第72話「Hello! Mr.SUNSHINE」
*
「と、いう訳になったァ」
「という夢を見た、とでも言ってくれた方がマシだ……」
俺はランボーの説明を聞き終わり、げんなりした表情で言った。
俺たちバンドメンバー一同は学校近くのファミレスに集まっていた。
というのも、霧島のバンドから企画ライブの詳細な情報を説明してもらうためだ。
霧島とは犬猿の仲とは言えど、ライブの出演者になる以上、最低限の説明は必要である。
俺たちはファミレスのボックス席を陣取り、セルフの水だけで粘っていた。あいつと茶を酌み交わすつもりは毛頭ない。
「でもよ。悔しいが霧島氏の言う通りだぜ。ワイたちは結局二次審査で上位三組に入れなきゃ最終審査までいけないんだろ?」
「まあ、そうだが……」
最終審査であるRISE・ALIVEのステージこそが、俺たちの目的地である。
その道中の審査では、並み居る強豪たちを押しのけていかなければならない。
一次審査を通過したバンドの数は十五組。二次審査では実際の演奏をライブハウスにて審査し、最終的に上位三組が最終審査として『RISE・ALIVE』のステージに立つことが出来る。
「それにしても、解散はないわよね。別にその主催ライブとやらはネクスト・サンライズとは何の関係もないんだし」
サラは腕を組みながら憮然とした表情で言う。
「というか、サラは別にこの場には来なくてもよかったんだぞ」
俺たち三人の座る隣のボックス席に、ランボーのクラスの委員長である川上理科と向かい合いながら座るサラに言う。
こいつは俺以上に霧島とは遺恨があり、出来るだけ顔を合わせない方がいいと思っていた。
「別に。私は川上さんと一緒にティータイムしてるだけだから、ね」
「……その、なんだかごめんなさい」
頬杖をつくサラにそう促されると、川上理科は申し訳なさそうに肩を落とした。
「気にしなくていいのよ。……川上さん云々は関係なく、どのみちヤツはこういう展開に持ってきたんじゃないかしら」
「そう、なのかな……」
川上理科はそう言われても所在なさげに視線を落とすが、サラの言いたいことはなんとなくわかる。
かつて、楽器がヘタクソな俺をダシにするつもりで先輩たちのセッションに連れて行ったヤツだ。
今回のライブもそういう魂胆に違いない。
川上理科とランボーの一件はあくまできっかけにされただけで、適当な難癖をつけては結局こういう勝負を仕掛けてきたことだろう。
どうせ、少しでもネクスト・サンライズ二次審査の候補者を減らしたいのか、あるいは俺たちに嫌がらせをしたい魂胆だろう。
「はっ、揃いもそろって冴えねえ奴らが居やがる。マジでウケるな」
その時、悠々とファミレス店内を闊歩し、俺たちのボックス席の向かい側のソファに浅黒い顔のソイツは腰を下ろした。
霧島はふんぞり返る恰好で胸を張り、足を組んで薄っすらと口の端に笑みを浮かべている。
俺はソイツの顔を挑戦的に睨み返す。
もう、俺とこいつはバンドマンとしては対等な立場のはずだ。
「おーい、こっちこっち」
そんな俺の目線にも動じず、霧島はファミレスの入り口に向かって声を出した。
その方向からは、おそらく霧島のバンドメンバーであろう学生数人がぞろぞろと歩み寄って来る。
そして、その歩み来る人物をみて、俺たちは揃って目を丸くする。
「あ……」
「どうもよろしくなー! って、ん……? お前、あの時の内野ゴロマンじゃんか! お前が翔斗の言っていた生意気バンドマンか!」
ツンツン頭の野生児じみた海寒高校の学生、日向大洋は以前のように熱すぎる漫画の主人公みたいな笑顔で俺たちに挨拶する。
そして、その背後に居る女子にも見覚えがあった。
「ってあれ!? 朽林君、だよね?」
以前、バイト先で知り合った佐伯七瀬が、艶のある黒髪をなびかせて驚いている。
「なんだお前ら、知り合いなのかよ」
その様子を見て、むしろ一番困惑しているのが霧島だった。
まあ確かに、普通に暮らしていれば俺のような日陰に暮らす学生が交わるような人種じゃないよな、こいつら。
そして、一団の後方に居る人物にも、見覚えがある。
「えっと、たしか瀬戸……」
