第7話 復讐を誓う男

 神殿の地下に囚われた俺。聖女サマが俺のところに夜中忍んで来る。なんてツイてるんだ。

 ところがそいつは演技だった。誰の密偵でも無いと分かった俺はクレイブン侯爵に殺される。俺の頭蓋骨はツブされた。なんてツイてないんだ。



 俺は目を覚ます。

 例によって真夜中だ。血だらけ穴だらけの服を見て、死ぬ直前を思い出す。


 チクショウ! チクショウ!

 何度か死んできたが、体中穴だらけ、頭も潰されたのは初めてだ。俺が先端恐怖症になったらどう責任とってくれるんだ。PTSDを治せるヤツがここにいるのかよ。


 復讐してやる!

 復讐の鬼になってやる。

 クレイブン!

 ダデルソン!

 ついでにハゲの大男!

 ここに居るクレイブンの手下ども全員だ。


 悪態をついて少し正気を取りもどした俺は周囲を見回す。

 何かまともな着る物は無いかと思ったからだ。辺りにはスゴイ匂いが漂っていた。腐った肉から放たれる凄まじい腐臭。

 骨が積み重なっている。その脇に汁を出す真っ黒なシロモノ。元は服だったもの、鎧らしき物が中に混じってる。肉にはウジが沸き、蠅が群れをなしている。上の方には形を留めてるものが有り、それは手があって足がある。人間の形に見えた。


 ……!……!!!………………!!!!!


 俺は声にならない叫びをあげる。口を開けたら蠅が飛び込んで来るからだ。

 出口らしきものへ全力で突っ走る。

 俺の足はグチャグチャな物を何度も踏みつける。元は人間だった残骸……だと思うが気にしてはいられない。

 

 どうやって脱出したのか思い出したくもない。俺は地下神殿の裏に出ていた。

 脇には下へと滑り落ちる穴が有る。ダストシュートに似た構造のもう少し大きな物。ここから死んだ人達の亡骸を捨てていたのだ。あそこは死体捨て場だ。


 そして俺の目は腐った肉と骨の中に『あるもの』を見つけていた。血にまみれ汚れてはいるが間違いようが無い。それは白いブラウスだった。



 地下神殿には多数の客が訪れていた。深夜を迎えている。

 俺は二日前の午前イナンナ神殿に訪れて、夕方拷問を受けた。その夜聖女の訪問を受け、昨日の早朝に殺された。そして昨夜生き返った。大忙しだ。

 神殿で夜を迎えるのはすでに3回目と言う計算だ。


 昼間は地下神殿の中をうろつきまわった。出入口を抑えてあるからだろう。内部には見張りすらいなかった。山賊どもだって、あの死体捨て場や死の儀式を行っている神殿に用もなく近づきたがる筈が無い。

 俺は地下神殿を探索し、自分の装備を取り返していた。剣に斧、革鎧である。もちろん鎧を装備する前に腐った肉汁にまみれた身体は必死で洗った。だが、いまだに腐臭がする気がしてならない。

 ついでに顔を覆う鉄面も手に入れていた。ダデルソンとお揃いだ。

 牢屋からは女性の声がする所も有った。助けたかったが、鍵を持っていない。神殿を探索しても、さすがに鍵は見つけられなかった。

 クレイブンは「明日 客が来る」と言っていた。機会を待つ事にしてそのまま俺は寝てしまった。


 現在、俺は神殿の裏から中の様子を覗いている。


 客達は全員仮面を付けている。顔は分からないが、身なりから見て貴族か金持ちだろう。


 壇上に上がった聖女フレデリカが儀式の開始を告げる。


「これからエレシュキガル神に供物を捧げます」


 数人の女性が連れてこられる。鎖で自由を奪われた女性達、賊どもが強引に壇上に上げる。牢屋に居た娘だろう。


 大男やダデルソンが指示を出して、男達が娘をタライに縛り付ける。


「選ばれた方々は壇上へ」


 壇上には数人の客人が上がっていた。天井へと上がっていくタライの下に客人が集まる。


「あなた方はエレシュキガル神に捧げられた供物の中から神の慈悲をいただくのです」


 持って回った言い方で良く分からないが、娘たちが供物だろう。


「エレシュキガル神の慈悲によって、あなた達は若さを取り戻すのです!」


 狂った老人どもの妄執が生み出した幻想だった。娘達は俺と同じ、タライで天井の棘で刺し殺されようとしている。押し潰された娘の生き血を浴びれば若返れる。

 そんな狂った発想をもっともらしい言葉で語っている。


 クレイブンの悪事は山賊と通じているだけじゃなかった!

