第73話「嵐のような存在」

 霧島と日向がタッグを組んだバンド、『Hello! Mr.SUNSHINE』通称ハロミスとの対バン企画が決定した。

 ファミレスでの説明を受けてから数日が経過し、俺たちはそのライブに向けて練習のため再びスタジオ『しろっぷ』に通う日々が始まった。


 既に体に染みついた、この薄暗い物置のような練習部屋の空気に浸る。

「今回のセトリだが……」

 ベースを肩に掛けたまま、演奏練習の合間にライブの内容をミーティングする。


 今回のライブは、これまでの春藤祭やジョニーの同窓会、そして夏まつりから異なり実際のライブハウスにてお客さんにチケットを販売してお金を取るライブとなる。

 もちろん、出演料も発生するため、俺たちにはチケットノルマが発生する。

 ライブハウスを貸し切る代わりに、チケットによる利益をライブハウス側に支払う、その最低ラインがチケットノルマだ。

 達成できなければ自腹で払うことになる。


 さらに、今回のライブではその模様をインターネットで配信することが決まっている。

 『Hello! Mr.SUNSHINE』は、現在は現役高校生という情報だけが開かされている音楽ユニットとして、彗星のごとくインターネット上に登場した。

 楽曲は自身たちで制作していながら、プロ顔負けのクオリティと、十分すぎるほどの演奏技術と魅力を見せつけており、じわじわと知名度が上がっているそうだ。

 今回のネクスト・サンライズ一次審査突破を公表しており、早くも優勝候補として噂されている。


 そんな彼らの、数万人が登録しているチャンネルで今回のライブが配信される。

 しかもこれまでは収録した動画でしか音楽を発信していなかったハロミスが生の演奏を披露するのはこれが初めてだという。

 かなりの人数が視聴することが予想される。

 ……それにしてもまさか、霧島がそんな一団のメンバーになっていたとは想像もしていなかったな。


 これまでとは、敷居が高くなるライブということもあり、余計に気が引き締まっていた。


「既存曲の『river side moon』と『ASAYAKE』はやるとして、やっぱりスパコンの新曲もやりたいな」

「せやな……」

 満を持して、バンドの三曲目を制作したスパコンだがその顔は少し浮かない。


「でも、ワイ、作曲は何とか出来ても、作詞のセンスが……」

 スパコンは作詞の方を気にしていたようだ。

 確かに、これまでの二曲は歌う人間が詞を書いていたため、割とストレートに思いを綴る事が出来ていた。

 実際、歌詞なんて専門知識が要らないから作曲よりも簡単だと思われるが、やってみると作詞の難しさを思い知る。


「センスは気にしなくてもいいと思うが……」

 俺も正直、自分の詞に自信があるわけではないので気にしなくてよいと思っているが、スパコンに無理に書かせるべきか少し悩んだ。


「じゃあ、オレが書いてもいいかァ?」

 その時、出し抜けにランボーが言った。

 このライブの発端となったランボーは、最近の練習ではこれまでのアホアホな空気とは異なり、かなり真剣な表情をしている。

 作詞の申し出も、まっすぐにスパコンを見つめているため、俺たちもそれに真摯に答える。


「……ああ。歌う人間の方が、伝えたい事をダイレクトに書きやすいだろう。スパコンも異論がなければだが」

「ああ、いいぜ。ワイの思いは曲とビートに込めてあるからな」

 二人は頷き合い、作詞担当はランボーに決定した。


 これまでのライブとは、規模も決意も全く異なる。

 霧島たちとの交換条件、ライブ後会場でアンケートを行い『良かったと思うバンド』の得票数がハロミスの半分に達しなかったら。

 俺たちはネクスト・サンライズを辞退し、バンドは解散となる。


 正直、そんな約束になんの拘束力もない。無視しても構わない。

 瀬戸が以前のように何やら権力を利用しようが、歯向かったって言い。

 

 けれど、このライブで票を稼げないのであれば、ネクスト・サンライズの二次審査では結局同じことになる。

 俺たちはこの先、俺たちに何の興味もない人間の心を動かさなければならない。

 これはむしろ、チャンスだと捉えるしかないんだ。


 知名度抜群のハロミスを利用するぐらいの気持ちで、そのファンを搔っ攫ってやる。

 そのためにも、新曲の完成度は必要だ。


 俺たちは、もはや余計な言葉を交わす必要もないほどに、練習を再開させた。

 


 スパコンの新曲は、これまでにはないダンスナンバーとなっている。

 子気味よく刻まれる裏拍のビートに合わせて、ラップ風に歌うランボー。少しブラックミュージックのテイストを加えるアレンジはジョニーのアドバイスのおかげでもある。


 俺はそこに、スラップ奏法と呼ばれる、指で弦を叩き演奏するような演奏にも挑戦し、かなりライブではテンションが上がる仕様になっている。

 まだ歌詞は仮歌であり、ラララで歌っているが、ランボーがどんな歌詞を載せるのか、今は期待するしかできない。


 俺たちは練習時間を目いっぱい使って特訓に励み、既に秋の時頃、外は寒風が吹くがスタジオが蒸し風呂状態になるまで熱気を籠めた。

 時間となりスタジオから出ると、いつもの喫茶スペースにはサラが居り、意外にもその横にもう一人の人物がいた。


「あ、セイジ。お疲れ」


 アリサは、サラと座席一つ開け並んで座っており、お互いに会話も無かったのか視線も合わせず待っていたようだ。

 彼女が俺の名前を呼ぶと、サラはピクリと肩を一瞬振るわせて横目でアリサを見た。

 俺たちが出てくるまで、いったいどんな空気感だったのか想像もしたくない。


「お、おう。どうしたんだ?」

 なぜここに居るのか、何をしに来たのか想像もできず、俺はそう聞くしかなかった。

「カズキから対バンライブの話は聞いたわ! しかも相手は何やらプチ有名人らしいのね。どうせアンタのことだから、チケット販売に苦労してそうだと思って。一枚買ってあげるから」

「そりゃ、どうも……」

 わざわざここまで足を運んでくれて、チケットを買ってくれるのは助かる。ここの場所で普段練習していることは、以前メッセで伝えたことがあった。

 まあ実際のところ、俺たちがチケットを売れる相手なんて、あの時の草野球メンバーとか夏合宿の方々ぐらいしか居ないんでね。

 

「で、さっきやってた曲って新曲? コピーでもないよね」

「ああ、聞こえてたか」

 確かに、サラはいつもこの喫茶スペースで俺たちの練習をBGMにしているぐらいだからな。

 俺は別に、隠す事でもないので素直に答える。

「そうだ。今度のライブで披露する予定だ」

「ふぅーん、ま、期待しておくわ。 ただし!」

 アリサは、指をピッと立てて蠱惑的な表情の笑みを浮かべる。


「これで貸し一つだからね。アタシ達がライブをやる時は、アンタたち全員、ちゃんとチケット買ってもらうからね!」

 まあ、そんなことだろうとは思ったけどさ。別に貸しが無くたってチケット買って見に行きたいぐらいなんだけどな。

 そういうと、アリサは俺からチケットを2枚、(もう一枚は多村の分)を購入し、『しろっぷ』を後にした。


 相変わらず、嵐のような存在である。

 傍らで、ハァとサラを息を吐いたのが聞こえた。

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