第七話

 血の付いた女性と祖俺を取り囲むように立っている女性が複数。4人か。焦った様子で一人の女性を蹴っている。集中的に、腹に。

 そして5人の女性が一斉にこちらを向く。血の付いた女性は涙を増やしながらもうれしそうな顔を、周りの女性は額に汗を浮かべた。

 血の付いた女性を少し見つめてしまう。短い髪に華奢な身体。スカートのせいで腰の位置がよく分からないが身長は高そうだ。

 足から流れる血の紅は肌の色を妨げていた。ただ影で本来の色を認識できない。

 俺は真っ先に女性を蹴っていた人の方へ行き、


「うっ……!?」

「はっ?」


 思いっきり腹を殴った。

 周りの女性が一斉にたじろぐ。涙を浮かべた女性も若干眉間のしわを寄せた。

 隙をつくらずもう一度腹を殴る。次はみぞおちに。女の苦しそうな声が漏れる。まるで俺が悪役のようだ。虫唾が走る。

 尻もちをついた女性に唾をかけた。涙を浮かべ始めた女性は頬に唾をつたらせていた。唾を口の中で貯め飲み込む。虫唾の痺れる味がしなくなった。

 顔を上げ3人の女性を睨みつける。3人が一斉に身を引いた。どうやら俺を警戒しているようだ。


「な……なにを……」

「なんだ?はっきり喋れ」

「……」


 口をパクパクと鯉のように動かしているが俺の耳には子音しか聞こえない。恐怖で声が出ないのだろうか?人を殴っておいて殴られたらこの様。実に滑稽だ。

 こういう奴らは話し合いでは通じない。正直なところ俺も話し合いをするのは面倒臭くてやりたくない。だが言い分も聞いてやりたいところだ。

 俺は今にも吐きそうにしている青い肌の女性に跨る。よく見ると震えているようだ。話してくれるだろうか?その女性の胸倉を掴む。


「は……はな……」

「なんだ?聞こえないって言ってるの分からないか?」

「は、い……」



 とうとう泣き出してしまった。が声は出ていない。というか口を閉じている。奥歯を強く噛んでいるのだろうか?

 弱弱しく光のない涙を浮かべた目は言葉を失ってこちらの目をじっと見ていた。


「その人から離れてください」

「……?」


 はっきりとした勇ましい声が聞こえ振り向く。

 いつの間にか立ち上がっていたスカートの女性はこちらを見下ろしじっと睨んでいた。この状況、まさに俺が悪人だ。

 俺は女性の指示に従って立ち上がる。そして不愛想ながらも満身創痍の女性から離れてやった。

 スカートの女性は俺から目を離すと次に4人の女に目線を向けた。その目はやはり鋭い。


「出て行ってください」

「……っ?」

「この場所から出て行けと言っているのです!」

「は……っ!」


 女たちは震える足を無理やり動かして走っていった。今にも死にそうな女性も立ち上がり唾を服で拭いながら反対の手でお腹を擦り走っていった。

 女性4人が細い通路を走っていく。その背中は虎から逃げる鹿のよう。言葉の通り死に物狂いだ。この様子から察するにやはりこちらが正義だろうか?


「助けてくださりありがとうございます」

「ん?あぁ、そりゃどうも」


 スカートの女性は尻に付いた砂を払いながらそういった。まるでさっきの涙が嘘のようだ。というか嘘なのだろうか?

