第7話
「
彼女の声は僕以外には聞こえないらしい! これは大発見だ! もしかすると、彼女の姿は僕以外には見えないのかもしれない。僕は選ばれた人間なんだ。僕は、あの素晴らしい鏡の持ち主なんだ! おばあちゃんが遺してくれた素晴らしい鏡の! あの鏡がどれほど素晴らしいものかわからない親が可哀想だ。
自室を出てダイニングに向かう。テーブルには既に食事が並べられていた。平々凡々な食事だ。華やかさもなければ質素でもない。
母さんが面白みも無いデザートボウルをテーブルの中心に置く。そこにいられたら僕のいつもの席に座れない。
「母さん、邪魔だよ」
「もうちょっと待っ――」
――ガタンッ。ボウルが床に転がる。母さんの首が無い。体が、どうっ……と床にゆっくり転がった。赤色が、部屋を満たしていた。
僕がその場で何もできずに呆然と立ち尽くしている時間は長かったか、短かったか。
糸がぷつりと切れた感覚の後、僕は母さんだったものの体に近付く。首から上が無い。胴体だけがそこにはあった。さっきまで話していたのに、生きていたのに、今は――……死んでいるのか?
「母さん!」
やっと声が出た。ひりつく喉をふりしぼり、母さんを呼ぶ。何度も呼んだ。だが、胴体は動かない。何も反応が無い。どうしてこうなった。母さんはどうして、首を持っていかれた?
――僕が、邪魔だと言ったからか?
答えは簡単で、明確だった。そうだ。そういうことだ。僕は、母さんに「邪魔」と言った。だから、こうなった。邪魔する者を消してほしいと僕は願った。だから、彼女は、至極まともに願いを叶えてくれただけなんだ。僕の邪魔をする者を、消してくれただけなんだ。
「狂ってる……!」
少し考えれば
死体をこのままにしておけない。このままだと父さんが帰ってくる。父さんが見たらどう思うか。頭は何処に消えたんだ。母さんの首から上は何処へ行った? あちら側に持ち去られてしまったのか?
だが、僕が「邪魔」と言うだけで、人を消せるなら、これは好都合だ。気に入らない相手はすぐに消せる。僕は無敵なんだ。誰も僕に逆らうことはできなくなるはずだ。
体中に透明の糸が絡みついていく感覚がする。締め上げられる度に、感嘆の息を吐いた。利用できるだけ利用しよう。まずは学校のやつらを見返してやろう。僕について陰口を叩くやつは全て「邪魔」だ。消してしまえば良い。
父さんが帰ってきた。血だまりを見て言葉にならない叫びをあげ、僕が殺したと思ったのか殴ってきた。
「父さんも邪魔だ」
僕が言葉を言い切ったか言い切るより前だったか、父さんの体が縦に裂け、血が噴水のようにあちこちに飛び散った。汚いな。汚れるだろ。
これで、僕の邪魔をする者はもう家にいない。僕は、無敵なんだ。
さて、まずは死体をどうするかだ。このままだと腐って異臭で周りに気付かれてしまう。いや、もしかして。
「この死体も邪魔だ!」
死体がはじけ飛んで消えた。地面に赤い池だけが遺されている。鉄臭くて、これだけでも軽くめまいがする。首無し死体を見てもどうとも思わなかったのに、これは気持ち悪い。きっと現実離れしすぎて脳が処理落ちしてしまったんだ。現実ではなく、スクリーンの向こう側の虚構の出来事。現実にはこんなことは何一つ起こっていない。それは選ばれなかったもう一つの可能性。僕が母さんに「邪魔」と言わなかった世界の未来。
死んだ未来を重ねたところで今は変わらない。もう決まってしまった運命を変えることはできないんだ。僕は掃除を終え、シャワーを浴びて眠りについた。もう今日は何も考えたくない。
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