第128話「ノケモノロック」
ネクスト・サンライズの最終審査は、各バンドの演奏を終えた。
俺は自分たちの出番が終わった後楽屋に突っ伏し、すべてを出し切ったのかしばらくの記憶がない。
『友達異常、コイビト欺瞞』と『Hello! Mr.SUNSHINE』がどんな演奏をしたのか、もはや知る由もない。
よろよろと、よろける足で立ち上がり、楽屋から出ようとしたところで一人の女性とすれ違った。
長い黒髪の女性は、あの日と同じように薄く笑みを浮かべて、「お疲れさん、少年」と言った。
俺はその背中が、ステージに向かって歩み行くのを見守ると、客席側に向かって歩を進めた。
*
AKIRAがステージに上がると、会場は爆音のような歓声が鳴り響いた。
それまでも多くのお客が演奏を見ていたが、あっという間に人の山が大きくなる。
会場は満員となり、入場規制もかかっているようだ。
俺たち出演者は特別席として、ステージ脇の関係者エリアからその様子を鑑賞することができた。
これほどに観客を取り込む様を見て、アキラさんと俺たち高校生のライブにかかる期待と言うものがまるで違うのだと実感した。
アコースティックギターを抱えたアキラさんは最低限の人数のバンドメンバーを引き連れ、マイクの前に立った。
「ごきげんよう、AKIRAです」
その自己紹介に観客は万雷の拍手と声援で答える。
「今日はネクスト・サンライズ最終審査という場をいただき、本当に感謝します。本来なら未来の希望溢れる若者たちの演奏だけで十分だとは思うのだが、少しばかり人生の先をいく私から、お時間をお借りし感謝と応援の意味も込めて、歌を歌わせてもらいます」
マイクを通したアキラさんの言葉は、大自然の空気によるリバーブがかかり、静まり返った観客たちの耳に響いた。
「その前に、少しだけ感想を言いたいかな」
アキラさんは、マイクには向かっているけれど、個人的にだれかと喋っているようなトーンで語り始めた。
観客たち一人ひとりは、その対話相手として、静かに耳を傾ける。
「高校生たちの演奏を見て、聴いて。私も自分の学生時代を少し思い出したんだ。私は、とても素晴らしい人間関係に恵まれていたのだと、今になって思い知る。けれど当時はそんなことも考えられず、1人孤独に生きているのだと思っていたけれどね」
少し茶目っ気交じりに語る彼女の過去。
それはこれまで、どんなインタビューや取材でも語られることのない情報だった。
以前、少しだけ俺に語ってくれた時、その時初めて俺たちのバンド名が決まったんだ。
「私の経験上だけどね。なにごとも、問題の最中、渦中に囚われている時は真っ暗闇のどん底に居るように思えるんだ。辛い、暗い。涙だって、枯れてしまいそうなほどだ。だけど、なんとか歯を食いしばって切り抜けた先で、ふと振り返ってみると、そこはなんてことないただの道だった、なんて事は多々あると思う」
そこで、息を吸い、会場全員に向かって言った。
「だからこそ、一人ぼっちを選ばないでほしい」
「どんなに辛くても、孤独に感じていても。生きてさえいれば誰かと関わっていく」
「心臓が鼓動し続ける限り、我々の音楽は鳴り止まない」
「時にお互いの音楽が干渉しあって、不協和音になり掻き消し合ってしまうかもしれない。だけど絶対に、音楽を鳴らし続けることをやめないでほしい」
「すべてをうまくやるのは無理かもしれない、時に諦めなければいけない時が来るかもしれない。だから、そんな時は、ふと思い返して欲しい」
「無敵だったあの頃を思い出して、また前を向いてがむしゃらに走ってみよう」
「いつの間にか、同じように1人で走っているやつに追いついて、仲間になっているかもしれない」
「時に私の歌だって、誰かの人生に寄り添えるかもしれない」
「私たちはノケモノであっても、ひとりじゃない」
そう喋るアキラさんは、視線を巡らせて俺に向かってウィンクをした、ような気がした。
それまるで、あの京都の晩の借りを返してくれたかのようだった。
俺は、相変わらず粋な気遣いのアキラさんに苦笑する。
「そんな私の思いを込めた新曲、すべての人に、聴いてほしい……『ノケモノロック』」
アキラさんの演奏は、シンプルでパワフルなロックンロールミュージックだった。
どこかお気楽で、無理に励ますでもがっしりと寄り添うでもない。
以前彼女が語っていた。音楽は、人の腹を満たすわけでもなければ、欲望を満たしてくれるわけでもない。
だけど、古来からずっと人は音楽を奏でてきた。
それはたぶん、誰かに何かを伝えたいからで。
音楽とは、人の心をほんの少しだけ変えてくれて、見えている景色が僅かながらに明るく色を変えるような、そんな魔法なのかもしれない。
俺はやり切った充足感でその音楽を聴く。
この観衆の中には、音楽に合わせて楽しく心躍らせている人がいるかもしれない。
あるいは、落ち込んだ心を癒している人もいるかもしれない。
人それぞれな、ノケモノな俺たちは。
この僅かな時間をそんな”音楽”で繋がっていた。
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