第17話繁木会の決断

繁木会の決断


 ー 繁木会事務所ー


 繁木会は,木の葉会と敵対関係にあるのだが,表面上は友好関係を築いている振りをしている。繁木会の会長,シゲキは,今回の依頼をどうするか躊躇っていた。


 繁木会の番頭であるキムラは穏健派であって強行派ではない。


 番頭「会長,やはり,木の葉会とは友好関係を維持すべきだと思います。テレビで千雪を見ましたが,透視能力の真偽はともかく,何か得体の知れないパワーを感じました。ヒトをヒトと思わない冷たい目をしていました。あれは,もはや人間の目ではありません。怨霊,悪魔,魔女の類いかもしれません。触らぬ神にたたりなしです。ここは,静観すべきでしょう」


 会長「番頭もそう思うか。わしもそう思う。友好,平和は,我が繁木会の基本的な姿勢だからな」


 この事務所には,仕事の依頼主から送られた助っ人がひとりいた。名を金竜という。金竜は,自分の主人の命令を着実に実行するように言いつけられている。会長と番頭の会話を聞いて,主人の意向に反する内容なので,文句を言うことにした。


 金竜「会長,今さら,ハルトや千雪に手を出さないとは,何事ですか!すでに手付金2億円を受け取ったのでしょう?武器弾薬もSARTの倉庫からも盗んで,組員に武器の扱い方も覚えさせたのでしょう?なんで明後日の襲撃を中止するのですか!!」


 会長「まあ,なんだ,,,その,,,うん,番頭,お前が答えろ」

 番頭「はい,わかりました。え,まず,昨日の番組でわかったことは,千雪の容貌とスタイルです。このことから,毎朝,散歩する女性は,千雪でないことが判明しました。もし,ハルトと千雪似の女性を襲撃すると,本物の千雪から反撃を受けることになります。呪詛で500人以上も殺す相手です。反撃を受けると,われわれが対抗する手段はないように思います」


 金竜「つまり,あれですか?昨晩のテレビ放送で,本物の千雪を見て怖くなったのですか?」

 

 番頭「そう受け取ってもらって結構だ」


 金竜「なるほど,,,詳しく言えませんが,千雪を倒す計画があります。その計画は,想像を絶する威力を持っています。千雪が家から一歩も出ない限り,千雪は死亡するでしょう。千雪の報復を恐れる必要はありません。それと,殺す相手は,ハルトのみでいいです。千雪似の女性は,活かしておいてかまいません」

 

 番頭「会長,どうしますか?」

 会長「やはり,辞めよう。友好,平和の精神で行こう。いくら千雪がいなくなったとしても,その仲間だっているだろうしな。敵をつくるのはやめよう」

 番頭「わかりました」


 番頭は,金竜に向かってきっぱりと言い放った。


 番頭「繁木会は,千雪の仲間への襲撃には,今後,いっさい手を貸さないことにします」


 金竜「繁木会が腰抜けだとは思わなかった。わかった。もういい」


 金竜は,ソファから立ち上がって部屋からの去り際に捨て台詞を吐いた。


 金竜「そうそう,いい忘れたが,お前達の決断はもう遅い。繁木会がハルトを襲うという事実は既成事実になる。ふふふ」


 金竜は,そう言い残して去った。


 番頭「会長,今の言葉,どう受け取ればいいのでしょう?」

 会長「その通りの意味だろう。明後日,ハルトを襲う時,犯人の手がかりを残しておく,という意味だろうな。繁木会が襲撃したようにみせかけるためだ」

 

 番頭「今のうちに,何か手を打つ必要がありますね。明日中に,千雪側に繁木会はいっさい襲撃に関与しないということを明言したほうがいいのではにでしょうか?」

 会長「だが,信じてもらえるかどうか,,,誰を使者に出すかも問題だ」

 番頭「そうですね,,,会長の一番大事な人物を使者に出すのがいいのではないでしょうか?」

 会長「そうなると,ひとリ娘になる。今18歳だ」


 番頭「それは,さすがにまずいのではないでしょうか?千雪側の男連中に手込めにされるかもしれません」


 会長「・・・,でも,それくらいしないと信じてもらえそうもないな。襲撃事件が発生するまで,人質として預かってもらうことで,信じてもらえないだろうか?」


 番頭「では,ハルトに連絡をつけます。少々,お待ちください」


 番頭は,ハルトと電話連絡をとって,30分ほどやりとりをした後,電話を切って会長に報告した。


 番頭「千雪は,今,男性化しているので,間違いなくお嬢さんは手込めにされるだろうとのことです。それを受け入れられるならが,ハルトは協力することに了解しました。もし,OKなら,明日,女性陣が温泉旅行に行くので,まず,それに合流してほしいとのことです。その後,何があっても驚かないでほしいとのことです」


