第4話 罠にかかった男
俺は宗教には詳しくない冒険者だ。イナンナ女神の神殿で見よう見まねで儀式に参加していた俺。俺の前には聖女様が現れる。これって……もしかしてツイてるのか。
「驚きました。
まさか聖女様が担当してくださるとは……」
俺は珍しく丁寧語を使った。神殿の中で聖女サマ相手に気軽に話せるほど、俺も図太く出来ていない。
「ここに勤める修道女が交代で行っております。
私もその一人ですから」
「では俺は幸運だったという事ですね」
「ここに勤めている者は等しくイナンナ神の使いです。
そこに上下は有りません」
彼女は壇上で見た通り神秘的な雰囲気を纏わせていた。近くで見ても美貌が際立っている。メイクで誤魔化したのではなく、元の目鼻立ちのバランスが良いのだ。その美貌がそう思わせたのかもしれない。
「なるほど。
『イナンナ神の下、人間は皆平等』
さすがフレデリカ様、素晴らしいお言葉です」
俺は皮肉交じりにならない様、気を使って話す。どうもこんな雰囲気は苦手だぜ。
「……では、亡くなった方達のために祈りを捧げます」
聖女サマは俺に背を向け、祭壇を振り返る。
身体のラインが出ない服装だが、プロポーションは相当に良い。足が長く、腰の位置が高い。意味の分からない聖句を聴き流しながら、俺は聖女サマのお尻の形を観察していた。
「ありがとうございます!」
儀式が終わり、俺は図々しく聖女サマの手を握った。聖女サマは表情一つ変えなかった。イヤな顔はしないが、愛想笑いも浮かべない。
「友人は賊にやられたのです。
護衛をしてたんですが……みんな親しい友人でした」
「山賊がこのところ暴れ続けているようですね。
騎士団は一体何をしているのか!」
今度は聖女サマの眉が動いた。
「そうですか……それは痛ましいことです。
犠牲者の方にイナンナ神の慈悲が有らんことを」
「ありがとうございます。
聖女様の所にも犠牲者の遺族が訪れていらっしゃるでしょう。
何か聞いてたりいたしませんか?」
「いいえ。そのような話は初めて伺いました」
次の方がいらっしゃいますので。
と俺は小神殿を追い出された。楽しい時間は長く続かないのだ。
俺は神殿の周りをうろついてみる。鉄面の男にもう一度出会えはしなかったが、気づいた事がある。警備の人数が多い。更に彼らは神殿警備というには物騒な雰囲気を持つ者が多かった。飾り物の剣ではない武具を持ち、鎧にも戦いの傷跡がある。
大神殿の裏手へと入って行く。
先刻見かけた口ヒゲ男はあの辺の扉の方向へ向かった気がするんだが。俺が見つめる扉の周りには警備の人間が貼りついている。ようするに鉄面口ヒゲ男は警備が通して良い存在という事だ。
「そこの革鎧を着ていらっしゃる方」
修道女が近づいてくる。話しかけた相手は俺かな?
年配の修道女は俺に体を寄せ小声で言う。
「貴方と話がしたいと仰っている方がいます」
「誰だい?
神殿に知り合いはいないんだが」
「先ほど貴方の禊を担当された方です」
修道女に俺は素直に着いていった。もちろん怪しいと思わなかったワケじゃないが、女性の誘いは断らない主義だ。
修道女は大神殿の入り口から複雑な道を歩いて行く。
おそらく通常は関係者以外立ち入り禁止なのだろう。他に人はいない。たまにすれ違う神父や修道女がいるだけ。
シロウトの俺にはもう何処からどう来たのか分らない。階段は使っていないが、この道は下へと傾斜している。地下に降りているんじゃないだろうか。
そして。
俺は武装した男たちに囲まれていた。複数の凶器を向けられ、両手をバンザイさせられている。修道女はというと、俺を男達の真ん中に置き去りにしてサッサと姿を消してしまった。
金色の仮面を付けた恰幅の良い男と、同じく仮面で顔を隠した女が入ってくる。見た事のある鉄面の男とハゲた大男も一緒だ。今回はおなじみの鉄面を付けている。
「今日は仮面舞踏会かな?
