第6話 アカリ


 千雪の家は,東都の南西方向の外れにある。御殿場周辺だ。千雪の家から御殿場の駅までは徒歩30分かかる。千雪の秘書をしている香奈子は,科学先端省勤めを初めてから,平日は自分のマンションで寝泊まりするが,週末の金曜日になると,千雪の家に来て月曜日まで,千雪の身の周りの世話をする。


 平日,千雪が一人になってしまい,寂しさを紛らわすため,何か仕事をしようと考えた。でも,千雪にできるのは,娼婦くらいしかない,,,


 でも,人を殺してばかりいると問題になってしまう。千雪は,眼底に霊力を流すことで人のオーラを見ることができる。ならば,占い師くらいはできるだろうと勝手に考えた。早速,ハルトに命じて,御殿場周辺の一番の繁華街のどこかで占いができそうな場所を借りさせた。


 飲み屋街の場末で,6畳トイレ付きの部屋が千雪の仕事場となった。家賃10万円だ。これは誰が支払うのか??この部屋の契約者はハルトだから,ハルトが支払うのか??


 ハルトは,部屋代の請求を千雪にできなかった。やむなく,今はハルトの情婦となっている小百合に請求することにした。だが,肌を合わせてしまうと,女は強くなってしまう。


 小百合は,断固して拒否してきた。小百合は,以前の本部長から月60万円ほどの手当をもらっていた。そのほかに,ときどき,ホステスとして臨時収入があった。今は,ハルトは稼ぎが少なく,ハルトから月30万円しかもらっていない。そこから10万円もとられると,もう生活ができなくなる。ホステスの仕事も,もうしたくなかった。


 小百合「ハルト,あなた,バカじゃないの??いくら千雪様の奴隷だからって,霞を食べて活きていけないのよ!!しっかりと千雪様に請求しなさいよ!!あんたの手当だけじゃ,生活できないのよ。毎日,貯金を崩しているのよ!!わかっているの!!これじゃあ,千雪様に3000万円請求されても,支払えなくなってしまうわ」

 ハルト「そうだな,,,占い師用の部屋の改装費用も50万ほどかかったし,,,死ぬ覚悟で,千雪様に請求してみるか,,,」

 小百合「そんなこと,当たり前じゃないの!!それに,わたし,もう妊娠しているのよ。もうパパになるのよ!!しっかりと稼いでちょうだい!!」

 ハルト「うっ,,そうだな,,,近いうちに,千雪に会いに行ってくるわ,,,」



 ー 千雪の部屋 ー

 

 数日後,ハルトは,別件の用事もあって,久しぶりに千雪に会った。

 ハルト「千雪様,最近,その商売のほうがうまくいってなくて,組への上納金を支払うのもままならない状況です。申し上げにくいのですが,,,,占い師の部屋の家賃とか,改装費用,それに,ホテルの宿泊客へ,この占い店の宣伝チラシを配るバイト費用などなど,,,を,なんとか,,,千雪様のほうでまかっていただけないでしょうか,,,」