 会長「なんと,,,男性化,,,よくわからんが,完全に娘を手放すことになるのは間違いないようだな」

 番頭「はい,そのように思います」


 会長「了解した。よし,娘を人質に出す!!」


 番頭「わかりました。お嬢様の説得をよろしくお願いします」


 ー 会長シゲキの自宅 ー


 会長シゲキは,普段は家族と過ごしていない。会長に就任してから,家族への『迷惑』を考えて,別居生活をしている。だが,今日は違った。会長は,妻とひとり娘の住んでいるセキュリティの完備したマンションに来ていた。シゲキは,大事な家族会議があるからと,事前に連絡していた。娘の名は葵といった。18歳。高校を卒業して,服飾デザイナーの専門学校に行っている。もっとも,あまりやる気は無いようで,最近は休みがちだ。


 会長「葵,急で悪いが,明日,温泉旅行に行ってほしい」

 葵「え?温泉旅行?どこの温泉?」

 会長「それが,びっくり旅行らしい。行ってからのお楽しみだそうだ」

 葵「わかりましたーー」


 なんとも,安穏な娘だった。人を疑うということを全く知らない娘だった。会長は,我が娘ながら少し情けなくなってきた。千雪のもとで過ごして,少し世間の荒波に揉まれるほうがいいとまで思った。もっとも,千雪に手込めにされてしまうのは,できれば避けたかった。でも,今の状況では,組員の安全を守る意味でも,葵の犠牲はやむを得なかった。


 会長「そうか。では,旅行にいった後は,ハルトという人か千雪という女性に従いなさい。もし,連絡が取れない場合は,温泉で仲良くなった友人の指示に従いなさい」


 その言葉の意味をよく理解できなかったが,葵は,父親の言葉を疑うことはしなかった。


 葵「はい,お父様」


 これでは,家族会議の呈をなしていないと会長は思った。葵は疑問という言葉を持っていないようだった。


 葵の母親も実は似たようなものだ。美貌,胸の大きさ,その体の魅力だけで,この世の中を渡ってきたような女性だ。金持ちのパトロンの愛人になるということしか考えていなかった。そのため,身持ちだけは堅く,彼女が自分の処女を捧げたのが会長だったというだけのことだ。


 娘がこのような天真爛漫でまったく人を疑うことを知らないで育ったことが,本人にとって幸せなのか不幸なのか,会長にはよくわからない。


 会長「そうか,これが住所だ。明日の朝9時に,この場所に集合だ。美月という女性が温泉旅行の案内役だから彼女の指示に従いなさい」

 

 葵「はい,お父様」


 我が娘ながら情けなくなった会長ではあったが,夕食を久しぶりに一緒にとってから,このマンションを後にして,一人住まいの自宅に戻った。


ーーー

 とうとう,ウルトラ・ハイパー・ビーム砲が発射される日が来た。カロックは,このことを千雪に言うべきかどうか,悩んだ。この千雪邸が破壊されてしまうと,その賠償金をふんだんに取れるから,何も言わないほうがいいかとも思った。


 でも,まあ,千雪の部下というのような位置づけなので,結局は,言わないわけにはいかなかった。


 この日も,サルベラが口をすっぱく言って,ようやく千雪を2階からリビングルームにひっぱり出した。


 千雪「カロック,何なの?大事な話があるって?」

 カロック「実は,今日の10時5分から15分間の間,上空の麦国人工衛星からビーム砲が発射される。目標はこの家だ。目的は,千雪の抹殺だ。アカリたちは9時に温泉旅行にいって,この家を留守にする」

