第二話

 本に目を落とすとそこには「天竺葵」と書かれた赤い花が載ってい、青いのか赤いのか分からない花だなと頭を掻いた。

 俺等4人はクズの提案で役所へと来ていた。

 まだ日は浅く強い紫外線が朝早くの整っていない目を刺激した。

 役所と言っても景観については考えていないのだろう、中は殺風景であった。役所内には本棚にカウンター、壁際に椅子が均一に置かれている。いかにも効率重視で質素だ。

 唯一の娯楽、本棚。と言っても、その内容は難しいモノばかり。花の図鑑や漢字辞書等、何故置いてあるのか分からない本ばかりだ。

 だがこんな本達でも役に立つ時はあったらしい。


「おい!この『桐』って字良くないか!?かっこいいし何より花言葉が『高尚』だってよ!上品って意味だぜ!?リーダーの俺には」

「せからしか」

「せからしか!?」


 椅子に座って本を見ているにもかかわらず、やけにうるさいリーダーに渇をいれ皆の方を見る。

 クズ除いた3人は、座ってそれぞれ厚い本を開いていた。とは言っても本は参考程度。時折上の方へと目線を送り、また本に目を向ける。という謎行動を続けていた。

 それも集中しているが故の行動だと思いそれぞれの表情を見てみる。

 クズの方を見ると大層嬉しそうな顔つきでカウンターに体をもたれさせていた。今にも鼻息がこちらまで届きそうだ。


「なんだお前?満足そうにして」

「もしかして考えてたの?」

「もちろん!私はすでに決めてましたからね!和颯さんも私の日記を覗き見てたのなら、既に知ってるんじゃないですか?」

「え、日記見たことバレてるのか?」

「もちろん、開いてたはずの日記が帰ってきたときには閉じてましたからね」

「なんか探偵みたい!」

「すまない……とは言っても俺そんな詳しく見てなくて、すぐ閉じて寝たんだよ」

「見たことは認めるんですね」


 役所に来た理由。それはもちろん日記に書いてある通りで、


「それで!結局何にしたの!?」

「私の新たな苗字は、『しぐれ』です!」


 4人の苗字を決めるためだった。

 3人の目線が一斉にクズに向く。快離も勇も目がきらめいていた。


「しぐれ?いかにも中二病っぽい名前だな」

「何が悪いんですか!?時間の限り降り続ける雨!『時雨』ですよ!?不満なんですか!?」

「俺はいいと思うぜ!かっこいいし!」

「分かる!めっちゃかっこいい!すごくかっこいい!」

「お前らがそういうならそうなのか?」

「どっちみち名前は馬鹿にすることできないからね」


 快離はそう言って笑うと「うーん」と唸り、再度本に集中を向けると頭を掻いた。快離のくせに以外にもまともなことを言っていて感心する。

 話が止むと快離も勇も上を向き考え始めた。考え事の際に上を向くのは、視界の情報量を減らすためだというが、今参考にすべきなのは本じゃないのか?

 時計の針の音が集中を阻害するが、そもそも本を読むことが少なく慣れてない俺たちにはどっちにしろ考えがまとまらなかった。

 とりあえず情報が欲しかったので俺は、本をめくってカラフルな花たちの名前と花言葉に注目してやった。


「ていうか名前ってどう決めるんだ!?」


 勇が本を一気に閉じ、そう叫んだ。役所の中で大声を出されたら迷惑だが幸いにも中には俺等しかいなかった。役所というのに人がいないというのは、どうゆうことなのだろうか。


