第3話 女神の神殿に行く男

 俺はマヌケな護衛だ。

 護衛を受けた商隊は全滅した。イナンナの街のギルドに正直に報告したら、受付嬢に睨まれた。もう酒を飲んで寝てしまおう。



 酔いから覚めるとすでに夕方だった。窓から表を眺めると大都市は薄暗く、通りを松明やカンテラが照らす。

 やはり疲れていたのだろう。昨日ギルドで寝たにもかかわらず、グッスリ寝てしまった。長イスじゃ良く眠れなかったのも事実だ。


 カニンガムから宿屋に伝言が届いていた。

 教えられた飯屋に向かう。上品過ぎないレストラン。金持ち中心の店だが、俺みたいな身なりでも入れるギリギリのレベルだ。


「好きに食ってくれ。

 詫びと山賊の情報料だ」

「ありがたい。

 マヌケな男は護衛の後金を貰えそうにないんだ」


 カニンガムの言葉に甘えて、高めのメニューと葡萄酒も注文する。

 

 カニンガムの目的は分かってる。情報交換したいのだ。


 イナンナの周辺ではここ数年、同様の事件が何度も起きてる。女性は子供から年寄りまで連れ去られて、男は皆殺し。

 騎士団は警戒を強めているが、哨戒部隊には一度も引っかからない。見回りが居ない時に限って商隊が襲われる


「男は全員死んでるんだぜ。

 後学の為にどうやって生き延びたのか、教えてくれよ」

「昨日は新月の晩だったからな。

 見逃したんだろうぜ」


「アンタが襲われたのは昼間だろ。

 ついでに昨夜は月が出ていたと思うぜ」


 俺と同じ被害者が大量にいた事を知る。

 俺だって殺されたのだ。蘇っただけなのだ。


 俺も情報を返しておく。


 襲撃して来た賊は鮮やかな手口だった。弓矢部隊まで用意している手練れの集団。

 整った口ヒゲに頬傷の男。


 口ヒゲに頬傷の部分でカニンガムが反応する。


「それだけじゃなんとも言えない。

 だが……クレイブン侯爵の配下に一致する特徴の男がいる」


 イナンナの街は大都市だ。

 周辺は数人の領主がおり、街は貴族、大商人達による評議会で運営されている。絶対者と言える立場の人物はいない。

 中心人物なのが文人のクレイブン侯爵と武人のシェイ伯爵。

 クレイブン侯爵の方が貴族としての立場や血筋は上。

 だが、辺境では武力がモノを言う。武人が集まり、騎士団を指揮しているシェイ伯爵の方が民衆の人気は高い。


「そんな訳でな。

 クレイブンの方は宗教の力を借りる事にしたらしい。

 最近はイナンナ神殿に大規模な寄付をしたり、何か儀式があれば必ず顔を出してる」

「ふーん。

 逆に騎士団は山賊を捕まえ損ねてる。

 シェイの旦那の人気は落ちてる……って訳だな」


 俺は昼間酔っぱらったのも忘れて、葡萄酒をガブ飲みした。


「ツイてない、ツイてないぜ。

 山賊に襲われるわ、ちょっとカワイイと思った娘は連れ去られる、後金はもらえない。

 ついでにギルドの窓口の小娘には睨まれる」

「あの窓口の娘はアリスと言うんだ。

 山賊に知人が殺されたもんでな。

 ……ピリピリしてるんだ、許してやってくれ」


「睨むのを止めればカワイク見えるのにな。もったいない」

「若く見えるし、背丈も低いせいで冒険者たちにナメられるが、本人は一歩も引かん」


「どこかで厄払いをしないとやってられないぜ」

「ジェイスン、女神の神殿にでも行ったらどうだ。

 ここはイナンナ神の神殿が有るのを知ってるだろ」


「ああ、有名な神殿だな。

 この街の名前も神殿があるからだろ」

「今イナンナ神殿には有名な聖女が居る。

 明日ならちょうど聖女が人前で祈りを捧げる日だぜ」


「イナンナ神に拝んだら後金をくれるかな」

「そいつは難しいがな。

 イナンナ神は豊穣と美の女神なんだ。

 キレイになりたい若い女が神殿には押し寄せてる」


「そんな女達はオッサンの冒険者なんか目に入らないだろう」

「プレゼントは花束じゃなくて化粧品にしたらいいかもな」


 カニンガムは冗談を止めて真顔になる。


「さっきも言ったな。

 神殿にはクレイブンも良く出入りしている。

 おそらく明日も顔を出すだろうぜ」



 翌日、俺はイナンナ神殿に向かう。