 千雪「へー,よくわかったわね。アカリの情報網?」

 アカリ「そうです。この情報は,その後,なんども確認をとりましたが,間違いありません。大統領はビーム砲照射のGOサインを出したとのことです」


 その後,アカリからビーム砲の出力など,詳しい情報を聞いた。


 千雪「S級の100倍から500倍って感じかしら?」

 カロック「私もそんな感じがする。最大でも,1000倍までだろうな」

 千雪「無理すれば,この家を防御することはできそうね,,,カロック,案を出しなさい」

 カロック「防御しようが,この家の一部分は破壊されてしまう。ならば,この家を捨てればいいだけだ,どうせ,千雪は亜空間に引きこもるのだろう?あまり影響はないだろう」


 千雪「この家を捨てるのか,,,」

 アカリ「大統領側は,万一,千雪様討伐に失敗した場合でも,千雪様をなだめることができる案を持っているらしいわよ。だから,大胆な行動に出るみたい」


 千雪「そっか,じゃあ,無理はやめようか。アカリ,この家がなくなったら,あなたの屋敷を一時的に貸してくれる?」

 アカリ「大丈夫よ。すでに了解を得ているから」


 メーララ「アカリの屋敷に行かなくても,教団の本部として,マンション1棟をまるまる借りることにしたわ。そこで,本格的に布教と商売を始める予定よ。半年もすれば,新しい建物が完成するから,それまでの一時的な仮住まいになってしまうけどね」


 千雪「じゃあ,メーララが借りたマンションに行きましょうか。アカリ,その人工衛星を2週間以内に爆破したいわ。その軌道を詳しく調べてちょうだい。それと,大統領をゆするいいほうも考えてちょういだい」


 アカリ「了解」


 サルベラ「千雪,やけにやる気が出たじゃない」

 千雪「ふふふ,金儲けのチャンスだからね」

 

 ハルト「千雪様,ビーム砲とは別件ですが,今日散歩すると,襲撃を受けることが判明しました。繁木会とは関係ないそうです。その証拠に繁木会の会長の娘が人質として,こちらに送られることになりました。私の勝手な判断で温泉旅行に一緒に行ってもらうようにアレンジしました」

 千雪「それはそれでいいわよ。でも,襲撃を受けて大丈夫なの?」

 ハルト「どうも,用心棒も襲ってくるそうです。金竜といいます。その強さは不明らしいのですが,私同様,人間離れした人物らしいです」


 千雪「ビーム砲は,どうでもいいわね。この家を捨てればいいだけだから。でも,私が家から出たらバレてしまうし,,,まあ,しょうがないか,,,カロック,サルベラ,こっそりと,ハルトと千幸の安全を確保しなさい。でも,戦って勝てないと判明したら撤退して。無理はいけないわ。メーララ,あなたもカロックたちと一緒に行動してちょうだい。千幸はともかく,ハルトを死なせちゃだめよ。せっかく,ここまで強くしてきたんだから」


 メーララ「わかったわ。心臓が動いていれば大丈夫よ。任せておいて」


 千雪「この世界にも,魔界の影響力がかなりあるわね。安穏としてハーレムを創る状況じゃなくなってきた感じがするわ」


 かくして,少し真面目になった千雪の指揮のもと,作戦は実行された。


 ーーーー

 繁木会の会長の娘が予定通り9時に来て,アカリたちと一緒にマイクロバスに乗って温泉旅行に出発した。メンバーが,美月,美桜,美沙,アカリ,そして葵の5名だ。人数的にわいわい騒ぐにはちょうどいい感じだ。だが,アカリは,移動中も千雪からの指示を執事に伝えて,至急対応をお願いていした。アカリ自身は,自分で考えることはしなかった。あまりにも解決すべき問題が突拍子もなくて,アカリの思考レベルを超えてしまっていた。


 カロックたち魔法士は転移で朝日公園を一望できる高台に来ていた。ここは,樹木が多いので,気づかれる可能性の低い場所だ。


 千雪は,茜の本体を亜空間に収納したあと,室内の主要な家具類を亜空間に収納していった。そんなことをしていると,室内の照明からカーテンまで,家の中にあるものすべてを収納することになってしまった。


 家の中の整理が済んだ後,千雪は亜空間に引きこもった。



ー 朝日公園 ー


 ハルトはベンチに座った。10メートルほど離れて千幸がブラブラとその辺を歩いていた。もっとも,千幸は,高度の防御結界を張っていた。その結界はもちろん肉眼では見ることができなかった。


