第118話「笑い転げるように」
「改めまして、『LoL』です。よろしくお願いします」
あたしがマイクに向かって自己紹介をするも、観客からのざわめきは収まらなかった。
それでも、構う必要はない。あたしは頼もしいメンバーたちに目配せをすると、スズが頷き返してカウントを始めた。
改めて始まる一曲目、『river side moon』。
霧島先輩がギターを弾くこの曲が聴けるのは、おそらく一生の中でもこの一回限りだろう。
それまで、練習なんかしたことないはずなのに、霧島先輩は完璧に弾きこなす。
霧島先輩特有の、ギターがバンドの主人公なんだと言わんばかりの傲慢で圧倒的なプレイ。
それに負けないように、あたしも魂を込めて歌う。
サビに入ると、クチナシ先輩がコーラスを入れてくれる。
クチナシ先輩の歌声は本当に不思議で、上手だと主張していないはずなのに、なぜか心に残る。
そして、今は私の歌に寄り添ってそっと力を貸してくれる。
二曲目は、『僕らが居たいのは永遠』。
この曲が始まると、体育館は明るい歓声に包まれる。
クチナシ先輩は特に仏頂面だけど、あたしはこの曲も好きだ。
無邪気に明るい爽やかな曲に聞こえるけれど、何度も繰り返し聴いているうちにどこか寂しくもなる。
でもそれは実は計算し尽くされた仕掛けのようにも感じ、たぶん作曲者のテクニックなんだろうと思う。
あたしはそんな技術にも惚れ惚れする。
原曲のように、目一杯元気よく歌い上げると、体育館は手拍子に包まれる。
すると気を良くした霧島先輩が客を煽る。
コールアンドレスポンスが巻き起こり、会場は一つになる。
スズもそんな先輩2人に負けじと、ドラム捌きで応戦する。
この曲はお兄さんが演奏している曲で、元々気合が入って練習をしていたようだ。
アドリブのフィルインが多々盛り込まれ、会場のボルテージをさらにあげる。
クチナシ先輩の激しいスラップベースが入り、曲を締めた。
歌い終わると、会場は大歓声に包まれた。
でもあたしは知っている。
この声援はあたしではなく、2人の先輩と、お兄さんの大きな背中に立ち向かったスズに向けられたものだ。
あたしの歌に感動して、あたしに憧れて、あたしを何者かにしてくれる存在はまだ居ない。
だけど、今はそれでいい。
いつかきっと、あたしも先輩たちのように自分の看板を掲げて、そしてこの歓声を受け止めたい。
だから今は、このままでいい。
◇
春藤祭有志バンドライブが終わった後、先輩方へのお礼もほどほどに、あたしとスズは一目散にある場所へ向かった。
あたしは、相変わらず緊張するスズを背中に携えて、インターフォンのボタンを押す。
ショボイチャイムの音が響き、少しの間を空けて扉が開かれた。
「……はい、って、橘と高千穂さん……」
青い顔をした市来は、寝間着にジャンパーを羽織っていて、今さっきまで寝込んでいたように髪はボサボサだった。
学校からしばらく歩いた先、住宅街が立ち並ぶエリアに聳えるアパート群のとあるフロア。
詳しい住所は田辺に確認をした市来の家に、あたしたちは見舞いにやってきた。
「お疲れ、調子はどう?」
あたしが明るく聞くと、彼女は気まずそうに視線を落とした。
「……ゴメン、まだちょっと具合悪いかも。申し訳ないけど帰ってくれる?」
伏目がちなその表情からは、単に具合が悪いだけでなくあたしたちと顔を合わせるのが気まずい様子が見てとれた。
「うん。まあ、用が済んだらすぐに帰るけど」
あたしがそう返すと、市来は何かいいたげに眉を釣り上げ、背後でスズが頭を抱えるのが分かる。
「でも、一つ報告」
ただ市来の顔を見に来ただけではない。
彼女に伝えなければいけないことがある。
それが終われば、さっさと退散するつもりだ。
「あたしたちのバンド、有志発表部門で一位を取りました」
「はぁ?」
あたしの報告に、市来は呆けた声を上げた。
そして、「だって、メンバーそろってないじゃん、どうして……」とうわごとのように呟いていた。
そんな彼女に、あたしとスズはニヤニヤと勝ち誇った笑みを浮かべて、事の顛末を詳しく市来に向かって話して聞かせた。
困惑顔から反省顔へ、彼女の表情は移って変わる。
「ああそうだったんだ、よかったね……」
結局どうしていいのかわからない様子で、市来はそう述べた。
「ねえ、次は市来も一緒にライブして、一位を取ろうよ」
そんな彼女にあたしがそう言うと、今度はあからさまに眉間に皺を集めて苛立った様子で囁いた。
「……でしょ」
「ん?」
「無理に決まってんでしょ!? 大事な本番バックれて、先輩たちに迷惑かけて。今更どの面さげてエミリとスズと一緒にバンドやればいいのよ! いい加減ハッキリ怒ってよッ、私のせいで、どんだけ辛い目にあったか……ほんとは私のことなんて、ただの数合わせにしか思ってなくて、ちゃんと演奏出来ない私を恨んでるんでしょ……」
今にも泣きそうな声で怒鳴る彼女に、あたしは表情ひとつ変えずに答える。
「ううん、あたしもスズも別に怒ってないし」
「嘘つかないでよ! 普通こんなことされたら誰でも怒るよ!」
「だってあたし、変人だし。普通じゃないし」
「はぁ……?」
あたしが言った言葉に、市来は困ったように息を吐き出す。
振り上げた拳をどうしたらいいのかわからないといった風情だ。
「あたし、やっぱり市来と田辺とスズとあたしで『LoL』やりたいって思ったんだ」
そんな彼女に向かって、あたしは駄々をこねる子供をあやすかのように、静かに言って聞かせてやる。
「放課後にみんなで集まってバンド練習したり、バンド名決める会議をしたり。一つの目標に向かって、みんなそれぞれ練習して努力して……ってやってて本当に楽しかったんだ」
あたしは、本心から彼女に向かって思いを伝える。
あたしはまだ、誰かの何者かにはなれていない。
「だから、やっぱりこのメンバーでライブがしたい」
だけど、このメンバーのことをもっとよく知りたいと思うようになった。
「だからね、アイカ。一緒にライブしようよ」
「……う。うん。ゴメン、本当にごめんね……次は、もっとちゃんとするから……」
彼女は顔面をしわくちゃにして、あたしに飛びつき肩に顔を埋めてきた。
「もぉー、アイカは本当に困ったちゃんだな」
「誰のせいよ、誰の……まったくもう」
あたしの肩は、アイカの涙でびしょびしょになる。
だけど全然、嫌な気はしなかった。
抱き合って伝わる温もりで、今の相手の気持ちが少しだけわかる気がした。
「……さっき、クチナシ先輩が教えてくれたっす。7月にこの街で行われる夏まつりで、素人参加型のライブイベントがあるそうっす。先輩たちも去年参加した結構大きいイベントみたいっすよ」
スズが、あたしたちの様子に苦笑しながら、先ほど先輩から教えてもらった情報を伝える。
「つまり、本当の『LoL』のデビュー舞台はもう決まってるってわけ。さあ。アイカも早く元気になって一緒に練習がんばろー!」
あたしがグーを掲げると、泣きべそ顔のアイカが勢いよく拳をぶつけてくる。
それを見て、あたしたちは笑い転げるように笑みを浮かべるのだった。
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