第3話 宿に辿り着いた男

 休暇中だってのに俺はアリスに無理やり仕事させられる。平和な広場でコーヒーを楽しんでいると、見境ないマント姿のヤツが襲ってきた。平和な広場は血みどろになった…… なんてツイてないんだ。




 俺は安全な場所まで逃げて来た。やっと人心地になってアリスと会話する。


「いや、とんでもないサメ野郎だったな」

「サメ野郎?」


「サメだよ、アリスちゃん知ってるか?」

「人を食べるって言う大型の魚ですよね、聞いたことはありますけど」


「ヤツらは普段泳ぐのが遅いのさ。

 マンボウと大して変わらない」

「……マンボウ?」


「ところが、獲物を見つけた途端速度が跳ね上がる。

 自動車並みの速度を出す」

「……ジドウシャ?」


「種類によっちゃ時速80kmで泳ぐって言うぜ」

「ジェイスンさん、色んな所に行ってるだけあって意外と物知りです」


「よし、これからアイツの事はサメ野郎って呼ぼう」

「でもジェイスンさん、あれ女でしたよ」


「…………誰が?」

「マントの人。女性の身体でした」


「……ウソだろ。

 マント着てて中身なんか見えなかったぜ」

「警備員と争っている時マントから身体が見えました。

 間違いなく女性の体つきです」


「………………」

 確かに細身の体格だとは思ったが……


「だから、サメ女ですね」



 俺は宿屋へ帰った。せまいけれど、寝具だけは上等の宿屋だ。

 アリスは冒険者ギルドへ報告を一緒にしてくれと言っていた。が、俺は大事な用があるんだと言って別れた。

 大事な用とは勿論これだ。

 俺は宿屋に帰る途中買い込んだモノを部屋に並べる。エールに葡萄酒、蒸留酒もある。俺はエールをグビグビやって、一息つく。



 部屋のドアがノックされた。

 俺はその時には酔っぱらいとなっていた。あのまま宿屋で酔っぱらって寝たあげく、夕方起きた俺はまた飲んでいた。

 いいじゃないか。

 先日娘が大勢殺された悲しい事件に関わったばかりだってのに、今日も死にかけたのだ。マジメそうな警備隊員は一生片手で暮らさなきゃいけないし、広場にいた家族連れは今日の事がトラウマになったかもしれない。

 これが飲まずにいられるか。


 部屋のドアがまたノックされる。


「ジェイスンだな」

「ピザ屋かい。デリバリーは頼んじゃいないぜ」


「腕利きの冒険者ジェイスン様だろう。

 開けておくれよ」

 今度は女の声が聞こえる。第一声とは別人・別声だ。少なくとも扉の外に2人はいる事が分かる。


「……人違いだな。俺はマヌケな冒険者で有名なんだ」

「いいから、開けてくれよ。女に恥をかかせるもんじゃないぜ」


 そのまま放っておくと、ドアがスゴイ音を立てて叩かれ始めた。ガンガンと音を立てるドア。既にノックとは呼ばない。

 表にいる誰かさんが力まかせにぶん殴っているのだ。

 木で出来たドアがあっという間に壊れて、中へ倒れてくる。


「女嫌いなのか? ジェイソン、冷たいぜ」

 

 入ってきたのは、ワンダーウーマンみたいな女だった。

 全身が筋肉で出来てるのだ。バストもスゴイ迫力だが、腕の太さの方が目立つ。顔立ちは整っているのに、そこにはサッパリ目が行かない。黒いTシャツから腹筋を覗かせ、下はホットパンツに網タイツだ。筋肉のうねりが見えている。

 露出度の高い格好だが、エロい目で見る男はいないだろう。太ももが俺のウエストより太いのだ。触ったら鉄の様に固いことが容易に想像できる。


 黒の上下を着た男も入ってくる。こっちもマッチョマンだ。女ほど露出の高い服装じゃないから目立たないが、肩幅が俺なんかとはケタ違いだ。


「ジェイスン、ゴッドマザーがお呼びだ。

 来てもらう」

「筋トレの大会でもあるのか?

