第一章 選別
「旅、しようぜ!」
「は?」
無駄に正義感の強い橙の髪をするリーダー。こいつの言った言葉に思わず声が出た。
俺等7人はこの言葉を聞くために集まっていたというのか。
この8人が集まることなど滅多にない。重大なことが起きたのだろうと期待して待っていたが私的な理由だと知った今、こいつを一度殴らないまでは気が済まない。
確かに「旅」に気になりはするが正直今の状態でも面倒な世界なのにこいつは何をしようとしているのか、気が気でならない。
「旅って旅行とかの?」
少しストレスを貯めた俺とは違い純粋に質問を投げかけた金の髪の彼女は机に身を乗り出して興味津々なのが分かるほど目に輝きを含ませていた。
「そう、時には仲間と助け合って! 時には喧嘩をする! 夢と希望ばかりのあの旅!」
「おぉ!楽しそうじゃん!」
「ちょ、ちょっと待ってください、いきなり旅って何ですか!」
いろんな場所から茶々が入る。
その中でも茶髪を揺らして焦った様子で勢いよく立ち上がった者がいた。
「旅は旅だけど? トリップ」
「そういうことじゃないです!」
「なんで旅するか教えろってことだろ」
「あー、なるほど」
というか本当にこれが伝えたいがために集めたのだろうか。冷静になり考えると謎だ。
そもそもリーダーに君臨する程度の奴が何も考えずに「旅したい」なんて言い出さないだろう。さすがにそこまでの論外でないと思いたいが。
「これは旅とは関係ないが大切な質問だ。俺ら8人の共通点、お前らにはわかるよな?」
「頭がいい!」
「はーい!感情がないこと!」
淡い桃色の髪がぴょこぴょこ跳ねる。
声を遮られて不服そうな彼女を無視して話は進んだ。
「そう! 俺らは皆それぞれ、一つ感情を失っている」
「感情と旅がどう関係してるのですか?」
「どうせ感情を取り戻すためとか言い出すんでしょ? 白々しいね」
「それ、いかにもリーダーっぽい言い訳ですね」
緑の髪が横に揺れると同時に青の髪の少年がそちらを向いた。
冷静なアンサーに何人かが小さく笑った。
「馬鹿馬鹿しくなんてない、感情がどれだけ大事かわかってるか?」
「とかいいながら遊びたがってるでしょ」
「な、お前っ」
白の髪はピクリとも動かなかった。
そんな物静かな対処に各々が野次を飛ばす。
本当に「旅したい」が理由で7人を集めたと思うと本当に論外なのかと不安になってきた。
「ストップ! ストップ! 確かに半分は遊び目的だけど」
「殴っていいか?」
「感情を取り戻すなんてこれ以上にいいことなんてないだろ?」
「確かに感情は大切」
「けどこれまでにいろいろと試したでしょ?」
本当に「旅したい」が理由で集めた宣言をした。とにかく今はこの自称リーダーを殴りたい。
だがこいつの言い訳は割と核心を突いていた。
俺らは感情を失っている。無くて困ったことはないがもちろんあるに越したことはない。
いろいろ試したというのも本当だが、こいつの言うとおり感情を取り戻せるならこれ以上の利益はないだろう。
「もう、一度代償を払ってしまえば取り戻すことはできないと考えるのが妥当では?」
「感情無くても楽しいよ!」
だが反論する者もいた。感情がなくても何も不便を生まない人は俺以外にもいる。考えも同じようでこのままでいいと思うらしい。
そもそもこんなに感情の有無について考えるべきなのか。
「旅する本当の目的って何?」
「え、皆で旅したら楽しそうだなーって、ついでに感情を取り戻せたら都合がいいなと」
「お前それ本気で言ってたのか」
「帰ります」
「お疲れ様ー」
改めて聞いてよかった。数人はため息をつき、数人は目を輝かせた。
遊ぶために旅をするなんてわざわざ集めてまで言うことだったのか。しかもそんなどうでもいい理由で集められたのに目を輝かせている奴らは善人なんだなと考える。
「ちょ、ちょと待って! 時には普段の生活に花を咲かせてもいいだろ!」
「お前のその謎の感性に賛同はするが、そもそも旅なんて面倒すぎるでしょ」
