第2話
ごきゅ、ずりゅ、ばき……っ。
おおよそ、この場の雰囲気と似合わぬ音をたてながら、「こやけ」と名乗った狂気が鏡から抜け出してきた。
窓から射し込む夕陽が鏡に反射して眩しい。僕はカーテンを閉め切り、彼女と向かい合う。
目尻が吊り上がり気味の赤い瞳は燃えているようにも見える。意志の強さを感じられるような瞳だ。髪の色は鏡の中よりも落ち着いて見える。
僕と目が合うと彼女は口角を吊り上げた。
「ハイハイ、どーもどーも! 改めまして。新たな持ち主さん。
「
「オヤマア、あっさり教えてくださいましたね? 怪異と話す時は真名を教えては、ならないのです。あはあは! まっ、私はわぁるぅい霊ではございません故。お気になさらず、ソウルくん!」
「ひゃいっ!」
名前を呼ばれた瞬間、電流が全身を駆け巡ったようだった。何か見えない糸が体のあちこちに括り付けられて、操られるような、ゾッとする感覚が頭をよぎる。
僕はこういう妄想ばかりしていて、親にも知人にも、こういう話ばかりしている。友達と呼んで良いかわからないから、知人だ。
妄想で勝手に不安になって、過呼吸を起こして、いつも保健室行き。だから、授業もまともに受けたことがない。
頑張って勉強して、親の期待に応えて入った高校。入学して、授業が始まって三日ほどで、保健室通学だ。
教室にさえ入れないんだから、退学を考えているけれど、両親はまだ僕に期待しているようだ。
こやけは両腕を広げて、僕に語りかけてくる。まるで、赤ん坊をあやすように。
「あなたの悩みの種は尽きないご様子。私、あなたのようなにんげんがだぁいすきでございます。私なら、あなたを救えます。私に身を委ねるだけで、ありとあらゆるものから助かるのです。ですが、それには代価を頂きます。等価交換でございます。何かを得る為には、他の何かを失うのです。あなたに、その覚悟はございますか?」
僕は首を縦に振った。何を失うかはわからない。だけど、僕を助けてくれる存在がいるならば、それに賭けてみようとも思った。
「フム。そうあっさり快諾されてしまいますと、私はつまらないのでございます。まずは一度断って欲しいのです。それからもう一度このままで本当に良いのかと尋ねるので、そこで迷いに迷った挙句、私の力を欲してくださいませ。もう一度初めからやりなおしたいところではございますが、そろそろ夕焼けも消えてしまうのです。夜が降りてくる時間にございます。また夕焼けの綺麗な黄昏時に鏡を夕日に当てなさい。そうすれば、この鏡は繋がるのです。あなたの想像の及ばぬ、
そう言い残して、こやけは鏡に手を差し、まるで関節が鳴るかのような音をたてながら、向こう側へ帰っていった。姿が見えなくなる。鏡には、僕が映る。
急にキーン……、と耳鳴り。それから頭痛。
声が頭の中に響いてくる。さっきの声だ。鈴を転がしたかのような、耳当たりの良い声だ。聞いているだけで何らかの癒し効果があるような気がする。これがあの怪異の声だとは思えないくらいに。
「鏡には色々なものが宿るのです。私のような優しいものなら良いのですが、わぁるぅい霊もいるのでございます。ですから、普段は布を被せておけなのですよ。それと、雨の日は絶対に布を取ってはいけません。もしも布を取ってしまった時、あなたは何者かに生活を覗かれることになるのです。ゾッとするほどの凍てつく視線が体中に突き刺さり、生きているのか死んでいるのかさえも判断できないほど思考が凍るのです。まあ、見られて興奮するタイプなら布を取ってしまえば良いのです。彼は私ほど優しくないので、あなたをすぐに食い物にするでしょうが……。誰にも負けない知恵を欲しい等の願いがあるなら、雨の日に鏡を見なさい。オススメはしないのでございますよ。あはあは! ついでにあなたの肩の胡散臭いやつをお土産に持って帰らせていただいたので、そろそろ効果が出ると思うのです。それでは、さようなら」
笑い声を最後に、頭痛は治まった。肩に乗っていた何かが落ちたかのようだった。
頭がすっきりしてきた。なんだろう、すごく、今なら何でもできる気がする。明日からきちんと学校に通えるかもしれない。
イジメにあったら、こやけに相談すれば良い。僕の味方になってくれるはずだ。僕を助けてくれるはずだ。
僕は、無敵だ。
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