第6話

 何度「助けてほしい」と繰り返しても、具体的な内容を提示しろと言われる。

 僕をぼんやりとした闇から救い出してほしかった。

 名状しがたき畏怖の念が心の中で大きく広がって、ドロドロとした暗黒の粘質生み出す。

 そんな妄想をどうにか止めてほしかった。

 僕は僕の中の狂気を消して欲しかった。助けて欲しかった。だが、それをそのまま口にしてしまえば、彼女はどのようにして願いを叶えようとするのか。それを自分で想像イメージすれば、僕ははらわたを引きずり出され、凄惨な最期を迎えるに違いない。頭で思い描いた妄想えいぞうが何度も再生される。僕が惨たらしく死んでいく姿が、何度も何度も何度も、再生される。

 ――そうして、どれだけの時間が経ったかわからない。夕焼けが消え入りそうな頃、こやけがあくびをした瞬間。

 僕はついに願いを口にした。

「僕の邪魔をする者を消してほしい。命を奪ってでも、神隠しに遭わせてでも、なんでも良い。僕の邪魔をするやつは、すべて、消してくれ」

「あはあは! それはとても甘美な願いでございますね。良いでしょう。私はあなたの側にいて、あなたの邪魔をする者を消してさしあげましょう。その代わり、私はあなたの時間を頂きます。それで、ほんとうに……よろしいですね?」

「それでいい! 僕の邪魔をする者を消してくれ!」

「では、あなたの願いを叶えてさしあげましょう。あなたの邪魔をする者をすべて消し去る。簡単なことでございますね。乞うご期待! でございますよ。私は私の責務をまっとういたしましょう。そして、楽しい演目を増やすのです。これも人生。あれも人生。人生色々。にんげんが生きるだけ、にんげんのものがたりが生まれるのです。劇場も満員御礼になることでしょう。満員御礼になれば、私は嬉しいのでございます。うふふふふ」

 狂った笑い声だけが、部屋の中を響いていた。

笑い声が静まった時分には、こやけの姿は消えていた。

 鏡には元通りに布がかけられており、僕の頭の中に声が響く。

「私はあなたの側で、あなたの邪魔をする者を消しましょう。ただし、絶対に、絶対に、雨が降っている間は鏡を見てはいけません。布を取ってはいけません。絶対に。絶対に、でございます。それを破ってしまうと、あなたの時間は一瞬にして奪い尽くされてしまうのでございますよ。絶対に、雨の日は鏡に触れてはいけないのです」

 絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に。

 声が何度も繰り返す。

 雨の日に鏡を見たらどうなるのだろう。時間を一瞬にして奪い尽くされてしまうというのはどういうことだろう。気になる。そう言われると、気になってしまう。カーテンを閉じ、僕はベッドに体を沈める。

 天井に貼ってあるロックスターのポスターを眺める。

 おじさんに貰ったもので、僕は何も思い入れが無い。貼っておかないと失礼だと言われたから貼ってある。

 ……今、目が動かなかったか? 視線を感じる。どこからか見られている感覚がする。冷気が肌を刺していく。つめたいなにかが肌を撫でる。

 妄想が膨らんでいく。あのポスターの目を通して彼女はこちらを見ているんだ。狂気はあの目から溢れてくる。

 勉強机の前に貼ったアニメのポスターの目からも視線を感じる。棚に飾ったぬいぐるみからも、目のあるもの全てから、視線を感じる。

 見られている! 僕は、監視されているんだ! 僕を護る狂気に!

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