俺はそういうとメンバーの中で仲のいい青髪の少年と緑髪の青年の二人に目線を送った。
「全くですね」
「ほんとそうだね」
「お前らはただ面倒なだけだろ!? そんなエゴ理解できないからな?」
「と言っても実際得を生むかなんて別じゃないの?」
「ほんとそうですよね、たびとか言いながら時間無駄にするだけじゃないですか?」
「そ、そんなことは……」
まるで論破されている。とはいえ旅に得がないわけではないだろう。
不意にこっちを見た自称リーダーに、わざとらしく首を傾けてやった。
「な、ならあんた等はどうよ! 3,4人来てくれればそれでいいから」
自称リーダーが焦った様子で白髪の彼女と桃色髪の少女に話を振っていた。
必死に頭を下げる姿は滑稽だ。ましてやその動作主がリーダーだということが滑稽さを引き立てていた。
「ねぇ、どうする?」
「わたしは……どっちでも」
「ならいかない!」
「えぇ!? 噓でしょ!?」
「だって一緒にしろでいたいもん!」
そういうと桃色髪の少女が飛びついた。白髪が体制を制御しようと激しく揺れる。勢いが強かったせいで桃色の髪がくしゃくしゃになっていた。
髪や仲の相性の良さと、背丈や感性の違いがなぜか良く見える。改めてみると仲がいいなと微笑ましく思う。
だがあっさりと誘いを断っている姿を見るに辛辣なのは変わりなさそうだ。
そんな幸せ空間とは違い汗を流している不審人物はまだ旅の仲間を探している。
「お、お前らはくるか?」
「あたしは行きたい!」
「まぁ、私も付いて行きますよ」
「え、まじで!? ほんとに!?」
必死に頭を下げた甲斐があったのか、初めから行く気だったのかは知らないがとにかく旅メンバーが橙、金、茶と明るくなっていた。
「だって楽しそうじゃん! ね!」
「楽しそうなのは別として貴方達が何か事件でも起こさないか心配になっただけですよ」
「そんなこと言ってー、ほんとはリーダーのことが好きだからとかじゃないの?」
「その言葉そっくりそのまま返しますよ」
「ざんねん、あたしはまた別にいるから!」
楽しそうに会話しているのを見るに仲がいいのだろうと思えた。
が、こういう仲について深く考えてしまう自分が友情関係に乏しいと思えてしまい首を軽く振って考えをかき消した。
「とにかく! あと一人誰か来てくれないか?」
「自然と俺たちの誰かが行かなきゃ話が進まない状況になったな……」
「え、あの仲いい二人も候補じゃないの?」
「どうせ二人一緒じゃだめだと思うよ」
そういうと、青髪の少年は二人の方を覗くように見た。
白髪と桃髪、見ていると桃髪の少女の方が一方的に話しているようにも見えるがそれがいいのだろう。
「で、どうするの」
「どうするのって、日本人の3人が行くって言ってんだから君が行けば済む話でしょう」
「ほんとですね、ならここは日本人水入らずということで」
「いやいや関係ないでしょ」
振り返ると橙、金、茶と明るい色をした髪の日本人がちょうど集まって楽しそうに会話している。
性格までもが明るいなと思う。あんなに明るい中に俺みたいな黒が混ざっていいのか不安になる。
というかそもそもこの中で一番旅なんてしたくないだろう俺がなぜ行く流れになっているのか。
「俺は本当に行きたくないよ」
「それはみんな一緒、自分だけだと思わないで?」
「ならじゃんけんでもしませんか?」
「は?」
「なるほど……そうだね、それが一番の解決策だな」
二人が拳を突き出した。
「じゃんけんならイカサマなんてできない、本当の運勝負」
「そうですね、ここは男の対決です!じゃんけん!」
「おい、ちょっと待て!」
いきなりのことに頭が追い付かず、二人の勢いに流されてしまい適当に手出してしまった。
この日から、
橙の髪、正義感の強いリーダー、勇
金の髪、疲れ知らずなムードメーカー、快離
茶の髪、いつも冷静な多重人格者、葛楽
と共に、
影が薄い陰気なこの俺、和颯が旅をすることになった。
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