の俺に救いの手が現れた。救い主は筋肉だらけのガタイの良い女だった。

 ケイト・コナーが立っていたのである。



◆◆◆◆◆【成人シーン注意】◆◆◆◆◆


 ケイト・コナーは先ほどまでの素手では無い。拳に鉄製のナックルを嵌めていた。メリケンサックと呼ばれる武器である。

 軽いステップを踏みながら、コーザンを睨みつける女。


 ケイトは本気になっていた。女の身で命懸けの戦いを生き抜いてきたのだ。

 鍛えあげた誇るべき肉体をとことん使う。

 力まかせにぶん殴るチンピラ相手のケンカは終わりである。

 ステップを踏み、フェイントを入れながらショートフックを敵に喰らわせる。普通なら大したダメージにならないような軽いフックが鉄のナックルによって破壊力が上がる。かすめただけの拳が相手の骨を折るのである。

 今までも猛者を何人も倒して戦闘法だ。

 

 ありがたいことに相手の武器は棒だった。リーチは有るものの刃物では無い。人間の身体ではいくら鍛えたとしても、刃物傷は致命傷になりかねない。急所を避けても血が流れる。血を流せば動きも鈍る。

 棒の打撃ならば。

 ケイトの身体は鍛えている。相当なダメージを喰らっても倒れはしない。

 ケイトには自信があった。


「……ケイトさん、やめようぜ。

 わしはあんたにケガさせたくない」


 コーザンは先ほどと同様に避け続ける。円の動きで逃げるのだ。さほど素早い動作とも見えないのに、するすると身を躱す。

 おそらく相手の視線を見て、攻撃ポイントを察知しているのだ。先読みして身を躱す。誰にでも出来る芸当では無い。


 しかし徐々にケイトの拳がコーザンを捉える。ケイトがそれに気づきフェイントを入れているのだ。目線は左を見ながら、右からの攻撃。

 そしてかすめた拳でも鋼鉄製のナックルで打たれればダメージとなる。コーザンはいまだにまともに反撃をしていない。


 なんだこれは…………

 ケイトは戸惑っていた。身体が重いのだ。疲れたのではない。日々トレーニングしている。自分の身体がどの程度の運動量でへたばるかは良く知っている。まだこんなに身体が重く感じるハズは無い。


「……そろそろ止めないか。

 疲れているんだろ」

「五月蝿いっ!」

 拳を振るうがコーザンには当たらない。


 そして、彼女の身体の異変がもう一つ。

 下半身が熱いのだ。


 ケイトは性行為に興味が無い。男性経験は有るが、ハマることは無かった。

 自分の肉体を鍛え、その肉体で敵対した男をぶちのめす快感に比べて、その快感は比較にならないくらいちっぽけだった。


 ほとんど自分で意識したことも無いケイトの女性部分が反応していた。下着がすでに濡れているのが分かる。ホットパンツの上からも分かってしまうのではないかと気になる。

 ケイトは荒い息をつく。高い鼻梁がふくらんでいる。その頬は紅潮し、青い目が潤んできていた。


「ふふふふ

 動けないんじゃないか」

「……キサマ……

 ……なにかしたな……」


「気づくのが遅すぎるな。

 香料だよ。

 身体の動きは鈍くなるがアッチの感覚だけは異常に敏感になる。

 普通の女ならとっくに夢心地の筈なんだが……

 さすがに並大抵の女じゃないな」


 コーザンは内心つぶやく。

 この女もスゴイが、あの男もだ。先ほどの鉄棒の手応え。ケイトに驚き、コーザンは逃げるジェイスンに手加減が出来なかった。

 殺した場合と捕まえた場合じゃ賞金が倍以上違う。殺ってしまった、と思った。それが既にこの場にいない。逃げおおせている。


 ケイトは膝を地面についていた。

 後ろから近づいたコーザンが彼女を抱きしめる。筋肉女は振りほどこうとするが力が出ない。


「ははははははは

 男が欲しいとオマエの身体中が言っているぞ」

「バ、バカな……

 アタシは男なんか……」


 コーザンがケイトの胸に手を伸ばす。


 「何というオッパイだ」


 コーザンがシャツをまくり上げる。みごとに割れた腹筋の上に胸筋が続き、さらに突き出た胸部があらわになる。

 意外なほど白い胸が暗闇に浮かび上がり、その先端部に色付く蕾は膨らんでいた。


「これだけデカイのにたるみが一切ない。

 美しい、美しいぞ」

「バカ……やめろ……

 ……ううっ」


「体はやめろと言っていないぞ」


 コーザンが下半身に手を伸ばす。そこはすでに男を迎え入れる準備ができている


「男女の交わりこそ神から全ての生物への贈り物よ。

 ケイト、神の快楽を感じるが良い」

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