 俺は棄権するぜ」


「……ずいぶんと酔ってるようだな」

「ああ酔ってるさ。

 ゴッドマザーとやらも酔っぱらいを招待はしてないだろう」


「飲み過ぎは毒だぞ」

「大きなお世話だ。

 俺は今日の昼間死にかけたばかりなんだ。

 酔っぱらったところでアンタに文句を言われる筋合いは無い」


「その件だ」

「……?……」


「お前を襲った連中、その件でマザーが力になるだろう」



 俺達は夜の街を歩いている。

 たちとは冒険者のジェイスン、すなわち俺と筋肉女、そして6人ほどの男の事だ。俺のまわりを囲むように男と筋肉女が歩いているのだ。全員黒い紳士服に身を包む男達。

 夜の街は昼間程では無いが人通りが多い。まだ営業してる飲食店も有り、通りにはカンテラが灯されてる。

 ところが俺の行く先には誰もいない。通り過ぎる人々が俺達を見て、怯えながら避けて行くのである。正確には黒服の男に怯えている。


「街の人はみんなあんたらを知ってるようだな」

「この街でコナー・ファミリーを見て分からないのはお前くらいだ」


 マッチョ男が答える。


「有名人とは知らなかった。

 後でサインしてくれよ」



「…………アーニー。

 誰かつけてくるぞ」

 言ったのは筋肉女だ。


「なんだと?!」

 答えたマッチョ男がアーニーだろう。アーニーが辺りを見回して、他の男どもに指示を出す。


「そこの脇道に入れ!

 迎え撃つぞ」


 意外と判断が早い。脳味噌まで筋肉で出来ていそうな外見だが、荒事には慣れているのだろう。


 俺を中心に囲んで黒服どもが立つ。リーダー格の筋肉二人が前後に分かれる。

 後ろにはアーニーと呼ばれたマッチョ男だ。

 先頭に居るのは筋肉女だ。

 立派なヒップと背筋が俺の目に入る。グラビアのような光景だが、男性誌の表紙を飾るそれじゃない。筋肉を鍛える器具の通信販売のそれである。これで興奮する男がいたらよっぽどの勇者だ。


「ジェイスン、あんたはマザーの客人だ。

 手は出させん」

 アーニーが低い声で言う。なかなかに頼もしい雰囲気の男。


「ああ、事情がサッパリだからな。

 俺は高見の見物させてもらう」

 俺は素直にアーニーに頼る事にした。



 裏通りに悠然と姿を現したのは、僧侶姿の大男だった。手に身長を越えるような長い鉄棒を持っている。


 「坊さん。

  夜道で女をつけてくるとはいただけないねぇ」

 「いやいや、あんたのカッコがあまりにセクシーなんでな。

  ついつい足が勝手に動いてしまった」


 勇者がいたみたいだ。


 女が楽しそうに笑う。拳を握り、ファイティングポーズを決める。


 「あたしをケイト・コナーと知って、口説いてるんだろうね?」

 セリフと同時に殴りかかる。

 普通の人間なら、一発喰らっただけで頭蓋骨陥没を起こしそうなパンチだ。

 普通の人間なら。

 僧侶は拳の先にいなかった。


「……ケイトさんか。

 わしの名はコーザン、覚えておいてくれ」


 コーザンの身体は路地裏の闇に溶け込んでいた。

 闇の中から、鉄棒だけが舞う。

 ケイトの後ろにいた黒服がいきなり打撃を受けて倒れる。俺の目には坊さんが何処にいるか分からない。


「わしが用事があるのは、その男なんだよな」

 いきなり横に現れた坊さん。


 コーザンはハゲ頭に手を当て、笑いながら言うのだ。

「素直に渡してくれんかのう」


 むろん、俺の事だろう。


「彼はゴッドマザーの客人だ。

 コナー・ファミリーの誇りにかけて手をださせん」

 マッチョ男、アーニーが俺とコーザンの間に立ち塞がる。


 別方向からはケイトが再度コーザンに殴りかかる。

 すると僧侶は姿を消すのだ。

 暗闇に黒い衣服で溶け込むように消える。ハゲ頭が一瞬光を反射するのだけが見える。


 「チッ、どうした?

  かかってきな!」

 「美人は攻撃したくないなぁ」

 ケイトは苛立って、攻撃的な声を上げる。


 僧侶はデカイ図体で器用だった。するすると避けるのである。

 他のマフィア男も襲い掛かるが、僧侶はそれを躱して反撃を加える。鉄棒で腹を突かれ、脳天を撃たれ倒れる男達。女は攻撃しないと言うが、男には容赦しないらしい。


 「困ったのう。

  おヌシ達と遊んでいる間に標的に逃げられたではないか」

 ケイトとアーニーが顔を見合わす。


 そう、俺はとっくにその場から逃げ出していた。

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