第10話カエデの受難

 リビングルームでは,カロックが茜にいろいろなことを説明していた。


 カロック「茜は,まだしゃべれないから,ジェスチャーで意思表示をしなさい。『わかった,理解した』のサインは,指でOKのサイン。『もう一度言って』は一本指で,『もっと詳しく説明して』は2本指。そして,両手の掌を天に向けるポースは『わかんなーい』だ。それと,『びっくりした』のポーズは,両手を上にあげて,ばんざいのポーズだ。理解したか?」

 

 茜は,OKサインを出した。


 カロック「では,茜,今から,茜にいろいろなことを教える。それを知らないと,今後,ここでは生きていけないからな。まず,茜の今支配している体について説明する。その体は,茜の霊体を格納させるために用意したものだ。そうしないと,茜の霊体は,この世から消えて,あの世に行ってしまうからな。


 その体は,もともと,千雪がある人物から入手したゴーレムの設計図をもとにしている。その設計図は,複雑怪奇で,優秀なサルベラでも2時間で理解するのは無理だった。そこで,サルベラは,最低限の格子部分をピックアップして,簡易版ゴーレム魔法陣の設計図にして,その体を創った。そのとき,問題になったのは,その体を構成する『魔法因子』だ。魔法因子を魔法陣に設置することで,その人と同じ顔形を形成することが可能となる。この世界の人間には,魔力がないので,魔法因子を持たない。千雪のように魔界で1年以上も生活したのなら別だが,この世界の人間には存在しないものだ。ここまでは,理解したか?」


 茜は,OKサインを出した。


 カロック「そこで,千雪の魔法因子を使う案がでた。だが,千雪は,ダメ元でいいから,一度,死体になった茜の肉体から魔法因子を抽出してみてと私に命じた。無駄だと分かっていたが,私はその肉体から魔法因子を抽出してみた,,,


 と,ところがだ。なんと,お前の死亡した肉体から魔法因子が抽出することができた」


 茜は,バンザイのポーズをした。つまり,びっくりしたポーズだ。もっとも,この事実は,カロックの方がびっくりした。

 

 カロック「つまり,茜は,この世界の人間ではない。魔界の人間だ。魔族なのか,獣人族なのか,エルフ族なのか,はたまた妖精族なのかはわからんが,魔界の人間だ。つまり,俺たちの仲間だ」


 茜は両手でOKのサインを出した。


 カロック「茜の素性がどうのこうのについては,今後の課題だ。茜が魔界の人間であるとわかった以上,茜は魔法を覚える必要がある。千雪のそばにいる以上,常に危険ととなりあわせだ。せめて,自分の身は自分で守らないといけない。それも,トップレベルの技能を身につけないとダメだ。


 私にしろ,サルベラも,メーララも,魔界では,それぞれの専門分野では,唯一無二の天才魔法士だ。私は火炎使い。サルベラは風使いだ。おまけに,それを使って台風まで引き起こしてしまう。メーララは治癒魔法士だ。普通の回復魔法と違う。茜の死亡した肉体の先天的な欠陥を治すことができるとすれば,メーララしかない。


 そして,茜,お前は,今から私について,徹底的に魔法を習得してもらう。幸い,茜が今支配しているその体は,魔力で満ちあふれている。まだまだ,基本的な動作しかできないが,サルベラたちが設計図の解読を進めていけば,もっともっと複雑な動きができるはずだ。まずは,座学とイメージトレーニングから始める。ここまで理解したか?」


 茜は,両手の親指を突き上げて,超OKのサインを示した。


 カロック「そうか,そのサインの仕方は,教えていないが,その意味はわかる」


 カロックは,このように,子供に教えるように一個ずつ確認しながら,茜に魔法についての背景知識を説明していって,魔法については,イメージトレーニングから教え始めた。


ーーーーー

 メーララから電話連絡を受けて,カエデがタクシーを飛ばして,千雪の家に来た。


 タクシー代が,5万ほどかかったが,そんなことはどうでもよかった。即席で,キクが教祖の代役をしているので,かんとかごまかしができたが,教祖のメーララがいないと,いざというときに困る。


 メーララは,教団関係者には魔法が使えることは言っていないが,霊体を見ることができることは言っていた。つまり,幽霊を見ることができる。地縛霊,浮遊霊などなどを明らかにすることができる。やっと,ここまで,教団を大きくして,信者の財産搾取戦略がやっと起動に乗ってきたところなのに,ますます『教祖の奇跡』の重要性が増している時期なのに,ここで,教祖がいなくなっては元も子もない。