黒い癖のある髪が鬱陶しくないのかと聞きたくなるほど眼前に垂れ、黒縁眼鏡のレンズの奥からは相変わらずこちらを冷めた目線で、通行人Aぐらいの感覚で見つめてくる、見覚えのある長身の学生が立っていた。
「こいつは瀬戸悠士だ。ベース担当で俺の幼馴染だ! んで、こっちがドラムの高千穂隆」
日向が勝手に紹介する。
瀬戸の隣に立っていたのは、身長百九十センチぐらいありそうな長身の男子生徒だ。
見た目はバンドマンというよりもラグビー選手か何かと思えるほど、屈強な体つきをしていた。
彼はコクコク首を頷いて、どうやら挨拶のつもりらしい。
彼と会うのは初めてのはずだ。
「キーボードの七瀬とギターの翔斗の事は知ってるみたいだな。そして俺がボーカル、日向大洋だ! というわけでよろしくな! 俺たちが『Hello! Mr.SUNSHINE』だ!」
日向大洋が腕を腰に当て、仁王立ちになって叫んだ。
ファミレスの店内に響き渡る大声で、数は少ない他の客たちが訝しむ視線をこちらに向ける。
「……とまあ、そういうことだ」
少し調子が崩された霧島が少し滑稽であった。
しかし、霧島のバンドメンバーがまさかこいつらだったとは。
「……なあ、別に話は霧島君がいれば十分だろ。俺は向こうの席でメシ喰ってる」
マイペースに瀬戸が言うと、「お、俺も腹減った! ゴチになるぜ悠士!」と日向も続く。
その背後を高千穂もついていき、男子達三人は「おごらねーよ」とガヤガヤしながら去って行った。
「もう、男子共ったら……」
そんな様子を佐伯がため息を吐きながら見送る。
しかし、その後にはクスリと笑って日向を指さし「ねえ、彼って海賊王になりそうでしょ?」と冗談っぽく言った。
*
改めて、ボックス席の片側には俺たちバンドメンバーの三人、向かい合う席には霧島と佐伯が着いた。
佐伯は事務的な口調で企画ライブの概要を説明する。
「今回のライブは対バンライブ、出演者は私たちと、霧島君の先輩の剣崎さん方が一組、そしてあなた達の全三組ね。本番は二週間後、会場はキューブ・モールよ」
対バン企画とはよくライブハウスシーンの音楽に触れる人なら聞き覚えもある単語だろう。
つまるところ複数のバンドが一つのライブに出演するということで、まあ学祭ライブと形式はそう変わらないかもな。
語源は対決バンドライブなのだと思うが、本来は対決要素は無い。
今回のアンケートでの得票数で競うのは、霧島発案の事だろう。
「キューブ・モールって、街中のあそこだろ……? キャパは……」
「大体百五十人ぐらいかな? 多分満員になると思うけど」
さらりと言う佐伯の顔を、俺はマジマジとみてしまった。
確かに、剣崎という男は俺も知っている。俺たちの高校の先輩で、既に卒業しインディーズで活動しているらしいが、この辺りじゃそこそこ有名らしい。
それにしたって、現役高校生が残りの二組のライブにそれほど集客が見込めるのだろうか。
「ああ、言っておくがお前らにもノルマはもちろんある。でも、はなから売りさばけるなんて期待してねえよ。俺たちハロミスの初ライブとあって既にかなりバズってるからな」
霧島が自信満々にそういい、佐伯もまんざらでもなさそうな顔で頷く。
そこに、口を開いたのはスパコンだった。
「……ハロミス、『Hello! Mr.SUNSHINE』って、やっぱり今SNSで話題の現役高校生バンドのあれなのかよ……?」
スパコンがスマホを取り出し、赤い再生ボタンがアイコンのアプリを立ち上げると、いくらか操作してとある投稿チャンネルを開いた。
そこには、『Hello! Mr.SUNSHINE』の文字と共に、数万人の登録者数を示すカウンターと、二十万再生を超える彼らの代表曲の動画が示されていた。
その中に、見覚えのある映像がある。
そういえば、夏の合宿の時、そんな動画が俺たちの話題に上ったこともあったか。
つまり、佐伯が投稿したことのあると言っていた弾き語り動画の正体は、あの夏合宿の時に長岡さんが見ていたもので、歌の主は日向だったということか。
「そういうことだ。お前らも共演させてもらえるだけ、ありがたいと思えよ」
霧島が挑戦的に俺を見据えてそう言った。
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