 ハルトは,顔を下に向けた。千雪の怒りの声を避ける準備をした。ところが,千雪が発した言葉は予想外だった。


 千雪「銀行口座を用意してちょうだい。名義は,そうね,宗教団体名がいいわね。『神王教』という名前にして。神王教寄付金の口座としてちょうだい」

 ハルト「まあ,口座くらい,神王教を登記すれば,口座は作れますけど,それって,どうするのですか?」

 千雪「テレビでやってたのよ。自分の財産を全額寄付する宗教団体があるって。それって,犯罪じゃないんでしょう。なら,すぐにも大金持ちになるわ」


 ハルトは,千雪の言っている意味がよくわからなかった。でも,すぐに対応することにした。


 ハルト「わかりました。その件は,すぐに対応しましょう。それと,もう一件,大事な用事があるのです。それは,,,これを見てください」


 ハルトは,呪詛をかけたアカリの護衛であるマサの写真を出した。その写真は,黒いサングラスをかけて,ひげをはやした男だった。


 千雪は,チラっとみて,まったく興味がない素振りを示した。


 ハルト「実は,呪詛をかけたアカリの執事から,呪詛を解除してほしい,という依頼がきました。その後,なんと,その屋敷の庭師から,アカリには,有能な護衛がいて,この写真の男が,その護衛ですが,彼をコテンパンにやっつけてほしいとの依頼がきました。庭師が言うには,護衛をコテンパンにやっつけてしまえば,呪詛の解除料金を倍額にふんだくれるとのことです。これが,その護衛と若造が喧嘩したときの映像です。見てください」


 千雪は,はじめ興味ないそぶりでその映像をみたが,その映像では,護衛はサングラスをしていなかった。


 千雪は,一瞬,ハッとしたが,口元がニヤっと笑った。


 千雪は,ハルトに1週間後に人気のない公園で彼と会うように指示した。その後,彼にさらに細かな指示を与えた。


 ーーーー

 千雪は,一日,5人だけ,客をとることにした。地元ではなく,地方出身であること,金持ちであることが条件だ。しかし,どうやってバレずに現金を手に入れるか,その後,客をどうするか,,,などなどだ。そんなことをひとつひとつ解決していくと,これまで経験したことのない,複雑な精神支配が必要となった。


 最初の客が来た。千雪は,全裸になった。


 千雪「どうぞ,私の体に触ってください。無料でいいですよ。今ならさわり放題です。本番は,別途お金をもらいます。まず,どうぞ胸に触ってください」


 絶世の美女で,Gカップの女性から,そんなこと言われて,いやという者はいなかった。


 その客は,千雪のおっぱいを両手で触ったあと,意識を失うかのように呆然として,3分ほどそのままの状態になった。


 千雪が珍しく冷や汗をした。強烈な精神支配で,複雑な行動命令を客の頭にたたき込んだ。

 

 3分が経過した。


 千雪は,いったん,床に膝をついて体を休めた。客は,何も言わず,この部屋から出ていった。


 千雪「こんな複雑な精神支配,始めてだわ。はたして,有効に作用するのかしら??,,」


 その後,毎日,5名ずつ,精神支配をしていった。


 1週後に,1週前に精神支配をかけた客がまたこの部屋を訪れた。彼らは,黒のサングラスをして,全身をマントで覆っていた。ちょっとやそっとでは,まったく誰だか検討がつかなかった。


 彼らは,現金の入った金を持ってきた。貯金を全額引き落として,借金できる場合は借金をして集めた金だ。


 千雪は,彼らから生命エネルギーをすべて奪い,灰燼に化した。客5名から集めた金の入ったバックは,中身を確認することなく,亜空間に収納した。


 千雪「休日を創るのを忘れていたわ。でも,当面,休業しましょう。下手すると,足がつくわ」


 

 千雪は,この行動に対してまったく罪悪感を持っていなかった。ある宗教団体が手間暇かけて洗脳するのを,千雪は強制的に洗脳するだけなのだと。


 だが,被害にあった客の家族にとっては,一大事件だった。大黒柱が,自我を忘れたようになって,金を集めだしたのだ。それも,御殿場出張に帰ってからだ。家族の身内の者がパニックになった。


 警察に相談してもまったく取り上げてくれなかった。1週間が過ぎてから客が失踪した。失踪事件としては取り上げてくれた。だが,被害者は,全国に散らばっていたので,どの警察も重大事件としてはみなさなかった。


 ーーー

 ー 東都郊外,人通りのまったくない桜道公園 ー


 夕方6時ともなると,この辺は,まったく人がいなくなる。当然だ。この桜道公園は,午後5時に門が閉まる。人がいなくなるのも当然だ。


 マサは,約束の地点が記載された地図を見ながら歩いていた。


 マサ「これが,西湖か,,,西湖の東側にあるベンチが約束の場所か,,,これは,確実に一戦交えないとダメな状況だな。草木が乾燥しているから火炎はダメか,,,使えるとすれば,,,防御結界くらいか,,,」