 カエデは,メーララに会ったら,山ほど怒りつけてやろうと考えていた。


 カエデは,タクシーから降りて,「メーララ!!」と怒り調子で怒鳴ってドアをノックした。


 しばらくすると,ドアが開いた。もともとドアには鍵など掛けていなかった。この家に泥棒しようとするやつがいれば,変態か精神を病んだ泥棒くらいだろう。


 カエデは,てっきりメーララが出てくるものだと思った。


 カエデ「こら!メーララ!!勝手に教団を抜けだすんじゃないわよ!!」


 だが,ドアを開けたのはメーララではなくカロックだった。


 カロック「誰だお前??」


 カエデ「あ!!あのーー,その,,,私,『夢現幸福教』のものです。教祖様,つまり,メーララにここに来るように言われて,,,」


 カエデは,急に丁寧な言葉使いになった。というのも,カロックは,一見すると,とてもハンサムな男だったからだ。


 カロック「入れ」


 カロックは,カエデをリビングルームに案内して,ソファには座らせず,部屋の端に置いてある丸椅子に座るように命じた。まったく,客を扱う態度ではなかった。


 でも,文句も言えず,カエデはその丸椅子に座った。


 カエデは,手持ち無沙汰なので,ソファに座っているカロックと茜のやりとりを観察すること以外,何もすることがなかった。


 カエデは,カロックが『基礎魔法の基本』とかなんとか言って,手のひらから,マッチ棒をすった時に発するような炎を出現させたのを見て,びっくりした。


 カエデ「えーーー!!」


 思わず,声を発してしまった。


 カロックは,ジロッとカエデを睨み付けたが,何も言わず茜の対応をした。


 茜は,カロックの真似をした。茜も同じように,手のひらから小さな炎を出した。それを見たカエデは,また,思わず声を発してしまった。


 カエデ「うそーーーー!!」


 カロックは,カエデをまた睨みつけて怒鳴った。


 カロック「うるさい!!殺すぞ!!」


 そういって,カロックは何事もなかったかのように,『初級魔法』と言って,今度は,手のひらから,テニスボール大の炎を出した。


 茜は,要領をつかんだのか,すぐに真似て同じく,テニスボール大の炎を出した。


 カロックは,気をよくして,今度は『中級魔法』と言って,手のひらからサッカーボール大の炎を出した。


 カエデは驚きのあまり,また声を出そうとしたが,慌てて両手で口を塞いだ。


 茜は,同じく,両方の手のひらからサッカーボール大の炎を出現させた。


 ボォー!ボォー!


 だが,安定が悪く,その2つのサッカーボール大の炎は,手のひらから落ちてしまった。


 床には,絨毯が敷き詰められていた。


 ボボボボボーーーーーー!!


 瞬く間に,このリビングルーム全体に広がった。カエデは,慌てふためいて,絶叫した。


 カエデ「火事!!火事ーーー!!!!」


 カロックは,足下に炎が迫っているものの,カロックの周辺にはその炎は近寄ることができなかかった。茜の周辺にも,同様に炎は近づけなかった。カロックが防御結界を張ったためだ。


 だが,カエデは違った。足元に炎が来て服に火が移ってきた。


 その時だった。強烈な冷気が部屋全体を覆った。


 ピィヒューーーー!!!


 部屋に充満していた炎は,一瞬にして消滅してしまった。絨毯の表面には,薄い薄氷が覆っていた。


 かつ,カエデの首から下の部分は,すべて薄氷によって覆われた。カエデは,全身が強烈な冷気で覆われてしまった。服で覆われていない手の部分は凍結してしまった。凍傷というレベルではない。すでに,細胞レベルまで凍結してしまい,ちょっとの刺激で崩れてしまう状況だった。


 カロックは,カエデを軽蔑の眼差しで言葉を投げ捨てた。


 カロック「騒いだら殺すと言ったろ!!今度,少しでも声を出したら,,,わかっているな!!」


 カエデは,自分がこのままの状態でも30分もしないうちに,体温が低下して死んでしまうだろうと思った。でも,声を出せば,その場で死んでしまう。


 目の前にいるのは人間ではない。怪物だ。決して,口答えをしてはならない怪物なのだと,やっとカエデは骨の髄まで理解した。


 2階から階段を降りてくる足音がした。リビングルームに来る否や,文句を言った。


 メーララ「誰よ!いちいち火事だって,わめいたのは!!死にたいの!!」


 カロック「お前の知り合いだ。ほっとけばそのうち死ぬだろう」


 メーララ「あらら,,,カエデじゃない。いつ来たの?それに,氷の雪だるまになっちゃって,可哀想。その手はもうだめね。カエデ?なんでしゃべらないの?声ぐらい出せるでしょう」


