第七章
小さい風呂から出た俺は部屋を見渡す。
左には壁にかかっているテレビ。右側には大きなベッドが二つ設置してあり、部屋の奥の窓前では時雨がコップを片手に風を浴びていた。
「お、白咲さん。どうでした?」
「どうもこうもそもそもここは俺の国だ。俺が納得しないわけがないだろう」
「それもそうですね」
時雨は小さく笑った後コップを置いて今度はペンを握った。何か書いているようだ。
それよりも俺はベッドにいる二人の様子が気になる。
「こいつら起きないつもりか?」
「この国に来ていろいろありましたからね。疲れてるんでしょう」
風呂の近くのベッドで二人は互いに背中を合わせて寝ていた。小さく聞こえる寝息はどちらのものか分からない。
どうやってバランスを取っているのか、そもそもどうしてこの形になったのかも分からないが心地よく眠っている二人を邪魔しようという考えには至らなかった。
「ところでお前は何をしてるんだ」
小さな机といすに座り有意義な時間を過ごしている彼女のそばまで向かうと机に落としていた目線をこっちへと向けた。
机の上には前に見た気がする本。どうやらまだ白紙のようだった。
「今日と言う幸せな日を本の中で残そうとしてるだけですよ」
「なんだか詩的だな。見せろ」
「いやです」
時雨はそういうと日記を抱えるように持ち俺から遠ざけた。
風が時雨の短い髪を弄ぶ。このままでは雰囲気に負けて寝てしまいそうだ。
「どうしてた」
「だって前にも見たじゃないですか!また見たいなんて強欲が過ぎますよ」
「そうか、ならいい」
「日記の内容、一緒に考えましょう」
「どっちだよ」
「役立ってくれるというのであれば私も見ることは許しましょう。自分で考えたものを見せないなんて、そんな高慢な人間じゃないんですよこの葛楽と言う人は」
「そうかよ、まぁ好きにしろ。俺はもう寝るよ」
「ちょっと待ってください」
時雨は日記を机の上に置くと隣に置いてあった小さなリュックを漁りだした。あんなリュック持っていただろうか?
俺は時雨とは反対側の椅子に座ると何気なく窓の外を見た。
夜の帳も下りた頃合い。光がともっている建物はほとんど見当たらなかった。どうやら今の時間に光がついているここはレアなのだろう。俺は視線を時雨の方に戻した。
「これ見てください!」
「なんだそれ、ナイフか?短刀?」
時雨が自信満々に見せてきたものは鞘に収まった小さなナイフのようだった。
持ち手の部分が若干長くドスのようにも見える。
「ナイフですよ!とっても良くないですかこれ!」
「なんだそれ?いつ買った?」
「プレゼントですよ二人が買ってきてくれたんです。私に!」
時雨は嬉しそうにそういうとナイフを眺めた。
どうやら相当嬉しかったようだ。今日この国に来てからというもの、時雨のいいように事が進んでいく。悪い気はしなかった。
「と言うか時雨だけかよ、俺のはないのか?」
「あ、ありますよ。これ、渡しといてって言われました」
カバンの中を漁っていると中から分厚い本が出てきた。
外観はなんだかまがまがしくまるで中学生の黒歴史ノートのようだ。
「なんだこれ、本?」
「魔法使い用の本らしいですね」
「それ俺が魔法使えないこと知ってて買ってないか?」
「良かったですね!これで大賢者の仲間入りですよ!」
「俺はただからかわれただけかよ……」
そう言いつつも本は椅子の後ろにある俺のカバンの中へとしまい込んだ。
どうやらこのホテルに来る前に二人が買っていたようだ。もう少しお金の使い方を知ってほしいのだが。
時雨は満足そうにナイフをしまうとコップを手に取り小さく息を吐いた。
「随分と楽しそうだな」
「な、なんですか急に」
「いや、この国に来てからずっと表情を崩すことなくいつも以上にアホそうだなと思ってな」
「なんですかそのアホそうって……」
時雨はそういうと窓の外の方を見た。
哀愁漂う時雨の横顔からはなんだか真面目な印象がする。
「最近、私の国でおかしなことが起きてるんです」
「おかしなことって、なんだ?」
「ほんと言葉の通りです。大事な資料が消えたり昨日までいた日本人が唐突にいなくなったりと……」
「予想以上に問題じゃないか」
時雨はため息をつくと日記へと目線を落とした。
「誰かが干渉していることは間違いない、そう思って誰がやったのか考えたのですが」
「その様子だと不可侵班は違うのか」
「はい、彼らの力があればできなくはないですがするならもっと大きな問題を起こすでしょう。そんなちまちまと小さい問題を起こすような奴らじゃありません。しかも下手すれば戦争ですからね」
「じゃあ一体誰がそんなことするんだ?」
「あまり考えたくなかったんですが……」
「……」
「感情消失の誰かって可能性、無くはないでしょう」
「嘘だろ?」
時雨はさっきとは一転して決まずそうにそのことを話した。
時計の音がうるさく聞こえる。風呂で温まったからだが今は何故だか冷たい。
「なんとなく考えてみたんです」
「動機がなくないか?」
「でも一人だけそれが可能な人がいるんです」
「……」
「それは……」
と、その時時雨の目が大きく開いた。
「どうしたそんなに真剣な雰囲気で!」
「うおぉ!」
「ゆ、勇さん!?」
振り返るとそこには目が冴えた様子の勇が俺の椅子に手を置いて立っていた。
時雨の方を見ると目が泳ぎまくっている。
「おはよう勇、目が覚めたのか?」
「お、お前もそう呼ぶか!そうだななんか寝てたらしい。寝たことに起きてから気が付いたぜ」
そういうと勇は頭を掻くと急に表情をゆがめた。
「どうした?」
「わりぃ俺汗かいて寝てたらしい。臭かったらすまんな!風呂入ってくるわ!」
「そうか」
まるで嵐のように過ぎ去った勇は着替えをもって風呂へと入っていった。このホテルはトイレと風呂が別であることに驚きを隠せない。
と、そんなことはさておき時雨の方を見るとなぜか目線が合い時雨が小さく笑った。
「疲れました、もうすぐにでも寝たいので日記進めようと思います」
「そうだな、邪魔したな俺も寝ることにするよ」
俺はそういうとベッドに大の字で寝ている快離を無視し誰も寝ていないベッドの中へと潜った。
感情消失 和翔/kazuto @kazuto777
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