第15話リンリンの決心


 警察超現象研究所


 警察超現象研究所では,従来の科学では,証明できない現象を証明する機関だ。ここで証明されたことは,証拠として正式に採用されることになる。呪詛でも,ここで証明されれば,殺人を行ったものとして,呪詛を施した人物を殺人罪として立件できることになる。


 今,リンリンは,自分の体に呪詛が埋め込まれた。自分の体を使えば,いくらでも証明することが可能だ。


 それに,香奈子もこの研究所で実証を受けることに同意している。リンリンは,早速,上司の許可をとって,香奈子を連れて警察超現象研究所に来た。


 警察超現象研究所の所長は,若干25歳の成美博士だ。麦国の大学を飛び級で卒業して,催眠学で博士号を取得した天才博士だ。警察超現象研究所は,まだ設立して2年しか経ていない。当初は所長職なしで研究所をスタートしたが,成美博士を麦国から招聘することになり,警察超現象研究所の所長として招くことになった。


 これまで,呪詛に関する事件を次々に証明して事件解決に導いており,世界的にもその手法が注目されており,各国からそのノウハウを学びにこの研究所に研修しに来ている状況だった。


 その施設に,リンリンと香奈子が来た。


 成美博士にとっては,まさに,格好の研究材料だ。


 ー 所長専用研究室 ー


 成美博士は,所長という肩書きだが,事務仕事や人事仕事はいっさいしない。研究や実証だけをしていればいい。つまり,仕事的には一研究員にすぎないが,優秀な研究助手2名がついていた。葉月と葉衣だ。


 仕事が終わる夕方4時以降は,海外からの研修生や同僚たちへのアドバイスなどの仕事が追加される。


 この研究室に,リンリンと香奈子がやってきた。各自の自己紹介が済んで,リンリンから,来訪の目的を詳しく説明し始めた。成美博士にとっては,すでにリンリンの上司から説明を聞いていて,準備万端な状況だった。


 成美博士「リンリンさん,もう結構です。状況はよく分かったわ。リンリンさんには胸に,香奈子さんには,全身に呪詛が埋め込まれているわけね。そして,リンリンさんは,1ヶ月後にリンリンさんが自殺するという追加の呪詛が植え付けられたってわけね。了解です。では,いろいろと試してみましょうね」


 リンリン「所長,いままで,呪詛を解除したことはあるのですか?」

 成美博士「もちろん何度もあるわよ。呪詛っていったって,深層心理に植え付けられた場合がほとんどよ。それを呼び起こして,植え付けられた内容を上書きすれば解除できるのよ」


 リンリン「それは,理解できるのですが,私たちは,自分に対して呪詛を受けていません。私たちに触った人が呪詛を受けるのです」


 成美博士「え?何?あなたたちは,呪詛の道具にされたの?なんと,,,そんなことができるの??こんな例は初めてだわ。ネックレスとか指輪には,呪詛が込められるけど,人体に直接,呪詛を埋めると,絶対にその人に影響がでるわ。つまり,あなた方に影響が出てくるのよ。それが出ないなんて,考えられない!!うーーん。これは,俄然,やる気が出たわ」


 成美博士は,助手にさらに,ビデオカメラを2台用意させて,万全な録画体勢を敷いた。檻に入った子猫も10匹用意してある。


 成美博士は,まず,香奈子から始めることにした。催眠術で催眠状態にして,香奈子の深層心理と対話するという手法だ。だが,香奈子自身が呪詛の道具であって,呪詛の対象ではないとなると,どのような状況になるのか,まったく予想がつかなった。


 成美博士は,香奈子にリラクゼーション用の椅子に座らせてから,ゆっくりした調子のメトロノームの音を聞かせた。

 

 成美博士「香奈子さん,では,私のいうことだけを聞くようにしてください。決して,ほかの人の話を聞かないこと。私の声を,こころの底に深くしみこませてください。他の人の話が聞こえても,頭の中で響いても,それに耳を傾けないこと。