 カエデは,声は出せるのだが,出せば死ぬと脅されている。出せるわけがない。


 カエデは,口をあけて,無音で,『しゃべったらころされる』という内容の口まねをした。


 メーララは,それを見て,何をいいたのかがわかった。


 メーララ「カロック,あなた,彼女に口止めしたの?」

 カロック「ああ。しゃべったら殺すと言った」

 メーララ「そう。それは好都合だわ。カロック,彼女の氷結を解いてちょうだい。それと,手のひらを焼滅させて。もう使い物にならないわ」

 カロック「面倒くさいな,,,そんなやつ,殺せはいいだろう」

 メーララ「今はダメよ。詐欺商法の知恵者よ。まだ利用価値があるわ。カロック,いいからやって」

 カロック「チェッ!!」


 カロックは,しぶしぶカエデの氷結を解いて,ダメになった手のひらを炎で完全に焼滅させた。


 カエデは,両手がなくなったことに一瞬驚いたが,もう,驚愕に対してわざわざそれを顔,態度,声などで現すことは止めにした。それに,死を垣間見たことが要因かもしれないが,両手を無くしたというショック後でも,すぐに落ち着いた気分になることができた。


 メーララ「カエデ,よく声を出さないでがんばったわね。今から,手の平を再生させてあげるから,そのまま黙っていなさい」


 カエデは,自分の耳を伺った。『え?手の平を再生??何?それ??』


 だが,カエデが疑問に思う間のなく,メーララは,かなり大きな治癒魔法陣を発現させた。この魔法が使えるのは,魔界でもメーララ以外,2,3名いるかどうかの非常に希な能力だ。いわゆる再生魔法だ。胸の脂肪細胞を増殖させるのとはわけが違う。


 メーララにとって,手の平の再生など,大したことではない。例え,四肢が切断されたとしても心臓さえ動いていれば治す自信があった。


 カエデの手の平は,何事もなかったかのように完全に元の状態に戻った。


 カエデ「カロック,カエデの発言を許可してあげて」

 カロック「わかった。おい,お前,無駄口はいうな。最低限の内容で口に出すことを許す」

 

 カエデは,口頭で返事をせずに,首を縦に振った。


 メーララ「カエデ,もうしゃべっていいのよ。私は,ここで急用があるから,1週間ほどは帰れないわ。ボスの命令で,死人の蘇生をしなくちゃならないの。まあ,成功の確率は低いんだけどね」


 カエデ「あの,,,メーララ,,『様』のボスって,誰ですか?」


 カエデは,『様』をつけた。この状況では,『様』をつけるのが適切だと思ったからだ。


 メーララ「千雪という15歳くらいの少女よ。でも,見た目で判断してはダメよ。人を殺すの,ゴキブリと同じにしか考えていないから。もっとも,私たちもそうだけどね,,,」


 メーララは,しれっと,とんでもないことを言った。その後,メーララは2階から教祖の証である杖を持ってきてカエデに渡した。


 メーララ「これをキクに渡してちょうだい。キクは,教祖の身代わりをしているのでしょう?この杖がないと様にならないから」


 カエデ「メーララ様,了解いたしました。ところで,メーララ様のボスということは,私たちのボスという位置づけになるのでしょうか?」


 メーララ「いずれはそうなるでしょうね。でも,まだ,その時ではないわ。カエデ,もう帰っていいわよ。もうここに来てはダメ。命がいくつあっても足りないわよ」


 カエデ「はい。身に沁みて感じております。では,失礼します」


 カエデは,そそくさと千雪の家を後にした。


ーーー


 カエデが帰った後,メーララとカロックは大笑いした。


 アカリも食べ終わったカレーライスの皿をのせたお盆を持って2階から降りてきた。


 アカリ「あら?笑っているなんて,珍しいわね。いいことでもあったのですか?」

 カロック「いや,別になんでもない。ところで,メーララ,お前,『夢現幸福教』の教祖をやっているのか?」

 メーララ「そうよ。結構,いい商売をしているわ。100億円貯まるのも時間の問題よ」

 カロック「でも,詰めが甘いな。お前の教団を目の敵にしている連中がごろごろしているぜ。おまえの奇跡を暴くってな。ここにも,その依頼が来た。


 だが,対応するのは,千雪の秘書をしている香奈子という女性だ。一般人だ。だからそんなことできるはずもない。その仕事に失敗すれば,香奈子は俺の性奴隷になる。ふふふ,今から楽しみだ」

 

 その話を聞いて,アカリもそうだが,メーララも目が光った。


 メーララ「そう,そんなことがあったの,,,ちょっと考えないと行けないわね」

 カロック「ああ,そうだ。簡単なインチキではバレるかもしれん。真面目に奇跡を示す必要があるだろうな」


 メーララ「そうね,忠告感謝するわ」

 メーララは,また,千雪の部屋に戻った。


 ーーーーー

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