 マサは,独り言を言いながら,約束の地点に向かった。


 約束の地点では,すでにハルトが待っていた。ハルトは,千雪に注意されたとおり,着替えの服と靴を入れた鞄を地中に埋めて土で覆った。地表が火の海になっても,燃え移らないようにという配慮だ。


 ハルトは,千雪の言葉を思い出していた。


 千雪「相手は魔法使いよ。彼は,私の奴隷だけど,私と同レベルの強者よ。ハルト相手に,最強の火炎は使わないだろうけど,中級レベルの火炎は使う可能性があるわ。それと,魔法の防御結界も使うわ。拳銃で撃たれても防ぐパワーが充分にあるわ。全力で戦ってみなさい。お前の霊力がどの程度有効かがわかると思う。負けてもいいから,無様な負けは許しません。それと,千雪の名前は,今は出さないでちょうだい。まだその時ではないわ」


 ハルトは悲しくなった。『千雪と同レベルの強者!!??勝てるわけないだろう!!でも,全力で戦わないといけないか,,,果たして,どれだけ,善戦できるか,,,』


 そんなことを考えていると,マサがやってきた。


 マサ「お前がハルトか?なんで私を指名したのだ?」


 ハルト「そう。私がハルトだ。天翔屋敷の庭師から,お前をこの拳で倒すと,呪詛の解除費用を倍額にまでふんだくれると言われてな。それで,指名した。庭師の目的は,別のところにあると思うが,,,お前,誰かに恨まれていなかいか?」


 マサに心当たりはなかった。強いてあげるとすれば,,,多麻里か??付き合いの狭いマサにとって,多麻里以外,考えられる人物はほかになかった。


 マサ「なるほど,そういうことか,,,呪詛の犯人の写真を見せたのは,多麻里さんだけだからな,,,」


 ハルト「それはいい。私と戦ってもらう。だけど,くれぐれも,私を殺さないでくれ。半身不随にもしないでくれ。お願いだ。戦う条件として,あなたが勝っても,負けても,この解呪符を渡す。使い方は封筒の中に書いてある。だが,天翔屋敷に戻ってから封を切ってくれ」


 マサ「はじめから,そのつもりだ。手加減は心得ている」

 ハルト「それはありがたい」

 

 ハルトは,解呪符の入った封筒をベンチに置いた。


 ハルトは,Tシャツを脱いで,上半身裸にした。そして,ベンチから少し離れた。マサも,上半身裸になった。


 ハルト「この辺でいいかな?準備はいいか?」

 マサ「準備OKだ」


 ハルト「では,参る」


 ハルトは,もともと,スポーツをしてきたわけでもく,武道をしてきたわけでもない。100メートルを全力で走っても15秒程度だ。身長だって170cmくらいだ。一方,マサは180cmはある。体格的にも負けている。


 だが,ハルトは,今では,加速3倍が使えるようになった。千雪に会ってから,イメージトレーニングをしてきたし,ランニングもするようになった。体術の48式もするようになった。でも,マサに勝つ自信など,これっぽっちもなかった。


 ハルトは,2倍速で移動した。そして,マサの腹部をねらって,回し蹴りを食らわした。


 マサは,両腕で腹部をガードし,かつ,弱い結界を張った。


 ダーーン!!


 その結界は破壊されて,威力を失った回し蹴りが,マサの両腕にヒットした。マサを数歩後退した。


 マサは,びっくりした。弱いながらも結界だ。その結界が破壊されてしまったのだ。相手は,普通の人間ではないのか??それに,動きが敏捷すぎる。まさか,加速が使えるのか??