 ヒューー,ボーーン,ドーーン,ボーーン,ーー


 旭日公園に轟音が鳴り響いた。この攻撃はロケット弾の集中攻撃だった。


 高台で見ていたカロック,サルベラ,メーララは,初めて,この国の火力の威力を目の当たりにした。


 カロック「おお,なかなかすごいな。あれは,S級レベルの10倍ほどの爆裂弾に相当するな」

 サルベラ「そうね。でもSS級魔法士なら,余裕で防御できるわ。千幸の結界でもまったく問題ないわ」

 メーララ「でも,それなりにこの国の戦力ってすごいわね。もし,小型原子爆弾が投下されたら,もう,私たちのレベルでは,防御できないわよ」

 カロック「その可能性は,あまり考えなくていいらしい。周囲への環境破壊,その他への影響が甚大らしいそうだ」

 メーララ「そうなの?でも,その脅威がある以上,魔界の場合と同じく,この国のトップと和解交渉して,安全保障の約束を取り付ける必要がありそうね」

 カロック「そうなるだろうな。お?ハルトは無傷だぞ?ふふふ,さすがだな。やはり,あれくらいでは,まったく問題なかったか」


 ガガッガガ,ダダダッダ,ガガガッガガーー


 長距離機関銃の総攻撃が始まった。狙いはハルトだ。その全弾がハルトに命中した。だが,命中したのは,ハルトの体ではなく1メートル手前に構築された霊力の防御層だった。


 ここで,襲撃は終わった。


 SARTで盗まれた弾薬・火力はすべて消費してしまった。双眼鏡でその状況を観察していた繁木会をに扮した人物は,狙撃隊に撤退命令を出した。


 「よし,ハルト襲撃はこれで中止とする。繁木会の身分証とバッチ,兵器をその場所放置して撤収せよ」


 「ラジャー!」

 「ラジャー!」


 その正確な射撃の腕とスムーズな行動は,付け刃で武器の操作を覚えた連中の所作ではなかった。


 彼らにとって,ハルトの殺害に失敗しよういがしまいがどうでもよかった。ハルト襲撃の罪を繁木会になすりつけることが大事だ。千雪の注意を繁木会に向けさせるのが狙いだ。


 この時,もうひとつの轟音が鳴った。


ドドーーーン。シューーーーーーーーーーン,シューーーーーーーーーーン,シューーーーーーーーーーン,


 麦国の人工衛星に備え付けられたウルトラ・ハイパー・ビーム砲がピンポイントで,千春の家を襲った。


 そのパワーは,強烈で,初回の『ドドーーーン』という音で,千雪の家を一瞬にして灰燼に帰してしまった。


 そのシーンを,カロックもサルベラもメーララも,そして千雪もしっかりと見ていた。


 カロック「すごいな,あのビーム砲は,,,私の予想を超える火力だ。S級5000倍,いや,もしかして,10000倍に達するかもしれん」

 サルベラ「この国の科学力は半端ないわね。でも,これで,千雪も本気になるでしょう」

 カロック「ああ,まったくだ。これはこれでよかったのかもしれん。問題は,これからだ。見ろ!あれを。用心棒が来たようだ。たぶん,金竜だろう」


 メーララは,金竜を診た。そのオーラを観察した。


 メーララ「なるほどね。あの金竜は,人間ではないわよ。千幸のゴーレム体とも違うみたい。魔物のようなオーラをしているわ。強いて言えば,レインボードラゴンの達吉のオーラに似ているわね。魔界出身なのは間違いないわ。誰かがこの世界に持ち込んだのよ」


 カロック「魔物?人間の体をしているぞ?」


 メーララ「変身能力でしょうね。かなり魔力を与えられているわね。ロケット弾や機関銃攻撃を凌いだハルトでも,もしかしたら,分が悪いかも知れないわね。死ななければいいんだけど,,,」


 サルベラ「私の感だけど,ハルトを殺すことまではしないと思う。もし,相手が魔界出身だったらね」


 カロック「ということは?」


 サルベラ「私たちの情報をすでに手に入れているということよ。千雪や私たちを本気で怒らすことはしないと思う」


 メーララ「ということは,あの魔物に指示を出している主人の目的は,別にあるってこと?」

 

 サルベラ「たぶんね。何か,大統領と裏取引をしているはずよ」



 ー 朝日公園 ー

 ハルトは,ロケット弾を完璧に防御できた。というのも,ハルトは,すでに20倍速までの加速ができた。目視能力も20倍速で認識できるので,ロケット弾が自分の体に衝突する前に,霊力の腕を防御壁に変えて,ロケット弾を迎えた。ロケット弾は10連発だった。だが,ハルトの霊力による防御層は,その10連発のロケット弾にも耐えた。


 ハルトの霊力の総量は,実は半端ないレベルに達していた。一層の防御能力は,さほど高くなく,一発のロケット弾で破壊されたのだが,瞬時に霊力の腕を再生して,次のロケット弾を防ぐということを10回も連続したのだ。


 長距離機関銃攻撃も同様だった。破壊された霊力の腕を破壊と同時に再生していって,何百発という機関銃の攻撃を防御していったのだ。


 これだけの霊力を消費しても,まだまだ霊力に余裕があった。これも,ハルトが毎日千雪の母乳を飲んできたことによる成果だ。



 パチパチパチ!


