第120話「高校最後の夏祭り」

 一学期も早いもので期末テストを終え、夏休みが眼前に迫っていた。

 夏休みの後半、8月にはRISE・ALIVEが控えている。


 しかし差し迫る本番の前に、もう一つのイベントがあった。

 それはもちろん、この街で開かれる夏まつりである。


 今年の夏まつりの恒例のライブイベントには『Yellow Freesia』と『LoL』が出場する。

 俺は、絶対に観戦するようにと、各バンドの女子たちから口酸っぱく言われていた。

 最近はバンドの練習はもちろん、アリサとのユニット活動に加え、橘も何かにつけては俺を振り回すので手一杯だった。


「……朽林君も、なんか大変だね」

 そんな俺を、川上理科は労ってくれた。

 彼女はつつましい紺色の浴衣に身を包み、夏まつりらしい風情ある格好をして俺と並んで祭り会場の端にある休憩所でラムネを飲んでいた。


「ありがとう。なんか最近の女子たちの中で平和なのは川上だけな気がするよ……ところでランボーはどこいったんだ?」

 俺の感謝に微妙な苦笑をしながらも、本来彼女の隣にいるべき男の居場所を聞く。

 というのも、俺がライブが始まるまでの時間をふらふらと祭り会場で散策していたところ、一人たたずむ川上を見つけ、とりあえず肩を並べて今に至る。


「なんか、私に『スペシャルな戦利品を持ってきてやるぜェ』って言ってどっか行っちゃった」

 絶妙にランボーの口調を上手にマネする川上に、なんだか微笑ましくなった。

「バンドメンバーの俺が言うのもあれだが、あいつと付き合うの大変じゃないのか?」

「あはは……まあ、たまに。でもそれも蘭越君のいいところだから」

 恋は盲目……俺は黙っておくことにする。


「んで、どっちから告白したの?」

「ええっ、なんで急にそんなことを聞くのかな……。一応、蘭越君から」

「へー、なんて言われたの?」

「……『オレと一生一緒にいてくれやっ』って」

 なぜそのフレーズを……。

 本当にそんな告白でよかったのか、川上よ。

 当の本人はその時を回顧しているのか、顔がみるみる赤くなる。


 そんな風に川上に対してセクハラごっこに興じていた時、当の噂の彼氏、ランボーがこちらに走ってくるのが見えた。

 彼は両腕を後ろに回し、何かを隠し持っている様子だ。


「おう、クチナシ。来てたのかァ。……理科、戦利品、ゲットしたぜェ。屋台のくじで、引き当てたんだァ」

 そういいながら、ランボーは川上に向き直し、その戦利品とやらを手渡す。

「わあー!……ありが、と、う」

 川上の顔色は、コマ送りのように無邪気な喜びからひきつった笑みに変わる。


 ランボーが得意げに手渡したそれ。 

「これで肩のコリをほぐして受験勉強頑張ろうぜェ!」

 白くて丸い頭の、ハンディタイプの電動マッサージ機だった。


「あー、うん、そうだね!」

 無邪気なランボーと笑いを必死にこらえる俺の間で、川上はやけくそな空元気でそれを受取ろうとする。


 ネタとしては十分すぎるが、さすがに高校最後の夏祭りにおける、付き合いたてのカップルの思い出としては残念過ぎるので俺が割って入った。

「まあまて。実は俺も肩の凝りがひどくてな。そのマッサージ器を俺にくれないか」

「ああァ? ズリィぞクチナシ!」

「タダとは言わん、ちゃんと買い取らせてもらう。その金で、代わりにあの辺の露天商でアクセサリーでも買ったらどうだ?」