 ハルト「マサさん。さすがですね。この速度に反応するなんて。それに,なんか,結界のようなもの構築していましたね。なるほど,,,やはり,全力でも勝てないって,ほんとうですね,,,」


 マサ「??俺のこと,知っているのか?」

 ハルト「・・・,いえ,ぜんぜん知りません」


 ハルトは,自己最高の3倍速で移動して,再び回し蹴りで,マサの腹部を狙った。

 マサは,中レベルの結界を構築して,その攻撃を防いだ。それと同時に,初級レベルの氷結弾を発射した。


 バシュー!!バシュー!!


 マサは,動体視力も3倍向上していた。その氷結弾の速度に充分に反応できた。


 ダン!ダン!


 氷結弾は,ハルトの体を貫くことができずに,地に落ちた。


 ハルト「なんと,これが魔法攻撃というものか!!」


 それは,マサが魔法士であることが知っている台詞だ。


 マサ「私が魔法を使えるって,だれから聞いた?」

 ハルト「フフフ,もうじきわかる。いまのは,初級レベル,というものか?」

 マサ「そうだ。中級になってしまうと,はたして,お前が防ぎきれるかどうかわからん。場合によって,殺してしまう恐れがある」

 ハルト「わかった。今の俺の『加速』レベルでは,マサには勝てないようだ。勝負は,ここまでいい。一応,火炎対策として予備の服を地中に埋めたのだが,無駄になったようだ」


 マサ「なるほど,俺が火炎使いということまで知っているのか。そこまで知っているということは,千雪,サルベラ長官,メーララか,,,だが,こんな遊びは,千雪しかしない。そうか,お前,霊力使いか!!千雪から霊力を授かったな? だが,加速がまだまだだな。千雪は,加速が,100倍,いや今では200倍使えると言っていた」

 ハルト「200倍??うそだろ!!」

 マサ「霊力使いとは,そういうものだ。次元が違う。そんな加速使われると,ほんとうに,一瞬で首と銅が離れてしまう。究極の殺人技だ。この平和な世界では,無用の長物だ。お前がどういういきさつで千雪と知り合ったか知らないが,できれば,千雪とうまく関係を絶つほうがいい。普通の人間のお前とは住む世界が違い過ぎる。いずれ,千雪は大きな問題を起こす。国家レベルでの闘争となる。普通の人間では対処できない」


 ハルト「その助言,痛いほどよくわかる。私もそうしたい。だが,お前たちが千雪様のそばにいないから,千雪様は,私にばっかり声をかえる。千雪様に命令されたら,拒否できるわけないだろう。お前たちは3人いるんだろ?今は,千雪様のそばには誰もいない。今,また変な遊びをしだしているようだ。大問題になると分かっているなら,早く千雪様のもとに戻ってくれ」


 マサ「そうか,,,それもそうだな。責任の一端は,われわれにもあるのかもしれんのか,,,まあいい。あの解呪符はもらっていく。じゃあ,またな」


 マサは,上着を着てから,ベンチに置いてある封筒をとって,去っていった。


 マサの後ろ姿を見て,ハルトは,その場でひざまずいた。その場で,何度もため息をついた。


 マサ「はぁーー,はぁーー,なんとも,大変な世界に足を突っ込んでしまったようだな。今は,とにかくも,私のレベルを上げることしかないか,,,」


 マサは,この場で,加速による48式の訓練を2時間ほどして訓練してから,この地を去った。



 ー 天翔屋敷,アカリの部屋 ー


マサがアカリの部屋に来て,解呪符の封筒をアカリに渡した。


 マサ「お嬢様,これが解呪符です。確認してください」


 アカリ「マサ,よくやったわ。ありがとう。さすがは,私のナイトね」


 アカリは,早速,その封筒を開けて,中身を見た。中には,2枚の紙が入っていた。一枚目は,請求金額と呪符の解除法が書いてあった。


 『呪符の解除料金は,20億円です。支払いは現金でお願いします。1週間後に,ここに取りに来ます。ただ,そちらも,呪符の解除がほんものかどうか疑うでしょう。2枚目は,何も書いていませんが,一時的に呪符を解除する解呪符です。それをブレスレットの周りに貼り付けなさい。1時間もすれば,足が動くようになります。最終的な呪詛の解除は,20億円を確認してから,解除いたします。 千雪 』