 金竜は拍手した。この状況を見て,金竜はハルトに拍手を送った。


 金竜「ほほう,ハルトさん。さすがですね。千雪の新しい弟子のレベルは,魔界の弟子たちにもひけをとらないようですね。うん。素晴らしい,素晴らしい」


 ハルトは,金竜を見た。


 ハルト「あなたは,金竜か?用心棒の?」


 金竜「そうだ。よく知っているな。そうか,会長か番頭が情報を漏らしたのだな?まあいい。ハルト,お前は,相当に加速が使えるようだな。では,私の攻撃を受けてみよ。まずは,10倍速!!」


 シュー!シュー!シュー!シュー!


 金竜は,10倍速で,掌打,回し蹴りを繰り出した。ハルトは,10倍速の攻撃をことごとく防いだ。ハルトは,真面目に48式を繰り返してきたので,ハルトの動きは,武術の達人のような軽やかな動きをした。


 金竜「ハルト,見事だ。よくぞ躱した。では,20倍速でいく」


 ピュー!ピュー!ピュー!ピュー!


 金竜は,今度は20倍速でハルトに攻撃した。ハルトは,金竜の20倍速の攻撃も,ぎりぎり防御することができた。ハルトは,自分が思っている以上に防御センスがあった。


 金竜「ハルト,まさか,20倍速をここまで見事に防御するとは思わなかった。でも,ハルトの頑張りもここまでかもしれん。自己最速の50倍速でいく」


 ピュー!ダーーン!


 50倍速は,ハルトにとっても未知の領域だった。金竜の掌打を躱しきれずに,まともに食らってしまって,数メートルほど飛ばされて地に倒れた。だが,ハルトの体表に施した霊力の層によって,その衝撃は緩和されていたので,ハルトへのダメージはさほど大きくはなかった。


 その後,ハルトは,ゆっくりと立ち上がった。というのも,50倍速の攻撃をもっと体感したかった。その感覚を掴むことができれば,たとえ,体の反応が追いついていなくても,予測防御して,疑似的に50倍速にも対応できるようになりたかったのだ。千雪の優秀な弟子として,役立つ存在になりたかった。


 金竜「なるほど,倒されても立ち上がるか,,,さすがは千雪が見込んだ弟子だな。だが,そんなから元気で物事は進まないよ」


 金竜は,ふたたび50倍速で,ハルトを攻撃した。


 ピュー! ピュー!ピュー! ピュー!

 ダーン!


 ハルトは,金竜の攻撃を3発防ぐことに成功した。だが,4発目の回し蹴りで防御が間に合わずに,吹き飛ばされた。


 その勢いが,強烈であったのと,着地の仕方の失敗で,ハルトは,意識を失ってしましった。


 金竜の視線は,意識を失ったハルトから千幸に移った。


 金竜「お嬢さん,あなたは,私と戦うのかな?それとも,私の奴隷となって,私に付いてくるのかな?」


 千幸「残念ですが,私はあなたの奴隷にはなりません。及ばずながら,戦いをしなくては成りません」

 金竜「お嬢さん,今の戦い,見ていなかったのか?か弱い体で私に勝つつもりかな?ふふふ」


 ボアーー!!


 千幸は,わざと,弱い火力で金竜を攻撃した。


 金竜は,その中級レベルにも満たない火炎攻撃を一振りして,なぎ倒した。


 「ふふふ,,,」

 金竜は,含み笑いをした。


 金竜「お嬢さん,初級魔法が使えるとは恐れていったね。でもね,その程度の魔法では,実践には何の役にもたたないんだよ。さっさと,私の奴隷になったほうが身のためだよ」



 ー 高台 ー


 高台では,特にハルトを心配する様子もなく,のんびりとした雰囲気でおしゃべりしていた。


 サルベラ「ハルトは,気絶しちゃったけど,大丈夫かな?」

 カロック「霊力で体を守っているから,大丈夫だと思う」

 サルベラ「そうならいいけど。でも,千幸は,魔法の実践経験ないけど大丈夫?あの金竜の加速では,対応できないと思うわよ」

 カロック「千幸には,シミュレーションで加速を使う敵に対して魔法戦略を教えたつもりだ。果たしてどこまで頑張れるかだな」

 サルベラ「なるほどね。では,カロックの弟子がどこまで頑張れるか,見ましょうか」

 メーララ「これは千雪の弟子とカロックの弟子が金竜にどこまで対抗できるかの模擬戦ってわけね?見物だわ」


 千幸は,毎日,カロックから魔法を教わっており,本来なら,何年もかかってレベルアップしていく必要がある。というのも,魔力に慣れていない生身の肉体では,すぐに肉体に負担がかかってしまうからだ。