 今の彼女からは見た目ほどの活気さを感じない。むしろおとなしそうだ。目に光がない。頬を伝う雫も建物の影に隠れ光を感じさせていない。


「ありがたいのですが……助けるべきなのはこちらではないですね……」

「というと?」


 無表情で話し出した女性は感情のない顔を浮かべながらまっすぐこちらを向いていた。

 体はぶれるそぶりがない。まるで機械のようだ。目線を奪われ涙の存在を忘れる。


「あの人たちが私を殴っていたのは、私があの人たちを殴ったのです」

「殴るのは悪いことか?」

「もとはというと、ここでタバコをポイ捨てにしていた彼女達を注意したのですがなかなか聞いてくれなくてですね……」

「だから殴ったのか、なんだつまらんもめごとだな」


 目線を外して地面を見渡す。そこには血が馴染み、タバコが煉瓦のタイルの隙間にはまっていた。

 長いものが数本落ちてある。が、それらのタバコに火を感じることはできなかった。

 よくよく集中してみるとタバコのいい匂いがする。どうやら彼女の服に付いてしまったようだ。長時間話したのだなと察する。


「だが、お前が被害者面する必要性はあったのか?」

「……よく気づきましたね」

「気づくも何もお前始めと今では性格がまるっきり違うじゃないか」

「これはただ誰かが助けに来て彼女たちを懲らしめてくれるかなと期待してただけです」

「良かったな。俺が来て」

「想定外でした。まさか女性に殴りかかるとは……」


 そういうと彼女は俺の足元まで目線を下げた。

 何か癪に障るようなことでもしただろうか、話の呑み込みが追い付かずどちらに正義があるのか分からなくなっている。


「もし貴方様は相手が男性であっても、殴っていましたか?」

「そうだろうな、男性でも女性でも魔物でも獣でも殴ってただろうな」

「どうして?そんな勇気が普通の人にはありません」

「だってああいうのって話し合いで解決しようと試みた瞬間に殴られる奴だろ?」

「よくある展開ですね」

「しかもこういうやつは話し合ったところで反省しない。」


 ずっと俺の目を見続けている。空気が張っている。

 理解して聞いているのだろう。顔が一切動いていない。それどころか姿勢も綺麗なまま動いていない。

 先まで見せていた儚く弱弱しい姿はどこへ消えたのだろうか。俺は話を続けた。


「反省?確かに最近の人はしないですね」

「こういうやつにはトラウマを植え付けないと反省しない」

「トラウマ……」

「ま、俺はただ思いついたことをしただけだが」


 そういうと俺はため息をついて頭を掻いた。

 目線を地面へと落とす。なんだか疲れてしまった。


「ネロです」

「ん?」

「私、名前をネロと言います。亜人です」


 そういうとこっちの目を見つめていた彼女は、ネロは左手の腕を捲った。建物の影でよく見えないがその腕には何もない。何もないことが理解できた。

 再度こっちを見ると無表情のまま、また話し始めた。なんだかスカートが似合わないと思う。


「なんだ?いきなり自己紹介されても……名を名乗るほどのものじゃない」

「一目ぼれでしょうか、あ、顔ではありません。性格にです」

「?」

「どうやら縁があるようです。私たちには」


 そういうと彼女はスカートのポケットからハンカチと絆創膏を取り出すと膝の傷に唾を吐いた。そして叩くようにハンカチでその唾を拭う。

 常備しているのだろうか。絆創膏を貼ると痛さがマシになったのか血を乱雑にハンカチで拭い素早く立ち上がった。

 そして周りをきょろきょろと見渡すと女性たちが逃げて行った方へ歩きながらやはり無表情で話し始めた。


「春の季節に影ができ煉瓦の向きから察するにここは東側の方ですね。この先を進み左に道があればそっちへ直進。そうすれば国の真ん中に行けます。」

「そうか、ありがとう」

「いえ、和颯さんのしたことに比べれば大したことではないです」

「……ん?名前、知ってるのか」

「当然じゃないですか、貴方様達のような変わった人、忘れられないですよ」

「お前も十分変わってるぞ」

「それではまた」


 そういうと彼女は動きを止めることなくただ歩いて行った。いきなり話し始めいきなり話し終える。なんてマイペースなのだろうか。

 一方向に照らす光は北に進む彼女の背中を大きく見せた。表情なんて顔を見なければ分からないはずだが、やはり無表情でいた。

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