 攫ってきた女性を狂気の生贄に捧げていたのだ。フレデリカが逃げ出したくなるのは当然だ。


 巨大タライが天井に向かって上がっていく。中にいる娘達は何をされるか分かったのだろう。叫びをあげる者、許しを請う者さまざまだ。悲鳴がタライと天井から反響して壇上に響く。

 おっそろしい事に客達はそれを聞いて笑みを浮かべているのだ。 

 愉悦の笑み。

 コイツラ……本気で若返れると信じているのか?! それとも、自分達より下の存在を殺す事、それ自体に喜びを感じている……

 止めよう。

 こんな人間どもの精神構造を理解しようとするだけ、無駄な行為だ。


 会場が興奮に包まれるなか、壇上へと俺は飛び出していった。

 タライのハンドルを回す大男のハゲた頭に斧を叩きつける。頭から血と脳漿を吹き出しながら大男は倒れた。

 大男の大剣が転がっていたのを拾い上げる。

 壇上に居る者たちが俺を見て慌てふためく。


「な、なにしやがる?!」

「テメェ、何もんだ!」


 俺は立て続けに警備らしき武装した男どもを巨大な剣で切り裂く。後ろから襲って来ようとするヤツには斧を叩きつける。偃月刀と斧の二刀流だ。


「なんだ、キサマは?!」


 俺に指を突き付ける紳士服を着た男性。まだ状況が理解できていないのだ。返事をするコトも無く、剣を腕先に振るう。

 大剣は片刃の造りで切れ味が良い業物だった。重さを利用し振るうだけで人の肉体を切り裂く。貴族の腕先はアッサリ、肘から先が切り落とされていた。叫び声を上げて、壇上から下へ転がり落ちる男。

 見物していた観客たちがパニックになる。

 さきほどまで何かの余興かと勘違いしていた輩も多かったようだが。既にそんな余裕は無い。揃って逃げ出そうとしている。

 その間も俺は武装した連中と戦っている。

 警備に配置された賊はそれなりの実力者なのだろう。慌てていた賊どもだったが、すぐに徒党を組んで俺に反撃してきた。


 俺は自分に対して突き出される剣を、槍を、あらゆる武器を全く無視して、偃月刀と斧の二刀流で周り中を切り裂いていた。

 そのたびに頭が舞い飛び、腕が落ちる。

 壇上は血の海になっていた。

 賊の男達もパニックに陥るのに時間はかからなかった。


「剣が刺さってる!

 刺さってるのになんで死なねーんだ!」

「オレの槍が……槍が心臓を貫いたのに!」


 真夜中俺が殺されるとどうなるか。答えはすでに出ていた。

 刺された瞬間、痛みは有るのだ。だが怒りのアドレナリンが俺の身体中を駆けめぐり、痛みを無視する。

 

 最初は身体に刺さった剣は抜いていた。抜いてその剣を相手の身体めがけて投げてやった。そのたびに俺の身体から傷はウソのように無くなる。

 途中から面倒くさくなり、剣や槍を身体に突き立てたまま俺は暴れた。偃月刀を振るい、俺の腹を貫き通した槍で賊をも貫く。

 目の前の男が足を無くして倒れる。横の筋肉オトコの頭半分が宙を飛び、血がシャワーのように舞う。


「こいつバケモノだ!

 暗黒神の使いだ!!」

 

 誰かが叫ぶ。

 確かに顔を面で隠し、血まみれで殺しても死なない俺はバケモノのようだっただろう。悪夢から這い出てきた存在だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る