招待状は貰ってないぜ」
ついつい軽口を叩いてしまう。
仮面を付けた男は俺の嫌いなタイプだった。金ピカの宝飾品で飾った服装、腹をデップリ突き出した男だ。こういう偉そうな輩は見ただけで苛立ってくる。
おまけに声まで偉そうだった。
「この男か?」
「お待ちください、閣下」
鉄面の男が大男に指図する。
「どうだ? こいつと向き合っていたのはお前だ。
間違いないか?」
「こいつだ!
こいつに刀傷を付けられたせいで一昨日は眠れなかったんだ。
間違いないぜ」
「どういうことだ? ダデルソン。
居合わせた者は全員殺したと報告しただろう」
鉄面の男の名がダデルソンだろう。
ダデルソンとやらが慌てる。
「いや、全員殺しました。
その男なら腹を切られたんです。
腹ワタまで切れていた。
あの傷で助かるはずがない」
「オマエ!
良く似た別人じゃないのか?」
「でもよ、アニキ。
この生意気そうなツラは間違いないぜ。
黒髪に黒い瞳もこの辺じゃそうそういない」
鉄面の男がこちらを睨む。
「おい、お前!
服を脱いでみせろ」
「おいおい。
男のハダカを眺める趣味があるのか? ダデルソン」
「周りのヤツ、確かめろ!
こいつが本人なら腹にキズが残っているハズだ」
俺にバンザイスタイルを取らせて、横の男が上着をたくし上げる。
「ほら見ろ! 傷一つない。
黒髪に黒目で似ているように思うだけの別人だ」
「う~ん。
しかし良く似てるぜ」
「おい、もう服を下げてくれないか?
ヘソの形には自信がないんだ」
俺を変態でも眺める目つきで見る周囲の男達。服を脱がしたのはそっちだろうに。
「ダデルソン。
この男がお前達が殺した護衛と別人だとしてもだ」
「……そっくりの男が事件直後にこの神殿に来て、山賊について嗅ぎまわってる。
単なる偶然とは思えんな」
意外とまともな事を言うクレイブン。金色の仮面を着けて腹のデップリした男にも考える頭があったとは驚きだ。
驚きを押し隠して俺は返す。
「偶然ですよ、俺は単なる冒険者!
閣下、隣街に俺に似た男が居るって前から聞いてたんですよ」
「俺はジェイスンって言うんですが、そいつはジェイソンって名前。
髪も黒髪、なんて紛らわしい偽物ヤロウだって前から言ってたんですよ」
「ところが今回商隊の馬車が襲撃されて……
俺に似た男が亡くなったって言うじゃ無いですか。
どうにもコイツは縁起が良くねえ。
だから、禊に来たってワケなんですよ」
俺はペラペラとデタラメを語ってみせる。
ところが仮面の女がさえぎる。
「嘘ね!」
顔を隠した女が俺に指を突き付ける。
その冴えわたる声は少し前に聞いたものだった。
「あなたが書いた亡くなった人たちの名前にジェイソンなんていない。
亡くなった人の禊に来たと言ってたじゃないの」
その声はフレデリカ、聖女サマのものだった。
「聖女サマか?
驚かされるぜ。
顔を隠して地下で賊と密会か?」
金ピカ仮面の男が俺を見て嘲笑う。
「尻尾を出したな、ネズミめ!
ダデルソン、どこのネズミか吐かせろ。密偵かもしれん」
金ピカ男が出て行こうとする。小癪な事にフレデリカの肩を抱いていやがる。
「密偵なんかじゃないよ。
信じてくれよ。
なあ、クレイブン。
話せば分かるって」
俺はクレイブン閣下の気を引くのに成功したらしかった。
出て行こうとした男は足を止める。
「こ奴……今ワシの名を?!
……どこでその名を知った。言え! ネズミ!」
俺は計画なく男を挑発する。
「クレイブン侯爵閣下。
御高名は存じておりますとも。
この街に住む者なら誰でも」
ホントに計画は無い。
フレデリカの肩に馴れ馴れしく手を回したのに苛立っただけなのだ。クレイブン本人だと確認出来たのはそのついでだ。
「ねぇ、解放してください。
悪いようにはしません」
「ダデルソン、どこの密偵か分かるまで殺すな!
誰が裏に居るのか吐くまで徹底的に痛めつけろ!」
クレイブンは怒り声を上げながら出ていった。
今度はフレデリカの肩を抱いてはいない。
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