 アカリ「2,20億円,,,,これって,,,お父様が発狂してしまうわ,,,それに,妊娠がバレたら,解除どころか,家を追放されてしまう,,,マサ,どうしよう??」

 マサ「・・・,今は,まず,一時的にでも,呪詛を解除したほうがいいです。足が動けば,もっといいアイデアがでてくると思います」

 アカリ「そ,そうね。まずは,足を解除しましょう」


 1時間後,確かにアカリの足は動くようになった。


 アカリ「マサ,ほんとだ!!足が動く!!でも,,,20億円って,,,これって,誘拐して身代金を奪う手口と同じじゃないの??犯罪よ,犯罪!!お父様に直訴して警察に動いてもらうわ!!」

  

 マサは,予想通りの反応に,何も言えなかった。こうして,千雪と国家権力とのバトルが始まるのだと,,,最終的には,千雪が勝つのは目に見えているのだが,,,今は,いくらマサが声を大にしたところで,誰も耳を貸さないだろうことは充分に承知していた。


 ー 雄太朗の書斎 ー

 アカリの父は,陸奥星財閥の総裁で,雄太朗という。雄太朗の書斎には,総裁夫人のカルレ,女性秘書のマリカ,執事,そして,アカリとマサがいた。マサは,ソファーに座っているアカリの背後に立っていた。


 アカリ「お父様,これが,解除符と一緒に入っていた請求書です。20億円です。この千雪という方が1週間後に取りにくるそうです」

 総裁「20億円か,,,マリカ,どう思うかね?」

 マリカ「これは,犯罪になります。単純に考えれば警察に相談するのがいいでしょう」

 総裁「では,複雑に考えると??」

 マリカ「警察の手段をとると,お嬢様の呪詛は解除されないことになります。警察は,解除してくれませんので。お嬢様の価値をどう見るかで判断が変わると思います」

 総裁「そうだな,,,カルレ,お前はどう思う?」

 夫人「私は,腹をくくりました。お父様にはまだ言っていませんが,アカリは妊娠しています」


 「・・・・」

 「・・・・」

 「・・・・」


 誰も,声を上げなかった。雄太朗も別に驚く様子もなかった。アカリの相手がマサということは,誰でもわかった。そして,アカリからマサを誘ったことも容易にわかることだ。


 夫人「明日にでも,アカリを家から追放してください。どことなりと,野垂れ死にすればいいのです。それに,あなた?あなたに隠し子が何人もいるのは,知っていますよ。その誰かに,次期総裁の座を引き継がせればいいじゃないですか」


 総裁「コホン,コホン,,,カルレ,そう,極端な結論に達するな。この千雪って,いったい,どんなやつだ?執事,調査はしたのか?」


 執事「まだ,よくわかっていません。もう少し時間が必要です。でも,木の葉会で起きた2件の殺人事件と関係があるのはわかっています」

 

 総裁「関係って,どういうことだ?殺人事件の犯人なのか?」


 執事「いえ,千雪は,男たちにレイプされそうになっていますので,被害者です。ですが,男どもは変死しています。誰が犯人か不明です。これらの事件には,木の葉会のハルトも関係しているようです」