 俺の代案に川上はすかさず乗っかる。

「うん、朽林君、さっきからずっと肩痛そうだったもんね。いいよ、あげるよ! だから奉ちゃん、一緒にアクセサリーを選んでもらっていい?」

「そうかァ、まあ、理科がそれでいいならいいけどよォ」

 そういいながら、川上は俺に向かって感謝の意を込めて電動マッサージ機を手渡しながら、二人で連れ立って露天商の方に向かった。


 俺は、一人。

 電マを片手につぶやいた。

「奉ちゃん、かぁ」

 あー。そろそろ、ライブの時間だなあ。

 これ、どう処分しようかな。

 とりあえず、尻ポケットに雑に突っ込んでおいた。



 ライブ会場には、多くの人が訪れていた。

 年々規模が大きくなりつつあるこの素人参加型カラオケ大会は、もしかしたら数年後にはフェスになっているかもしれない。

 そんな活気を見せる会場で、俺はスパコン、ランボー、川上。そしてサラと合流した。


「柊木さんたち、トリだって」

 サラは、今年は浴衣ではなく普段と同じようなオフショルダーのトップスにデニムパンツという簡素な恰好だった。

 直前まで柊木たちといたようで、俺たちとはライブ会場で合流した。


 ステージ前はスタンディングとなっており、下手なフェスのいち会場くらいありそうな規模だった。

 最前付近まで人並みを縫ってたどり着くと、最初の出場バンドである『LoL』が準備をしていた。


「あ、クチナシ先輩! あたしがんばりますよ!」

 橘はステージ上から俺を見つけるなりそう叫び、そしてマイクがその声を拾って会場中に響いた。

 相変わらずドラムの高千穂が頭を抱え、ギターの市来が「本番までマイク切っときなさいよ!」と律儀に突っ込んでいた。


 辺りからは失笑が漏れ、なぜか俺の顔が赤くなる。

「く……なんなんだよ、まったく」

「うらやましいぜ、センパイ」

 横から茶々を入れるスパコンの腹を肘で押し返した。


 そんな一幕を演じた後、ついにライブが始まる。

 春藤祭では、俺と霧島がピンチヒッターで入り演奏を無事終えた。

 つまり、これが彼女たちの正規メンバーでの、初ライブだ。


「よろしくお願いします!『LoL』です!」

 

 威勢のいい橘の声で、演奏が幕を開ける。

 リズムのいい高千穂のドラムが、高速のツービートを叩き上げる。

 どこか聞き覚えのあるパワーコードを市来が必至にかき鳴らし、ベースの田辺もそれに続く。

 マイクを握りしめ橘が歌い始めたとき、俺はようやくその曲を理解した。

 

 『river side moon』のメロコアパンクアレンジだ。

 原曲は重いリフで始まるが、彼女たちのは底抜けに明るいガールズパンクに仕上がっていた。

 ……まったく、だれがこんな事思いついたんだよ。


 俺は自然と笑みがこぼれる。

 橘のボーカルは俺の想像をはるかに超える、個性的で伸び伸びとしたロックシンガーだった。

 会場は一気に熱気に包まれる。

 もう彼女たちは、立派なロックバンドだった。


 

 橘たちのバンド、『LoL』は初ライブながらも堂々とした演奏でライブを終えた。

 『river side moon』のパンクアレンジバージョンと、『僕らが居たいのは永遠』の二曲を披露し、お客たちもノリのいい曲に合わせて沸いていた。


 そして、今は付近の大学に所属するジャズ研のバンドが演奏をしている。

 この組みが終われば、トリとして『Yellow Freesia』が登場する。

 

