第4話

 僕は上機嫌で帰路につく。

 途中の公園で着物姿の男性を見かけた。眼帯をしていて、線の細い人だ。僕を見て、口を開いた。

「もう、あの鏡を覗かないほうが良いよ」

 ふわふわとしていて、実体のないような、危うい気配がする。掴みどころがないといえば良いのかもしれない。

 僕の目の前にいる男性は、人間離れした奇妙な美貌を持っていた。道ゆく誰もが振り向くような顔をしているというのに、僕の隣を通り過ぎる人々には、彼が見えていないような素振りだった。

 もしかすると、あやかしの類か? 化け狐でも出たか? 切長につりあがった瞳にはくれないが乗せられており、睫毛も長い。

 化粧には魔除けだとか、見せたくないものを隠すためだとか、理由があると昔読んだ本に載っていた。この場合は、後者か?

 鏡のことを見ず知らずの人が知るわけがない。きっと、何かあやかしの類だ。

「あんたはいったい何者だ!?」

「僕はただの拝み屋だよ。それ以下でもそれ以上でもない」

 拝み屋なんて胡散臭い。

 こんなにも胡散臭いやつがいるのに、僕らの周りを人々が通り過ぎる。まるで僕すら見えていないようだ。

 あの女は道のど真ん中を歩いていて気に入らない。飼い犬に噛まれてはらわたを食いちぎられてしまえば良い。

 僕がそう思った途端に犬は唸り声をあげ、飼い主の女に噛み付いていた。

 僕の考えた恐ろしいことが現実になるのか? これは素晴らしい能力だ! それなら、僕に鏡を見ることをやめるように言ったこいつも!

「何か悪だくみしてるようだけど、僕は拝み屋だから、呪いは返しちゃうよ? もちろん倍返しで苦しんでもらうことになるけれど」

 思考停止する。胡散臭さから考えて本物の拝み屋かもしれない。誰にも彼の姿が見えていないように思えるから、かなり腕の良い拝み屋だ。

「あの鏡は僕を助けてくれるはずだ」

「鏡が、というよりも、こやけがだよね? まあ、扱いを間違えなければ彼女はキミの味方でいてくれるよ。ただ、人間ではないから、人間の常識は通用しない。……今ならまだ引き返せる。鏡を見ずに割れば良い」

「僕の鏡だ! 僕がどうしようと勝手だ!」

 男を無視して僕は家へ駆け出す。足音は聞こえない。追ってこないようだ。

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