 総帥「レイプ未遂? 変死?何だそれ?千雪って,魔女なのか? ありえん。何か,カラクリがあるはずだ。まあ,それはいい。ただ,生半可な相手ではないようだな」


 総帥は,アカリを睨んだ。


 総帥「アカリ。残念だが,お前に20億を払う価値はもうない。すぐに家を出て行けとは言わん。だが,この家の財産は,お前には相続する権利はもうないと思え。今年中に,マサを連れて出ていきなさい。呪詛については,自分で解決しなさい。警察に訴えるのいいし,訴えずに対処するのもいい。表面的には,今年いっぱいまでは,お前の父親としてふるまおう。だが,そこまでだ。アカリ,理解したかな?」


 アカリは,マサの顔を見た。マサから何か返事をしてほしい顔だった。


 マサ「総帥,総帥夫人のお怒りはもっともだと思います。私は,まだ,右も左もわからない未熟者です。少し武術ができるだけのならず者です。でも,お嬢様を妊娠させたという責任は,なんとかとっていきたいと思っています。今年いっぱいまでは必要ありません。1週間だけ,この屋敷に居候させていただきたいと思います。お嬢様の呪詛については,私が責任をもって対応します。お金は不要です」


 マサは,数歩下がって,正座して,頭を床につけた。


 そして,再度,口を開いた。


 マサ「総帥,総帥夫人,このような状況でお願いするのは,大変失礼ですが,お嬢様を私にいただきたく,お願い申しあげます。1週間後に,この屋敷から,お嬢様をお連れして,去りたいと思います。どうか,どうか,ご許可をお願いいたします」


 マサは,再度,頭を下げた。


 総帥「マサ,もとはといえば,娘がお前を誘ったのだろう。マサがそうやって頭を下げなくていい。それに,すでに勘当同然の娘だ,何の財産もない娘だ。一人では何ら稼ぐこともできない娘だ。マサの将来の,足手まといになるかもしれん。それでもいいなら,マサの好きにしなさい」

 総帥夫人「マサの好きにしなさい。娘を捨てたっていいのよ。路頭に迷わせてもいいわ。どうせ体を売ることしか生きていくすべを知らない子だから,世の荒波にもまれればいいのよ」


 アカリは,終始,下を向いていた。


 マサ「総帥,総帥夫人。御両名の了解を得たということで,理解しましました。では,お嬢様をいただきます。1週間後に千雪がこの家に来たら,この家を去ることにします」


 総帥「ん?マサは千雪を知っているのか?」

 マサ「はい。行方不明になった仲間の一人です。千雪に会えば,私は,千雪についていきます」

 総帥「それで,1週間ということか。この呪詛の件は,マサとは関係があるのか?」

 マサ「いえ,関係がありません。4ヶ月前に,この月本国に私は,千雪とほかの仲間2名で来ました。ですが,そのとき,ある事故が起こってしまい,4名は,ばらばらになってしまいました。今,やっと,そのうちの一人である千雪と来週会えるというわけです」

 総帥「なるほど。千雪は,呪詛が使えるが,ほかにどんな技能を持っているのだ?」

 マサ「答えてもいいのですが,たぶん,信じてもらえないと思います」

 総帥「でも,答えてみたまえ」

 マサ「はい。人間から生命エネルギーを吸収できます。つまり,ミイラにすることができます。空を飛び,透明にもなれます。100メートルを1秒以内で走ることも可能です。ダイヤモンドを切り裂くこともできるでしょう。この世界でいえば,スーパーマンといったところです。信じなくて結構です。口からでまかせと思ってください」