 だが,千幸の体は,ゴーレムだ。その体内には,膨大な魔力が封じ込められている。茜の霊体が正確にイメージさえすれば,その思念が正確に魔法となって実現してしまう。


 カロックは,茜の霊体にそのイメージトレーニングを徹底して行っていた。そのイメージとは,すでに,SS級を超えるほどのものだ。


 

 ー 朝日公園 ー


 金竜は,久しぶりの肉体を得て性欲に燃えていた。だが,女性なら誰でもいいというわけではない。魔法が使える女性が条件だ。その意味では,千幸は,この月本国に来て初めて遭遇した魔法が使える女性だ。


 金竜「ふふふ,では,お前を気絶さえて連れ去ろうかな?」


 シューッ!!


 金竜がその場から消えた。いや,消えるように見えただけだ。50倍速もの加速によって,千幸のとこに超速で移動した。


 ダーーン!!


 金竜は,千幸をボディブローで倒すつもりだった。だが,千幸の半径5メートルの範囲内に侵入した時点で,重力場が発生し,自重が10倍になってしまって,ぶっ倒れてしまった。


 金竜「何?これは?まさか,重力魔法か?初級魔法しか使えないのは,わざとだったのか??」

 

 千幸「残念だったわね。加速使いとの魔法戦では,重力魔法は基本なんですのよ。それに,私,いくらでも魔力がありますの」


 千幸は,金竜の周囲にだけ範囲を特定して,さらに重力魔法を強化していった。


 千幸「加重15倍!!加重20倍!!」


 金竜「ううううーーー!!」


 だが,加重20倍でも,金竜は,時間をかけながらも立ち上がった。そして,千幸に向かっていった。


 金竜「ふふふ,やはり,お前を俺の奴隷にしてやる」


 ボォーー-!!


 金竜の周囲に魔力防御結界が出現した。その結界によって,重力魔法の効果は解消されてしまった。


 だが,金竜もこの状況では加速が使えない。やむなく,あまり得意でない魔法攻撃に切り替えた。金竜は,得意でないといっても,火炎魔法と防御魔法以外はほとんど使えないという意味だ。火炎魔法は,金竜の得意とするところだ。


 金竜は,いったん,千幸から距離を置いた。


 金竜「俺は,魔法が得意ではない。でも,火炎魔法は別だ。今から火炎魔法でお前を攻撃する。もし,防御魔法に自信がないなら,負けを認めろ!防御に失敗すれば死んでしまうぞ!それは,俺の望まない結果だ」

 

 千幸「心配してくれて,ありがとう。私は実践経験がまったくないの。あなたとの対戦が初めてだわ。火炎魔法については,私はイメージトレーニングを集中的にしてきたのよ。私から攻撃していいですか?私の火炎攻撃をすべて受けきったら,私の負けでいいです。あなたの願いをひとつだけ聞きましょう」


 金竜「その言葉うそではないな?」

 千幸「うそではないわ。宣誓契約してもいいわよ」

 

 金竜「わかった。その言葉を信じよう」


 千幸「私が勝ったら,1回だけ私の命令を実行してもらいます。いいですね?」

 金竜「主人のいる身だが,ここまできた以上,この勝負,負けるわけにはいかん」


 ボァーー-!!

 

 この時,転移魔法陣が出現した。一人の魔法士が出現した。金竜は彼を見て,片膝をついて,敬意を現した。彼は,彼の主人,北中領の領主ピアロビだった。この月本国では,α隊の顧問をしている。


