第8話 笑いながら葡萄酒を呑む男

 俺は死なない男だ。夜の地下神殿で俺は暴れまくった。なんせコイツらは女性を攫って何人も狂った儀式に捧げて来たのだ。いつかは自分達が殺される。その位の覚悟は持ってるもんだろ。



 周囲の人間を剣と斧の二刀流で斬りまくった俺。その俺の前で見覚えのある若い男が震えながら膝まづいていた。


「お許しください。

 暗黒神の使い様。」


 数日前、ダデルソンと一緒に俺を襲った男だった。


「おれには病気の母がいるんです!

 おれが薬を届けなかったら母も死んでしまう。

 助けてください!」


 ガタガタ震えながら許しを請うてくる。すでに股間からは小便を洩らしている。情けなさで多少の憐れみを感じさせる光景ではあった。

 

 俺は頭に思い浮かべる。


 腐った死体の中に落ちていた白いブラウス。

 ……うまくすれば、売り場の一角をまかせてもらえるかも……

 明るい若い娘の笑顔。


 俺は身体に刺さった槍を抜いて、若い男に向ける。


「許して……

 許してください、暗黒神さま……」


 俺の腕は口を開けた男の喉元に槍を突き刺していた。


 いったい何人と戦い、何人を切り伏せたのか。数えられる人数では無かった。

 神殿は血と死体、切り落とされた肉片で溢れかえっていた。


 俺は出口付近でクレイブン侯爵と鉄面の男ダデルソンを見つける。


「ダデルソン!

 キサマ、わしの護衛だろう!

 職務をまっとうしろ」

「ふざけるな!

