第6話 聖女に嵌められた男

 俺は地下に囚われたマヌケな冒険者だ。ところが俺に食べ物を差し入れてくれたのはとんでもなく美人の聖女だった。もしかしてツイてるのかもしれない。しかしフレデリカは語りだす。彼女の顔は造られた物だと。



「……わたし元の顔を取り戻したいの。

 『黒衣の医者』だけがわたしの元の顔を知っているわ」


 ……この世界で完璧な整形手術?

 一瞬俺は自分と同じ『異世界から来た存在』を思い浮かべる。

 でも多分違う。例え日本の整形外科医を連れてきたとしても、ここに手術台は無い。シリコンだって、レーザーカッターだって無い。日本のような整形手術なんて不可能だ。

 何かのスキル、もしくは本当に天才なのかもしれない。

 美容クリニックの宣伝で読んだ覚えがある。古代インドではすでに人口の鼻を作って整形手術を行っていた。

 この世界でもそのくらいの技術は有るのかもしれない。そして凡百の医者の中に一握りの天才が混じっていた。


 俺が思考を巡らせている間もフレデリカの話は続く。


 クレイブンは私に神殿の服を着せて犯していたわ。

 私は聖女なんかじゃない。タダのクレイブンの妾よ。

 あの男は人々が拝んでいる聖女サマが自分のモノだという喜びに酔っていたの。そこまではガマンできたわ。彼は年寄りだし……近いうちに亡くなる。それまでの辛抱だって。


 妾?!

 ……この美人をあのデブ男がベッドに引きずり込んだのか。聖女サマの形の良い尻を思い出して、俺は頭が熱くなって来る。怒りなのか、興奮なのかは想像にお任せする。


 …………でも……クレイブンは変わったわ。

 自分が老人だって、老い先短いんだって気づいたのね。イナンナ神殿の地下にさらに神殿を作ったの。

 知ってる? 

 暗黒神エレシュキガルはイナンナの姉妹だって。

 あの地下神殿はエレシュキガルの物よ。そこでわたしは暗黒神のための儀式をさせられているの。

 ……おぞましい儀式よ!


 エレシュキガル?!

 聞き覚えはある。『冥界の女王』とか『残酷な邪神』とか呼ばれるヤツだ。悪く言うと、死んだあと復讐されるので、あまりこの世界の人々は口に出さない。像を造ったり拝んだりするヤツもいないと思ってた。


 フレデリカは訪ねても儀式の中身については語らなかった。


「どう?

 『黒衣の医者』を連れて来て、顔をもとに戻すためのお金。

 私の身の安全。

 この二つをシェイ伯爵は用意してくれる?」

「すまない、フレデリカ。

 力にはなってやりたいが、シェイ伯爵なんて俺は会った事も無いんだ」


 俺は地下の牢屋で聖女サマに語り掛ける。

 だけど君の命くらいは俺が守るよ。ここから逃げ出そう。冒険者として俺だってベテランだ。身を隠す術くらいは有る。


「クレイブンの悪事は俺だって予想がついてる。

 連続して起きてる山賊事件は奴の仕業だな」


 自分の手駒に商隊を襲わせて、警備に当たってる騎士団の信用を落とす。クレイブン侯爵のライバル・シェイ伯爵は騎士団が活躍してこその人気だ。それが無くなれば当然シェイ伯爵の発言力は落ち、その分クレイブンの力が増すって寸法だ。

 しかしこれだけ死人が出て、ウワサにもなってる。いずれどこかでバレてクレイブンは身の破滅さ。現に俺のようなマヌケにだって気付かれてるんだ。


「クレイブンが自滅したら、キミは自由の身だ。

 『黒衣の医者』もそれだけの有名人なら冒険者ギルドが探し出せるだろう。

 金は問題だが……何とかするさ」

「……そうなの……

 本当にあなた、どの貴族の密偵でも無いのね」


「そうさ、一匹狼の冒険者だ。

 でも心配は要らない。

 こう見えても腕は確かなんだぜ」

「……あれは?