 金竜「ご主人様,このようなところに来られては,御身が危険です」


 ピアロビ顧問「この戦い,隠蔽映像魔法陣で観戦していた。そろそろ潮時だと思って現れた次第だ。この戦い,しばらく中断しなさい。そこの女性の方も,それでいいですね?」


 千幸「はい,構いません」


 ピアロビ顧問は,高台で観戦しているカロック達に声をかけた。


 ピアロビ顧問「あなた方も,こちらに来てください。少々お話しませんか?」


 ピアロビ顧問から呼ばれたカロック達は,お互いの顔を見合わせて,ピアロビ顧問の言葉に従った。


 カロック達は,歩いて朝日公園まで移動した。それでも5分とかからない距離だった。


 サルベラは,ピアロビ顧問と面識があった。彼女は,彼に挨拶をした。


 サルベラ「ピアロビ領主,ご無沙汰しております。まさか,こんなところでお会いするとは思いませんでした」


 ピアロビ顧問「これはこれは,サルベラ長官。お元気でなによりです。やはり,千雪は,リスベルの死刑執行の時に,死んではいなかったのですね?」


 サルベラ「もう隠すこともないでしょう。ええ,そうです。あの死刑執行で死亡したのは,精霊の指輪で召喚した千雪に扮したゴーレムです」


 ピアロビ顧問「やはりそうでしたか,,,私は,しばらく魔界にいなかったので,千雪の脅威については,国王やカベール隊長たちから詳しく教えてもらいました。


 ですが,この月本国で,これほどまでに殺人事件を遠慮なく起こされてしまっては,大統領としても超法規的措置を取らざるを得えないと思います」


 カロック「へへへ,死んだやつらは,千雪を犯したから千雪に殺されたようですよ。千雪は正当防衛だって言ってますがね」


 ピアロビ顧問「まあ,襲った連中も悪いが,襲わせた千雪も悪いと思います。その点は,議論しても始まらないでしょう。


 でも,,,あなたがたが,落ち着いているということは,あの破壊した家には,千雪はすでに逃げたとみていいのですね?」


 サルベラ「ビーム砲の照射時間はすでにバレていましたから当然です」


 ピアロビ顧問「そうですか,,,すごい情報網ですね。すでに,情報戦で大統領側は負けていたのですね,,,」


 サルベラ「ところで,ピアロビ顧問,あなたの用心棒は,めちゃくちゃ強いですね。霊力使いのハルトを加速で凌駕してしまうなんて,驚きです。いったい,あの用心棒は,何なのですか?」

 

 この時になって,初めて気絶してるハルトのことを気にしだした。


 サルベラ「ハルトのこと,すっかり,忘れていたわ。メーララ,ハルトの回復,お願いね」

 メーララ「そうね。私もすっかり忘れていたわ」


 メーララはハルトのところに行って,回復魔法を彼にかけてあげた。しばらくしてハルトは,意識を取り戻した。ピアロビ顧問は,意識を取り戻したハルトの方を見て言った。


 ピアロビ顧問「私の用心棒は,魔法石のパワーによって強化したゴールデンドラゴンです。精霊の指輪によって召喚しました。加速が得意なドラゴン種です。でも,ハルトさんは,よく善戦しました。おまけに,ロケット弾や50口径の機関銃の弾まで防御できるなんて,ほんとびっくりです。よっぽど修練されたのですね?」


 サルベラ「千雪が特別に目をかけていましたからね。無様な格好を晒してしまうと,千雪に大目玉を食らうでしょう。でも,今日の対応は,ギリギリ及第点といったところでしょうか?」


 ピアロビ顧問「なるほど,そうでしたか。千雪の愛弟子という感じですね?」


 サルベラ「愛弟子?ふふふ,まあ,そんなかんじですかね?ところで,この場は,どのように収拾しますか?お互い,てひきにしましょうか?」


 ピアロビ顧問「個人的には,あの女性の魔力がどの程度か見たかったのですが,私の金竜が勝手に勝負を挑んでしまったので,この場に来たというわけです。今回の勝負は,総合的に見れば,千雪の勝ちという感じになるでしょうか?


 でも,金竜とハルトさん,そして,そこのお嬢様との戦いではどうでしょう?引き分けでしょうか?


 あ,そうそう,言い忘れましたが,私の金竜は繁木会に雇われました。ですから,今回の件は,私個人とはいっさい関係ありません。今回,私がここに来たのは,金竜が主人の私に無断でそのお嬢さんに勝負を挑んだことによる叱責のために来たまでです。状況をご理解ください」


 サルベラ「わかりました。千雪には,その旨,伝えておきましょう。ですが,金竜は,ハルトを倒し,あまつさえ千幸に卑猥な要求をしました。見過ごすことはできません。金竜には,ピアロビ領主から罰を与えてもらいたいと思います」


 ピアロビ顧問「そうですね。わかりました。今は,すぐにどのような罰を与えていいのかわかりませんので,後日,連絡させていただきます。それでよろしいでしょうか?」

 

