第2話 広場から逃げる男
俺は休暇中の冒険者だ。何故だかギルドの小娘に俺は良いように使われている。まぁ小さい女の子の面倒をみるのも大人の義務ってヤツだろう。
このイナンナの街はマフィアが居る事で治安が守られているんだそうだ。ところがその治安の良いハズの平和な広場で俺達は襲われた。
「キャーーッ!!」
「なに? 何なの!」
広場から逃げだすカップルや老人達。
賢明な判断だ。賢明でない輩どもはヤジ馬になって近づいてくる。治安が良い分、街の人間にも危機感が足りてない。
アリスは無事だが、パニクっている。
「……なっ、何ですか?!
何ですか、ジェイスンさん?!
何したんですか?!」
俺が悪いのかよ!
「ちょ……ちょっと。
サマラさん、マズイっすよ」
「コイツは殺さずに連れてくんダロ」
チンピラどもが慌てているが、マントの奴は気にも留めていない。
こちらを睨みながら片刃の刀をかまえる。
日本刀?
片刃だが日本刀にしては刃部分が広く裏が鋸状だ。山刀とか呼ばれるモノか。サバイバルナイフのデッカイ奴だ。
マントの奴が集中しているのを感じる。再度、俺に向かって山刀で切りかかってくる。
速い!
まずコイツの動きが速い。マントで見えないが鍛えられた身体をしているのに違いない。そこから迷いの無い刃先が振るわれる。凶器ごと前方へ突進するのだ。走る凶器だ。
狂気の凶器!
絶体絶命だってのにアホな事を俺は一瞬考える。
俺は必死で刃先を避け、相手に向かって丸テーブルを蹴り上げる。
クソッ!
コーヒーが台無しだ。まだ口もつけていなかったのに。
突進する方向をずらし、丸テーブルをよけるマントの奴。スピードを殺しきれず、そのまま人ごみに突っ込む。凶器はかざしたままだ。
たちまち辺りは血にまみれた。
「ギャーッ!」
「切られた!
おれっ、俺の腕!」
アホなヤジ馬どもが蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。中には血を流してうずくまってる輩もいる。
「切りました!
あの人本当に切りました!」
「落ち着け、アリス!」
騒ぎを聞きつけた警備隊が駆けつけて来るのが見えた。緑色の服を着た連中だ。
「そこで何をしている!」
鎧を着た男が大声で呼びかける。
「チッ、警備隊だ」
「逃げるダロ」
「………………」
マントの奴は無言で反応が無い。
「そこのキサマ!
街中は抜刀禁止だぞ。
この街じゃ子供だって知ってる事だ!」
「詰め所に来てもらうからな」
その隙に俺はアリスの手を掴んで逃げ出す。
残されたマントの奴に手を伸ばす警備隊。マントの中から刃が放たれたのを俺は見ていた。
緑色の服を着た男。その手首から先が下に落ちる。
「ぺぺぺ……ぺ……ぺぺ」
男は自分の腕から先を見ている。何が起きたか理解出来ていない。もしくは理解したく無いのだ。
「ぺくび……俺のぺくびがーっ!」
手を抑えてうずくまる。ようやっと自分の手を切られた痛みに気付いたようだった。
「……サマラさん!
逃げるっすよ」
「早く行くダロ!」
チンピラの言う事を聞いているのか、いないのか。マントは辺りを見回している。勿論、俺を探しているのだ。
俺はと言うと、屋台の影に隠れていた。腸詰をパンに挟んで売ってる、ホットドッグだね。
「ジェイスンさん!
警備隊の人が……」
「シーッ!
……アリス、今は静かに……」
仲間をやられた警備隊の連中がマントを囲もうとしていた。すでに剣を抜いている警備の男達。
さらに遠くから緑色の連中が集合して来るのが見える。よし。あれだけ人数が居れば何とかなるだろう。ここはさっさと逃げるとしよう。
「アリス、逃げるぞ」
「ええっ?!