「そもそも苗字ってどうやって決まってるんだ?」

「そうですね、日本の苗字だと場所とか時間とか花とかですね。例えばたんぼの『田』とか『川』とか、花でいうなら『蓮』とか?」

「なんでいちいち疑問形なの?」

「え、だってなんとなくで言ってますから」

「調べたわけじゃねぇのかよ……」

「でも場所とかいいかもね!」


 そういうと快離はまた上の方に視線を向けた。

 俺らの住んでいる所となると『広野』や『草原』などワンパターンになると思うが。


「住んでいる所だと『城』なのかな?」

「城の付く名前なぁ」

「城、城……場所だけだと全然アイデアが思い浮かばないね」

「そもそも名前って画数とか漢字の意味合いで決めるもんだろ?そんな思い付きで決めるようなものじゃなくないか?」


 そういって俺も本を勢いよく閉じた。表紙に写ったひまわりの画像からはここが異世界であることを忘れさせられる。『花図鑑』と書かれた文字は正確で綺麗すぎる。

 日本人が機械で作ったとしか思えない、それに表紙の目の引き方が卑怯だ。


「やっぱり日本の昔の人たちってなんとなくで苗字作ったんだよ!」

「確かに、目に写るものの名前を雑に取った感じがしますしね」

「そんなこと言ってるとご先祖様から罰が当たるぜ……」

「先祖からの罰、どんなものか逆に気になるな」

「決めたっ!」

「え、なに!?」


 そんな戯言を話していると突然快離が図鑑を持ちながら立ち上がった。

 そしてカウンターまで行くと文字が大量にプリントされた紙にペンで何かを書いている。

 真っ白な紙に、プラスチックのような物で作られたペン。この国は全く異世界感が無くて新鮮だ。

 途端に快離が紙をこちらに向け、


「今日から私は『きしろ』!喜ぶに城で『喜城』!」


 と、どや顔でそう言い放った。

 何故そんなにもどや顔なのか気になるが名前自体は普通によかった。


「お前のことだから変わった名前つけるのかと思ったけど、案外まともなんだな」

「あたしのこと何だと思ってるの!?」

「変わった人ですね」

「同感だ」

「俺も」

「嘘でしょ!?」


 普通の名前でびっくりしつつ謎の新鮮味を感じてしまった。

 普段の快離がふざけすぎているだけで、オオカミ少年と理屈は同じだろう。


「そもそも今の名前だってあたしたちが決めたものでしょ?」

「それはそうだけど」

「え、俺は……」

「勇さんは日本の名前を?」


 そういうと勇は俯き頭を掻いた。

 それを俺等3人は不思議そうに眺める。


「分かんね」

「ですよねー」

「なんの時間だよ」


 期待と裏腹な回答にがっかりしつつまたもや先を越されたと多少の悔しさを感じた。

 とうとう男二人が残ってしまった。

 自分の名前を付けるというのは実に難しいことではないのかと、終わった二人を見て思う。

 そんな簡単に決めていいものなのかと、適当に付けてはいけないものだと分かっているが故に悩んでしまっていた。

 と、一人悩んでいると勇も立ち上がってカウンターへと向かった。まさかもう考えたのか、脳の回転が早すぎる気がする……


「よっしゃ、俺も決めたぜ」

「お!?なになに?」

「俺は8人の中のリーダー。いわば頂点にいる存在、ということで名前は」


 そういって文字を書いた紙を皆の方に向け叫んだ。


「『八神』だ!」

「おぉ、割とかっこいいね!」

「ちなみに理由は何ですか?」

「かっこいいからだ!」

「「「……」」」


 ……俺は妥当な悩み方をしていて正解だったのかもしれない。

 まぁ名前という点ではおかしくないし妥当なものだが、名前の付け方、理由にいろいろと突っ込みたい。

 が、すでに終わっていた二人の方を見ると勇の名前にツッコミたいのか、なんとも言えない表情をしている。笑っているような、可哀そうな人を見るような顔をしていた。

 勇に関しては満足そうにしており、故に達成感を感じる楽しそうな笑顔を見せていた。


「名前か……」


 そう呟き目線を下げる。そこには何度も見たひまわりの写真。

 花の名前を、苗字の中に入れるという考えは馬鹿な事だったのかと若干後悔していた。

と、その時、


「花、綺麗、咲く……?」


 天啓というのはこういうことなのだろうか?

 頭の中に乱雑に置かれていた漢字たちがまとまって一つ形を作った。

 立ち上がって俺もカウンターへ向かう。


「決まったの?」

「うーん、やっぱ思い付きが一番なのか?」

「やはりなんとなく好き、っていう絶妙な感情が結局のところ一番大事な部分なんですよ」

「そんなもんか?」

「そんなもんだぜ!」


 思いついた文字を紙に書くとそれを皆に見せて言った。


「白く咲くで『しらさき』。なんの捻りもなくシンプルに『白咲』だ」

「「おぉ」」


 何人かが感嘆の言葉を発する。

 正直言って俺自身の個性を全く入れていないシンプルな名前が今決定した。

 快離がうきうきとした様子でこちらに擦り寄ってきた。楽しそうだ。


「かっこいい名前だね!」

「そうか?」

「うん、直訳したら『ホワイトブルーム』じゃん!」

「は?」

「おぉ、いいですね『ホワイトブルーム』!」

「確かにいい名前だな『ホワイトブルーム』」

「え、待って、そこ弄るのおかしくない?勇なんか『エイトゴット』だぜ?」

「でも和颯は『ホワイトブルーム!!』って技っぽいしかっこよくない!?」

「かっこよくなんか無いから」


 こうして、早くも改名をしたくなった名前が確定した。



正義感の強いリーダー、八神 勇

疲れ知らずなムードメーカー、喜城 快離

いつも冷静な多重人格者、時雨 葛楽

影が薄い陰気なホワイトブルーム、白咲 和颯


 この4人で再度旅が始まることとなった。

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