 ダデルソンが言っていた。

 あなたは死んでいるはずだって」


「ちょっとした仕掛けだよ。 

 服の下に血糊を隠しとく。

 服を切っただけなのに血がドバドバ出る。

 やった側は致命傷を与えたもんだと思い込むのさ。

 小細工も冒険者として生きていくのには必要ってワケさ」

「……そう……そうなの……」


 俺に身を寄せていたフレデリカが立ち上がる。


「…………残念……本当に残念だわ」


 牢屋の扉からスルっと抜け出していく。


「おい、フレデリカ?!」


 追いかけようとした俺。しかし、その前に彼女と入れ替わりに入ってきた男が立ちふさがる。

 ダデルソンと大男だった。後ろには金仮面を着けたクレイブン侯爵まで居る。


「よう色男!

 オマエは本当にマヌケだよ」


 ダデルソンがニヤニヤと笑う。


「知ってるよ。

 今もイヤになるくらい思い知った」

「ムダな時間をかけさせおって! 

 本当にただのドブネズミだったとはな」


 金ピカの仮面を外してクレイブンが俺を睨みつける。顔をみせるのは見られてもかまわないと思っているからだろう。


「こいつを神殿に連れていけ!

 『あれ』にかける」


「閣下!

 『あれ』は修理したばかりですぜ」

「だから、試運転だ。

 明日の夜には大勢の客が来る。

 客の居る前で失敗は出来ん」


 大男とダデルソンが俺を牢屋から引っ張り出す。


「お前、クレイブン侯爵を怒らせちまったな。

 そうでなきゃ俺達の仲間入りして、うまい汁を吸えたかもしれなかったのにな」

「別に就職活動はしていないぜ」


 驚いたことにダデルソンは本気で俺を気の毒がっていた。どうも猛烈にイヤな予感がしてきた。


 俺は地下神殿に連れてこられ、手足を拘束されていた。

 既に朝を迎えているようだ。大男が「おまえのせいで徹夜じゃねーか」とグチを言う。


「奇遇だな、俺も寝てないんだ。

 どうだ、みんなひと眠りして元気になってからやりなおさないか?

 睡眠不足はお肌によくない」

「クククッ……

 終わらせたら俺たちは寝るさ。

 お前は肌の心配する必要は無くなるよ」


 俺は謎の装置に手足を広げた格好で縛り付けられる。

 金属製の巨大なタライといった見た目で下には複数の穴が空いている。人間数人は横に眠れるサイズだ。大男が壁のハンドルを廻すと、俺はは巨大タライごと天井に上昇していく。天井には金属製のトゲが付いていた。

 誰でもアドベンチャー映画やアニメで一度は観たことがあるだろう。下に居る人間を押しつぶそうと落ちてくるトゲトゲ天井。その逆バージョンだった。


 横倒しに縛られた俺の身体はトゲトゲに向かっていく。


「待ってくれ!

 話し合おう!

 人間に一番大事なのは対話だ!」


 俺は声の限り叫んだ。

 上がっていくスピードは落ちない。対話の重要性は理解されなかったらしい。


「クレイブン!

 ダデルソン!

 必ず復讐するぞ、覚えていろ!!」


 俺の胸元に鋭く尖った金属が突き刺さる。服を貫き、胸の肉がハジけ、痛みと温かい物が流れ出すのを感じる。

 顔を下に向ければ真っ赤になっているだろうが、俺には下を見る余裕が無い。

 金属の先端がが鼻に当たりそうになり、顔を横倒しにして逃げる。が、すぐ側頭部尖った金属がせまってくる。

 腹の肉に。

 肩の筋に。

 胸の肋骨に。

 ぬるぬるとした温かい物が溢れ出す。頭が押し潰される。俺の頭蓋骨が軋みを上げているのだ。


 これ以上押されても引っ込まないよ。

 ムリだよ。

 ムリなんだ……


 ……グシャリ、と何かが壊れる音が聞こえた……

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