 それなりにうまい大学生のジャズを聴いていると、俺の隣には演奏を終えた橘と高千穂がやってきた。

「おう、お疲れ。いい演奏だったぞ」

「クチナシ先輩、ありがとうございます。あと、勝手に曲をアレンジしちゃってすみません」

 橘は全然悪びれる様子もなく、むしろしてやったりという顔で言った。


「そうだぞ、許可なく勝手にやられると困る」

「実はあれ、スズのアイデアなんで」

 橘はしれっと責任転嫁すると、高千穂は頭を高速で振り平謝りをした。

「そ、そうですよね、すみません、やっぱり先に許可を取ろうって言ったのにエミリがサプライズでやる方がいいと言ったせいでしてっ」

 高千穂は恐縮しっぱなしで縮こまっている。

 それにしても、あのアレンジの出来は良かった。高千穂の音楽センスがいいのだろう。


「困るんだよな、本家よりも良いなんて言われかねないからな」

 俺がそういうと、高千穂はバッと顔を上げて嬉しそうにはにかんだ。


「そうそう! 本家なんて超えてなんぼなんだからさ!」

「おい、橘。あんまり調子には乗るなよ。……八月の本番で、本家の実力をしっかり見とけ」

 俺はそう言いながら、すぐ調子に乗ろうとする橘のオデコを突いてたしなめる。

 まったく、将来が恐ろしいほど楽しみな連中だ。


「ところで、先輩のポケットに入ってるのって、マイクか何かですか?」

 橘が、例のアレに興味を示す。

「……ああ、そうだ。祭りのくじで引き当ててな。お前にやろう」

「いいんですか! ありがとうございます!」

「ビブラート機能付きなんだ。大事に使えよ」

 俺はそれを手渡すと、橘は心底嬉しそうに微笑むので少しばかり胸が痛くなった。

 その隣で、高千穂が顔を真っ赤にしてアワアワしている。


 ちょうどその時、ジャズバンドの演奏も終わり舞台転換の時間となった。

 いよいよ、『Yellow Freesia』の出番である。

 心なしか、お客の数も増えている気がする。

 昨年、この夏まつりの場で大きな反響を得たおかげだろう。


「そういえば、クチナシ先輩」

 唐突に、橘エミリは思い出したかのように話を始めた。

 舞台上ではすでに、アリサたちが並びセッティングを行っている。

「どうかしたか?」

「前に霧島先輩にも同じ質問をしたのですが。クチナシ先輩にも聞いてみようかなと」

 ステージを見ながらも、回りくどく説明する橘を横目で窺いながら続きを待つ。


「クチナシ先輩は、どうしてライブをするんですか?」


 橘の質問が届いた瞬間、ステージ上からは爆音のギターがかき鳴らされた。

 アリサが『スノウドロップ』の熱唱を始める。

 その轟音にかき消され、橘の質問に対して俺は回答できなかった。


 『Yellow Freesia』の演奏を、観客たちは大歓声で迎えた。

 かつてはネクスト・サンライズの二次審査で炎上状態であった彼女は、未だに批判的な声は寄せられることもあるようだが、ライブステージの上ではそんな影響を微塵も感じさせない。

 結局は、この場でどう感じるか、それがすべてなのだろう。


 身勝手に都合のいい情報だけをクローズアップし、批判し見下す。

 そんなネット上での卑怯な行為に、彼女たちは負けなかった。

 こうして、彼女たちのライブを期待し、求めて、この場に詰めかけた観客たちは、両手を振り上げ大声をあげて彼女の演奏を受け止めている。

 

 続く、『がらくたのうた』でも、会場の一体感は変わらなかった。

 だけど、少しだけ今までの彼女たちのライブとは雰囲気が違う。


 今までは、鮮烈な印象で、アリサの自分自身の存在証明がテーマだった気がする。

 だからこそ、粗削りでも勢いがあって、上手じゃなくても魅力的だった。


 でも今は、少し成熟した趣を見せている。

 堂に入ったような、落ち着きと創作に対する表現を行うような、いうなれば作品としてのライブを行っている。

 もちろん、観客たちはその様子を楽しんでいる。

 これはおそらく、アリサ自身の心境の変化もあるのだろう。

 初対面の人たちにケンカを吹っ掛けるようなライブではなく、お客さんとの対話を楽しむような演奏だ。

 彼女たちのバンドの進化を、俺はまざまざと見せつけられた。


 その中で考える。

 俺がライブをする意味というものを。

 

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