 このメトロノームの音を聞いてください。リラックスしてください。目を閉じて。そうです。リラックスしましょう。私の声だけを聞くのです。


 はーーい,深く,眠りましょう。もっと,深く眠りましょう。でも,私の声だけは,聞くようにしましょう。今から,数字を1,2,3と言います。それが言い終わったら,あなたは,深く眠った状態になります。そして,私の質問にはなんでも答えてください。


 いーち,にーーい,さーーん。はい。あなたは,今から,私の声だけが聞こえています」


 成美博士は,ここまではうまくいったと思った。催眠導入では,まず失敗することはなかった。


 成美博士「あなたの頭の中で,私以外の声が聞こえますか?その声は,男性ですか?女性ですか?」


 香奈子「男性です。男性の声が聞こえます」


 成美博士「その男性は,あなたになにを言っていますか?全部,話してください」


 香奈子「外国人のようです。言葉の意味がわかりません」


 成美博士「そうですか,では,その外国人の人と直接会話することはできますか?」


 香奈子「はい,,,,ううう,,,,○X△※○○X△※??」


 成美博士「あなたは誰?」

 

 香奈子「○X△※○○X△※??」


 成美博士も,まったく香奈子の言葉が理解できなかった。その時だった。


 ドサッ!!


 リンリンがぶっ倒れた。


 成美博士は焦った。まったく予想外な出来事だったからだ。


 成美博士「リンリンさん?大丈夫?」


 意識を失ったと思われるリンリンは,うめき声を上げた。


 リンリン「ううう,彼は,魔界語で話している。私が通訳しよう」

 

 成美博士「あなたは,誰ですか?」


 舎弟(リンリン)「私は,悪霊大魔王の舎弟だ。小分体のようなものだ。姫様からの指示でこのリンリンに取り憑いている。まさか,こんなところで通訳をするはめになるとは思わなかったがな」


 成美博士は,まったく予想外の展開に,内心,パニクッたものの,自分に対して『落ち着け!落ち着け!』と自己暗示をかけて,平静さを取り戻した。


 成美博士「あっ,あの,,,通訳をしていただいて,ありがとうございます。では,すいませんが,香奈子さんの言っている内容を通訳してもらえますか?」


 舎弟「お安いご用だ。彼は,こう言っている。『力を使いすぎた。もうすぐ力尽きて,消滅していまう。その前に,姫様にもう一度,会いたかった』と」


 成美博士「姫様って誰のこと?」


 舎弟「大魔女様のことだ」

 

 成美博士「それは誰のこと?」


 舎弟「千雪様のことだ」


 成美博士「つまり,千雪様に会いたいってことね?」


 舎弟「そのようだな。魔界なら消滅しても,魔素となって空気中に漂えるが,この世界ではそれがない。消滅したらそれっきりだ。いくら使い捨ての禁呪魔法陣でも,最後の消滅する前に,生みの親に再度会いたいのだろう。その気持ちはよくわかる。俺もそうだからな」


 成美博士「いろいろ聞きたいことが山ほどあるけど,その千雪様に会えば,いろいろと教えてくれるかしら?」


 舎弟「無理だろうな。めんどいことは嫌いな姫様だからな。もっとも,姫様は,女好きだから,姫様の性奴隷になる気なら,いくらでも教えてくれるだろう。ふふふ」


 成美博士「性奴隷ですか,,,でも,私は女性ですよ。男性ならまだわかるのですが,,,」


 舎弟「姫様は両性具備になった。今は,ハーレム王国を創りたいとの考えのようだ。どうです?性奴隷になるとの引き換えに,膨大な知識が手に入りますよ」


 成美博士「この身でよければいくらでもどうぞ。でも,業務に支障がでるのはダメですけど」

 舎弟「大魔女様がそんなこと,気にするわけないじゃないですか。姫様は,リンリンにも1ヶ月後には,姫様の性奴隷になるように命じました。さもないと死刑です。あなたも同じ目になりますよ?」

 成美博士「なるほど,今度は脅迫ですか。私は死を恐れません。そのような脅迫は私には意味がありません」 

 舎弟「ほほう。おもしろい方ですね。では,こんなのは,どうすか?」


 ダン!ダン!