 あのバケモノを呼び出したのはあんただろう。

 これ以上付き合っていられるか」


 太った侯爵を引きずり倒して逃げようとしているダデルソン。


 俺は力の限り斧を投げた。

 侯爵はダデルソンの胸元がハジけ斧が突き出るのを間近で見たはずだ。腰を抜かしたクレイブン侯爵に俺は近づいていく。


「ああ……暗黒神様の使いでしょう……

 ワシが生贄を捧げてきたのです。

 あなた様の敬虔な信者です……暗黒神様」


 ガクガクと震えるクレイブンは続ける。

 すでに金ピカの仮面は外れ、老人の顔があらわになっている。


「ワシが、ワタシがあなたを呼び出したのです。

 どうかどうか私の願いを……」


 俺は身体中血まみれ、身体に剣がまだ刺さっている姿だ。鉄面をつけた俺が誰だか、クレイブンはまだ気づいていない。

 そのままクレイブンに歩み寄る。


「いいだろう、クレイブン。

 お前を暗黒神の元へ連れて行こう」

「……私の願い……永遠の若さを……」


 クレイブンに全てを言わさず、大剣をヤツの体に斬り下ろす。


「地獄へだ!」


 クレイブンは左右に両断された。頭から脳があふれ、身体中から内臓がこぼれ、その場に崩れた。


 見回すとすでに地下神殿に生きている存在はいなかった。

 俺は誓った復讐をやり遂げたのである。


 言っておくが俺はもちろん暗黒神の遣いじゃない。

 ……じゃないと思う。


 エレシュキガルの神殿に何も感じられはしなかった。俺が死から帰ってくるのはこの世界の神とは関係ない。そう感じるのだ。


 俺のはアレだ。

 アクションゲームをした事が有るだろう。主役が死んだハズなのになんの説明もなく生き返って戦い始めるアレだ。

 そういう類のモノなのだ。

 だから画面の向こう側にいる誰かさんがコンティニューを選ばなかった時、それが俺が本当に死ぬ時なのだ。


 その後、俺は自力で地上へと脱出した。

 その足でイナンナの冒険者ギルドへ向かう。

 受付のアリスちゃんは血まみれの俺の姿を見て気絶した。

 剣が一本背中に刺さっているのに気が付かなかった俺が悪かった。俺だって動転していたのだ。


 呼び出されたカニンガムが慌てて神殿地下へと向かった。後はカニンガムがなんとか始末をつけるだろう。



 数日後、俺はまたカニンガムのおごりでメシを食べていた。

 アリスちゃんも誘ったが、彼女はまだ俺の顔を見ると怯える。


「とにかく神殿はひどい有様だったぞ。

 血の匂いがしばらく身体から取れなかった」

「おいおい、メシ時の話題じゃないぜ」


 クレイブンが裏で何をしていたか、すべて判明していた。

 地下神殿にイナンナ街の評議会、騎士団、冒険者ギルドが合同で大規模調査を行ったのだ。捕らえたクレイブンの手下や神殿関係者から丁重に聴きだしたらしい。

 あの晩儀式に参加していた貴族のなかには冒険者ギルドに駆け込んで、全て話すから助けてくれと泣きついた者もいたそうだ。

 カニンガムはそんな泣きついた貴族の相手をしている最中に呼び出されたワケだ。


「だが……

 あそこで大量殺人を犯した犯人は捕まっていない」

「うん?

 クレイブンが間違えて呼び出した暗黒神の遣いが暴れたんだろう。

 そうウワサで聞いてるぜ」


「あんたがエレシュキガル神を信じてるとは思えないな」

「俺は意外と信心深いんだ。

 この前もイナンナ神に寄付したばかりだ」


「死んだ人間は刀や斧でやられてる。

 神様の遣いがそんな凶器を使うか?」

「……とすると仲間割れかな。

 しょせん盗賊だろう」


「考えにくいが……

 そうとしか説明がつかないな」


 ため息をつくカニンガム。

 俺は気にせず葡萄酒を自分のグラスに注ぎこむ。


「……問題はまだあってな。

 あれからイナンナ神殿の聖女が行方不明だ」

「何だって?

 巻き込まれて亡くなったのか?!」


 ……フレデリカ……

 あの時俺は良く相手も見ずに殺しまくった。まさか俺が殺したとは思いたくないが……


「イヤ、死体はキチンと調べた。

 聖女と疑わしい死体はないね。

 まだ残党がいて連れ去ったのかもしれない」


 俺は少し安心して葡萄酒を飲み始めた。


「どうにもうさんくさい話も有る」


 カニンガムが俺の方を見る。疑いの表情だ。


「クレイブンの財産が少なすぎる。

 ヤツは神殿に金目の物を隠してた」


「……山賊まがいの事をして手に入れたお宝。

 儀式に参加した貴族どもから巻き上げた金貨。

 半端な額じゃないんだ」


「神殿から見つかった金と明らかに計算が合わない。

 金貨や宝石はほとんど無かったんだ」


「使っちまったんじゃないのか。

 護衛や手下を大勢雇っていたんだろう。

 雇い賃だって安くはないさ」


 俺はとぼける。

 神殿をうろつきまわった時、少しばかりの金貨を拝借したのだ。寝るだけで丸一日費やすほど俺もマヌケじゃない。

 俺は拷問された挙句全身穴だらけにされて殺されたのだ。その慰謝料と考えれば当然のことだ。


 しかし今カニンガムは何と言った?

 『金貨や宝石はほとんど無かった』

 ……宝石だって?……


 俺がうろついた時には、宝石は確かに有った。しかし手は付けなかった。価値の高い宝石を俺みたいな冒険者が換金するのは目立つ行為だ。

 俺が頂戴したのは現金だけである。

 誰かが事件の後、カニンガムが調べるまでの間に神殿から持ち去ったのだ。


 俺の頭に電撃のように閃きが訪れる。

 フレデリカ!

 『黒衣の医者』を連れてきて顔をもとに戻すためのお金が必要なの。そう言っていた彼女。地下神殿の構造にも詳しい。


 次に会う時は俺の知らない顔の彼女かもしれないな。

 カニンガムはまだ怪しむ視線で見ていたが、俺は大声で笑いながら葡萄酒を飲み干した。

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