 総帥「・・・,この場で,でまかせを言うとは思えんが,それでも信じられん。それが本当なら,いくらでも,金をかせぐ方法があるではないか」

 マサ「はい。たぶん,すでにいろいろと試してみているかと思います。警察にばれない方法で」

 総帥「千雪がそんな能力を持っているとすれば,マサも特殊な能力を持っているのだな?」

 マサ「私は,千雪ほど化け物ではありません。ただ,火を少々扱えます」

 総帥「火を扱える?」

 マサ「こんなようにです」


 マサは,手のひらを広げて,ごく小さな炎を出した。


 総帥「おお,これは凄い。たいしたものだ。なるほど,特殊能力を持ったものたちか,,,マサ,どう思う?もし,4名が一同に介したら,この世界を奪えるか?」

 マサ「無理です。千雪はバカです。私も頭はよくありません。ほかの2名は,まだ優秀かもしれませんが,世界征服にはまったく興味はありません」

 総帥「なるほど,,,参謀がいればいいわけか,,,1週間後に千雪と会わせてくれ。顔を見たい」

 マサ「わかりました。では,私はこれで失礼します」


 マサは,その部屋を後にした。アカリは慌てて立って,マサの後を追った。


 

 マリカ「あの,これでよかったのですか?」

 総帥「ふふふ。娘は,とんでもない男を捕まえたものだ。使いようによっては,国を取ることもできよう。だが,問題は,参謀だな。天才的な戦略家が必要だ」

 総帥夫人「つまり,どういうことですか?」

 総帥「千雪の協力者になるということだ。出資してもいい。千雪に会社を興させてもいい。アカリを戦略家として教育していく。学校は止めさせる」


 総帥は,戸棚から5冊の本を取って執事に渡した。


 総帥「この本をアカリに渡してくれ。1週間以内に全部読めと伝えてくれ。その後,また,新しい本を読ます」


 執事「了解しました」

 総帥「果たして,マサの言ったことがほんとうなのか,うそなのか,,,1週間後が楽しみだ」


 

 ーーーー


 1週間が経過した。


 ハルトは,千雪を車に載せて天翔御殿に着いた。ハルトと千雪は,総帥の書斎に呼ばれた。そこでは,総裁,総裁夫人のカルレ,女性秘書のマリカ,執事,そして,アカリとマサがいた。


 お互いが一通り,自己紹介が終わったところで,全員が着席した。


 千雪「それで,呪詛の解除料ですが,20億円,準備いただけたでしょうか?」

 総帥「その件だが,娘のアカリは勘当した。もう,私たちの娘ではない。財産もいっさい相続しない。無一文になる。今はマサのものだ。マサに一任している」


 千雪「マサ? まあいいわ。カロック,どういうこと? 説明しなさい」

 マサ「つまり,お嬢様とその,,,性的な交渉を持ってしまいまして,お嬢様が妊娠してしまいました。それで,お嬢様は勘当になったのです。私がお嬢様の身元引受人というわけです。今日,私とお嬢様は,この家を出ます。それで,千雪の家に居候させてほしいのですが」

 千雪「はあ???何,バカ言ってんの!!カロックが勝手に妊娠させたんでしょ。自分で責任とりなさいよ!」

 マサ「千雪,私がこの世界にきたら,千雪が衣食住を面倒みると言ったじゃないか! 約束を反故にする気か?宣誓契約までした。もし,約束を反故にしたら,どうなるか分かっているよな」


 千雪は,思い出していた。その当時,森林火災でバタバタしていたが,それが解消された後,カロックと宣誓契約で,カロックは千雪の奴隷になるが,千雪は,カロックの衣食住を面倒みるというものだ。千雪がそれを思い出した以上,宣誓契約は有効になる。


 千雪「・・・,しゃくにさわるわね,,,アカリっていいましたっけ? アカリは,何か能力は持っているの?家を破壊できるとか,台風を発生させるとか?」

 アカリ「いえ,何もありません」

 千雪「じゃあ,完全にただ飯ぐらいか,,,料理はできるの?」

 アカリ「はい,多少はできます。でも,足が動かないと,料理もできないのですが,,」

 千雪「足なら治っているわよ」

 アカリ「でも,一時的にって,,,」

 千雪「はぁ??呪詛を解除するのに,一時的に解除できるものってないわよ。言葉のあやよ,あや!!まあ,料理ができるなら,女中ぐらいにはなるか,,,カロック,お前は,ここで,何か技能を身につけたの?」