 成美博士の2名の助手が意識を失って地に倒れた。


 舎弟「専属に姫様の性奴隷にならないと,この2名の助手の命はないですよ。それでも,だめですか?だめなら,もっと,犠牲を増やしますよ。私には,それだけの力があります」


 成美博士「お前は,いったい,,,呪詛というレベルではないのですか?」

 舎弟「私も,こんなに異常な力を持つとは思ってもなかった。もともとは,ちょっとだけ運を悪くする程度のパワーしかなかった。でも,姫様は,私に強大なパワーを与えてくれた。その気になれば,何十人でも何百人でも殺せるほどのパワーがある。私はこの強大なパワーで姫様に認めてもらいたい。少しでも,私のことを姫様に覚えてもらいたい。この世に生まれてきた価値を残したい」


 リンリンの体を乗っ取った悪霊大魔王の舎弟は涙を流した。


 成美博士「つまり,私が,専属の姫様の性奴隷にならないと,多くの犠牲者がでるということですか?」


 舎弟「そのアイデアもらいました。そうします。それがイヤなら,2,3日のうちに,姫様に会ってください。姫様の魅力が少しはわかるでしょう。気絶させたあなたの助手は元にもどしまします。脅かしてごめんなさい」


 悪霊大魔王の舎弟は,リンリンの体の支配を止めた。


 葉月「うううーー」

 葉衣「頭いたーーいーー」


 成美博士の2名の助手,葉月と葉衣は,意識を取り戻した。


 葉月「え?成美先生,私,どうしちゃったのですか?」

 成美博士「どうも,とんでもないものを呼び起こしちゃいました。葉月,葉衣,私と苦楽を一緒にしますか?私は,この職場を辞めることになるかもしれません。新しく呪詛の勉強をします。そのため,千雪という呪詛師の弟子になります。あなたがたはどうしますか?」


 葉月「もちろん,一緒にどこまでもついて行きます」

 葉衣「私もです。私は,先生の,,,ペットになりたいです」

 成美博士「そう,じゃあ,近いうちに,師匠になる千雪様に会いにいきましょうか?」

 葉月「はい,先生」

 葉衣「はい,よろしくお願いします」


 リンリンと香奈子も意識を取り戻した。


 リンリン「成美博士,いかがでしたか?何かわかりましたか?」

 成美博士「ええ,私の技量では,手に負えないということがわかりました。近々,呪詛を施したと思われる千雪様に会いに行く予定です。弟子入りさせていただきます。この職場を辞めることになるかもしれません」

 

 リンリンは,その言葉に驚いたものの,特に反対も賛成もしなかった。これは,成美博士の問題だ。


 リンリン「成美博士,私の呪詛で,1ヶ月に自殺すると言われたのですが,これは本当のことですか?」


 成美博士「ええ,ほんとうです。あなたに憑りつた呪詛は,どんでもない能力を持っていました。多くの人を殺せるほどの能力です。私の2名の秘書は,一瞬で気絶させられました。あなたを自殺に追い込むことなど,造作もないでしょう。これが,その画像のデータです。あとでゆっくり見てください」


 成美博士は,USBメモリーをリンリンに渡した。


 リンリン「ありがとうございます,,,私は千雪の性奴隷にならないといけない運命なのですね,,,」


 成美博士「私は一足先に,千雪様の弟子になります。リンリンさんが千雪様のもとに来てもらうと心強いわ」


 かくして,リンリンは,当初の目的である呪詛の証明などという悠長なことを言ってられなくなった。警察庁を辞める決心をせざるをえなくなった。でも,そう決めたら,なんか,気分が楽になった気がした。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る