ジェイスンさん、ここは警備の人に協力する場面じゃ」
「あのな、俺は休暇中。
前回の傷だって癒えてないの。
俺が大ケガしてたの、見ただろう」
アリスは俺の身体を疑わし気にジロジロと見る。
「ジェイスンさん、元気そうですよ。
こないだは全部返り血だった、って言ってたじゃないですか……」
「大人しくしろ」
「剣を捨てなさい!」
マントは警備隊を見ていない。いまだに周囲をキョロキョロしてる。
マズイ!
一瞬こちらと目が合った!
一直線にこちらに向かってくるマント。マントの進行方向にいた警備隊の中年男がマントを遮る。
「キサマ、逆らう気か!」
マントは不運な中年を見もせずに山刀を振るう。
あちゃー。
中年男の頭半分が無くなるのが見えた。
「逃げますよ!
なにグズグズしてるんですか!」
あれっ? アリス、さっきと言ってることが違うよ。
アリスは俺の手を引っ張って走り出す。
俺はどさくさに紛れて屋台からビンを貰って、手持ちの小銭を屋台に投げつける。屋台のオヤジは逃げたのだろう。すでに人はいない。
「貰うよ」
俺とアリスは逃げ出す。
マント姿のヤツが追ってくる。
離れた場所にいた人間達はまだ何が起こったか分かっていない。騒動が起きたのは感づいても、ケンカくらいに思っているのだ。
「ちょいとゴメンよ!」
「通してください!
あなた達も危険です。
逃げてください」
アリスの警告は誰の耳にも入らなかった。放っておいたら、人々を無理やりにでも避難させようとするアリス。その手を捕まえて強引に引っ張る。
正直、今は他人に構っている余裕が無い。
俺は人ごみを強引に掻き分けて逃げ出す。
追って来たマントの奴はホントーに見境が無かった。平和な昼下がりを楽しむ人々の中に突っ込む。
何てこった!
山刀を収めようという気がヤツには一切なかった。ヤツの周囲に居た人間がバタバタ倒れる。
「キャーッ!」
「刀! 刃物持ってやがるぞ!」
「あーっ! 血、俺の血が!」
老人、女、子供、みな切られていた。さすがに見境が無さ過ぎるだろう。
俺はちょっとばかり頭に来ていた。アリスの手をほどいてヤツに向かう。
「ジェイスンさん!」
マントの奴が俺に向き直り山刀をかまえる。
俺はこいつの動きにも慣れて来ていた。こいつは確かに動きが早いが、まっすぐ飛び込んでくるだけなのだ。だからこそ早いとも言える。
俺に向かって一直線に飛び込んでくる凶器!
俺はヤツの顔に向かって屋台から貰って来たビンを投げつける。
刀でビンを叩き切るマント。ビンの中からドロリとした液体がヤツの顔にかかる。
「ガァッーーーーーーーーーー!
目がっ……
メガァーーーー!!!!」
チリソースのビンだ。ビンのラベルにトウガラシの絵が描いてあるのを俺は見逃さなかったのである。
奴は顔を抑え呻き声を上げている。これでしばらくはまともに目が見えない。
やっと追いついて来た警備隊が奴に近づいていく。今度は慎重にシールドを前に押し出している。
マントの奴がめくらめっぽう刀を振るが、少し前までの鋭さは何処にもない。後は任せていいだろう。
「アリス、行くぞ」
俺はへたり込んでいたアリスを抱え上げて逃げた。
俺は広場から出て、かなりの距離を走りまくった。
まったく安心できなかった。いつ後ろの人間が真っ二つにされて、マントが現れるかとビクビクしながら走り続けた。
「…………ジェイスンさん。
ジェイスンさん、もう大丈夫ですよ」
俺は大通りを相当な距離移動していた。すでに冒険者ギルドも近い場所だ。
「降ろしてください。
……恥ずかしいです」
俺は自分の腕がアリスをいまだに抱え上げてることに気が着いた。少し残念に思いながら柔らかい身体を下す。
「アハハハハ……助かりましたね……アハハハハ」
「イヒヒヒヒ……助かったぞ……イヒヒヒヒ」
「ウフフフフ……怖かったです……ウフフフフ」
「クケケケケ……怖かったな……クケケケケ」
俺とアリスは顔を見合わせて大笑いした。二人ともちょっとばかり頭がおかしくなっていた。
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