 カロック「月本語を身につけました。携帯も扱えます。パソコンは,少しならできます」


 千雪「ほう,,,がんばったわね。結構,きちんと月本語を話すじゃない。じゃあ,今度から,人殺しはお前に任すわ。生気を奪うのにも,多人数になると少々面倒なのよ。お前なら完璧に蒸発させて殺せるしね」


 カロック「ご安心ください。微塵のカスも残さないように殺してさしあげます」


 こんな話を聞いている総帥たちは,目を白黒していた。


 総帥は,口を挟むタイミングを計って口をはさんだ。


 総帥「話し中すいませんが,一つ提案があるのですが」


 千雪「何か?」


 総帥「あの,千雪さんは,新しく会社を興すとかという予定はないのですか?もし,会社を興すのであれば,出資をさせてほしいのですが。当然,それなりの配当金は要求しますが,,,」


 千雪「出資ビジネスですか,,,興味ある話ですね。ですが,今は,必要ありません。日々,何億と現金を稼いでいる状況です。まあ,それだけ,人が死んでいますけど。50億円くらいたまったら,人を殺さないでいいビジネスをしたいと思っています。もっとも,残りの2名の仲間を見つけてからですがね」

 カロック「残りの2名ですが,わざと隠れているような気がします。千雪に会いたくないのでしょうね」


 千雪「ふん。50億貯まったら,強制召還してあげるわ。拷問して徹底的に働かしてやるわ。カロック,これが私の家の座標点よ。私を連れて転移してちょうだい」


 カロック「アカリはどうしますか?」


 千雪「まだ,転移に慣れていないから,車のほうがいいでしょう。ハルト,アカリを私の家まで送ってあげてちょうだい」


 ハルト「了解しました」


 カロック「アカリ,一足先に帰っているから,後で来なさい」


 カロックは,総帥と総帥夫人の方に向かって最後の別れの挨拶をした。


 カロック「いろいろとお世話になりました。では,これで失礼します」


 転移魔法陣が発動した。そして,カロックと千雪はその場で消えた,,,


 この場の全員が人が消えるのを初めて見た。


 総帥「私は,夢を見ているのか?」

 マリカ「夢ではないと思います。間違いなく消えました,,,」


 総帥夫人「アカリ! あなた,あんな化け物たちと生活していくのよ。大丈夫なの?やっていけるの?」


 アカリ「やっていくしかありません。それしか道はないのですから」


 総帥「アカリ,お前は,戦略を身につけなさい。そして千雪さんにいろいろとアドバイスしていきなさい」


 総帥は,さらに書斎から本を10冊取り出した。


 総帥「この本を持っていきなさい。後は,実践でやっていきなさい。それと,千雪さんが資金繰りに困ったら,私に相談するようにと言いなさい。100億円までなら,私の個人裁量で自由にできるから」


 アカリ「わかりました。覚えておきます。ハルトさん。すいませんが,私の部屋に段ボール5個ほどあります。車に積んでいただけますか?」

 ハルト「わかりました」

 執事「お嬢様,お手伝いいたします」

 アカリ「助かるわ。ありがとう」


 荷物を積み終わって,アカリは,最後に,両親と別れの挨拶をして,この家を去った。


 総帥は,秘書のマリカに言った。


 総帥「マリカ,千雪がこれまで何をしてきたか,今,何をしているのかを調べなさい。ついでに,ときどきは,アカリに会いに行って,アカリが千雪の家でどんな生活をしているのかも見てきなさい」


 マリカ「了解しました」

 

 総帥夫人「あなた,アカリを見捨てるんじゃなかったの?」


 総帥「これは,転機になるかもしれん。アカリが次期総帥としてやっていけるかの試金石だ」


 総帥夫人「でも,アカリにはお腹の子が,,,」


 総帥「跡継ぎが早くできていいじゃないか。結構なことだ」


 総帥夫人「・・・・」


ーーーーーーーー

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