 武器屋に寄って装備を新調してからだ。俺の剣は無くなっていた。服はマシなのを選んだとはいえ近付いた人間には血のシミがすぐバレる。

 身軽な革鎧一式と剣という慣れた装備に身を包む。

 そのついでに小振りな斧も購入する。あのタフな大男を参らせるにはこれくらい必要だろう。

 神殿の場所は訊ねなくても分かる。この街で最大の建築物だ。白磁の建造物に向かって俺は歩いて行く。


 少しばかり待たされたが、祈りの儀式を行う神殿に俺は通された。

 神殿はイナンナ女神を模した像が建物内部には飾られてる。たとえ石像であっても男を眺めるよりは美女を眺める方が楽しい。手持無沙汰な俺は女神像のプロポーションを眺める。

 周囲には女性の来訪者が多い。

 カニンガムの情報は正しいようで決定的に間違っていた。女性は着飾った年齢のいった御婦人達。老婆こそいたが若い娘は数えるほどしかいなかった。

 身なりの良い婦人に混じった革鎧の俺は悪目立ちするかと危惧したが、そうでもなかった。ところどころに婦人の護衛や神殿の警備の人間がいたからだ。俺もそんな一人に見られたのだろう。


 神殿の中央舞台で修道女達が音楽を奏でだす。祈りの儀式が始まるようだ。 周りにいた人間が膝をつく。俺も真似て膝立ちスタイルになる。

 人々の騒めきが収まると神父に混じって女性が壇上に登場する。


 なるほど。イナンナ神殿の聖女とも言いたくなる。舞台の上で挨拶する女性を見て俺は納得していた。

 遠めに見ても、目鼻立ちが整っている。腰までまっすぐ伸びた髪、飾りの少ない上等な品だとすぐわかる服がバランスの良い肢体を包む。胸元には青い宝石が光る。

 美貌なのはもちろんだが、似ているのだ。

 舞台の後ろに有る巨大なイナンナ女神。長い髪と凛とした顔立ち。胸元のペンダント。

 

 周囲は女神像の前に立つ、女性に興奮の声を上げている。


「ああっ……なんて美しいのかしら」

「ウワサ通りね。

 イナンナ神様にそっくり、来てよかったわ」


「ウワサ以上よ!

 聖女様、ワタシに若さと美貌を……」

「フレデリカ様。

 ワタシに若い頃の美しさをお返しください」


 俺は聖女の名前を知らなかったが、どうやらフレデリカと言うらしい。


 その聖女サマは祈りの儀式を続けてる。神殿に響く声で意味の分からない聖句を唱え続ける。

 堂々としたモノだ。アンチョコでもあるのかと観察したが、胸がなかなかいい形をしていると分かっただけで他には何も持っていない。

 周囲の人間達も聖女の言葉に唱和する。俺はやり方を知らないから見様見真似でごまかす。

 音楽が流れたり、神父のありがたいハナシが語られたりしたが、俺はトーゼン聞き流した。

 

 ようやく儀式が終わったらしい。

 聖女サマが舞台から引っ込んで、神殿内部がまたザワつきだす。他の神父や修道女が何か説明を始めるが、大半の人間は帰り支度をしている。


 俺は適当な修道女を捕まえて、尋ねる。


「実は先日知人を多数亡くしたんだ。

 禊は出来るかい?」

「まぁ、それは大変でしたね。

 こちらへどうぞ」


 修道女によると俺のいた神殿は大神殿と呼ぶらしい。大神殿以外にも小さな建物が複数あり、個人的な儀式はそちらでやってるそうだ。


 小神殿に案内される俺は忘れられない顔を見つける。大神殿の裏へ入っていく男、遠目にすれ違っただけだが間違いない。

 鉄面の男だ!

 鉄面を今は付けていないが、口ヒゲと頬の傷!


 カニンガム。

 お前は一つも間違っちゃいなかったぜ。


 俺は小神殿の中に通される。


「亡くなった方の名前をお書きください」

「あなたの周りに残っている彼らの想いがイナンナ神の御許へ召されるようお祈りします」


 う~ん。矢で死んだ男はネッド。即席の相棒の名は?ビルだったか?

 護衛全員で一度顔合わせしたが、男の名前を覚える趣味は無い。うろおぼえで適当に書いていく。


 担当になったらしい儀式を行う女性の顔を見て、俺はポカンと口を開けた。


「フレデリカ様?!」


 俺の前に現れたのは数分前に壇上で見た聖女だった。

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