 サルベラ「それでかまいません。ですが,あとで千雪は,大統領に慰謝料を請求することになりますが,ピアロビ領主にとっては,なにか不都合がございますか?」


 ピアロビ顧問「いいえ,まったく問題ございません。返って好都合です。いくらでも請求してください。もしかしたら,私は,大統領に頼まれて調停会議に出席するかもしれません。そのときは,どうぞお手柔らかにお願いします。尚,今後,私のことは,ピアロビ顧問と呼んでいただくと幸いです」


 サルベラ「了解しました,ピアロビ顧問。では,これで失礼します」


 ピアロビ顧問「あ,そうそう,サルベラ長官とのホットラインを創りたいのですが,電話番号を教えていただけますか?」

 

 サルベラは,ピアロビ顧問と電話番号の交換を行った。その後,両陣営は分かれて,この場から去った。


 ーーー

 ーーー

 サルベラたちがこれから行くところは,メーララが借りた1棟のマンションだ。かなり古い一戸建てマンションで,一階が2部屋,二階と三階が4部屋のマンションだ。メーララは,すでに,地域住民に対して占いによる病気診断を始めていて,人員整理要員のためアルバイトの女性2名を採用していた。ただし,今日は,不測の事態に備えて休日としていた。


 ハルトもサルベラたちの後をついてくるので,サルベラはハルトに文句を言った。


 サルベラ「ハルト,なんでお前はあんな金竜に負けてしまったの?千雪に申し訳ないと思わないの?」


 サルベラは,ハルトが予想以上に『強者』になっていたのに驚嘆していたのだが,さらに強くなってほしいので,あえて文句の言葉をかけた。千雪がいない場では,サルベラの言葉は絶対だ。


 ハルト「すいません。20倍速を達成したことで慢心してしまいました。まさか,50倍速ができるような強者がいようとは思いませんでした。でも,今日の戦いで,なんか少し感覚を掴んだような気がします。もう少し,戦えばさらにその感覚がつかめたかもしれません」


 サルベラ「まあいいわ。千雪の敵は,今後もあのような強者がごろごろでてくるわよ。これからも修行を怠ってはだめよ」


 ハルト「サルベラ様,ご安心ください。心得ております」


 サルベラたちは,メーララの借りてりるマンションに着いた。ハルトは,このマンションの場所を確認した後,サルベラに挨拶をしてまた山麓にも戻って修行を再開した。


 ハルトの真摯な態度を見て千幸も感化されたのか,カロックにお願いした。


 千幸「カロック様,千幸ももっと強くなりたいと思います。千雪様のお役に立ちたいと思います。金竜さんとあの後,魔法勝負していたら,私はたぶん負けていたと思います。このゴーレムの体で負けたらどうしようもないです。もっと,頑張らないと,,,」


 カロック「茜,気持ちだけ焦ってもいいことはない。お前には,自分の肉体と,このゴーレムの体がある。それを活かした戦い方があると思う。少しずつ実践を経験していけばいい」

 

 千幸「ですが,茜の本体は,千雪さまに捧げています。とても修行するような時間はありません」


 カロック「そうか,,,まず,霊体を2分割する必要があるな,,,」

 千幸「え?そんなこと,できるのですか?」

 カロック「わからん。メーララに聞いてみろ」


 千幸は,興味津々でメーララに聞いてみた。


 千幸「メーララさん,霊体を2分割ってできるのですか?」

 メーララ「できると思うけど,,,でも,そんなことしたら,自我が失われか廃人になるかもしれないわ。なにぶん,経験したことないからね」

 千幸「では,質問を変えます。茜が自分の本体を支配して,かつ,このゴーレムの体も自由に支配することは,可能ですか?」

 メーララ「うーーん,実験してみたいことはあるわね」

 千幸「それって,どうするの?」

 メーララ「茜がそのゴーレムの体を1ヶ月間,ズーと支配続けるのよ。その間,茜の体は,千雪にお願いして活動停止状態にしておきなさい。その後,私が強制的に霊体を抜き取るわ。もしかしたら,このゴーレムの体に茜の霊体の抜け殻が残るかもしれない。それが残ったら,茜は,この体を自由に支配できるようになるわ」


 千幸「はい,それでお願いします。ぜひ成功させてください」


 メーララ「失敗してもリスクはないから,試すだけ試す価値はありそうね」


 ーーー

 かくして,その実験は,以外にもスムーズに成功した。ゴーレムの体は,茜の霊体なして,茜の霊体の抜け殻によって,動かせることができるようになった。ただし,せいぜい,半年ほどの有効期間だった。

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