第69話「座して待つ」

 ある日の放課後。

 俺はスパコンとランボーと共に、教室に残っていた。

 というのも、今日がネクスト・サンライズ一次審査の合格発表日であるからだ。

 応募者には審査結果がメールで知らされる。

 つまり、これまでの特訓やレコーディングの成果が、今日分かる。


「ああああ……メールはまだ来ない……」

「クチナシ、緊張しすぎだろ。き、気楽に構えようぜ」

 そういうスパコンは、指先が震えている。


「座して待つっていうだろォ。気晴らしにランニングでもしながら待とうぜェ」

 全然座してないよなそれ。


 俺たちは三者三様、ソワソワしていた。

「まったく。自信はあるんでしょ。栄光を信じなさいよね」

 そんな様子を見かねて、サラはハァと息を吐いた。

「そういうサラも、カーディガンのボタン掛け違えてるぞ」

「えっ、ちょっと早く言いなさいよそれ」

 慌ててボタンを直す彼女指先も、微妙に震える感じがあり、俺たちと同じく緊張を共感しているのだと悟る。

 

 その時、教室の扉が開き一人の女子生徒が入って来るのが目に入った。

 彼女は、おさげに結った髪と、大きな黒縁眼鏡がイマドキ古すぎて逆に新鮮にも映る、地味な印象の女子生徒だった。

 見知らぬ顔なので、他クラスの生徒だろう。

 いったい何の用事だろうと疑問符を浮かべると、辺りを見回して人を探している様子だった。


「あ、……蘭越君、ここにいたんだ」

 メガネ女子はこちらに近づき、ランボーに話かける。

 そういえば、ランボーの名前は蘭越だったね。


「オウ、なんだァ委員長じゃねぇかァ」

 ランボーは見知った様子で応える。どうやらランボーのクラス委員長であるようだ。


「蘭越君、まだ進路希望調査票出してないよね……クラスで出していない人、あとは蘭越君だけだから……」

「そうかァ、わりィな。委員長。後で書いとくぜ」

 そういうと、ランボーのクラスの委員長は、釈然としない表情をしながらも、俺たちに「お邪魔しました」とばかりにペコペコ頭を下げて教室を後にした。


「ランボー、まだ希望調査票だしてないんか?」

 スパコンが尋ねると、ランボーは指をグッとさせて答える。

「いや、一回出したぜェ。将来の夢はロックスターだァ! お前らもそうだろ?」


 その答えに、俺たち一同は、こいつってここまでアホだったんだ……とばかりにため息をこぼした。

 

「でもなぜか、担任教師はブチ切れして出し直しって言われたんだよなァ」

「……そりゃそうだ。とりあえず、俺と同じ大学と学部書いとけ」

 まあ、かく言う俺も柊木のを丸写ししただけなんですけどね。


「あ、ねえ。メール来たんじゃない?」

 サラが、俺のスマホの通知を知らせる音に気が付く。

 俺はそのまま、メールボックスを開き、ネクスト・サンライズ運営委員会からのメールを見つける。

 タイトルは、「ネクスト・サンライズ一次審査の結果について」としかなく、まだ合否は分からない。


「ひ、開くぞ……」


 俺は、もういっそ誰かに開いてほしいぐらいの気持ちだった。

 これまで、ここまで真剣に打ち込んで、コンテストに応募したり結果発表を待つ経験をしたことが無い。せいぜい高校受験ぐらいなもんだが、その時ですら正直落ちたらまあ仕方ないぐらいにしか思っていなかった。


「……あ」

 

 俺は、メールを開いた後に記載された文字列を読んで、間抜けな声が漏れた。


「どうなったんだよ! 教えろよ!」

 スパコンがどやし、俺の手からスマホをもぎ取る。


「えーっと、ネクスト・サンライズ一次審査の結果について、『Neko monaural』様は厳正な審査の結果、……合格となりました」

 スパコンが読み上げる。


「あァ!? ネコモノラルってなんだよォ!?」

 ランボーは叫び、俺たちはふっと吹き出して笑う。

 多分、運営側の誤字だろう。


「でも、合格には違いないのよね」

「ああ、たぶんな」


 そのまま、俺たちは歓声をあげながらガッツポーズをする。

 まずは第一関門、突破だ。

 


 喜びの最高潮に達した俺たちは、打ち上げと称して駅前のカラオケボックスに向かった。

 まだ、一次審査を突破しただの分際で打ち上げとは少々気が急いでいるような気もするが、嬉しいときに嬉しい気持ちを爆発させておくのも必要だろう。


 浮かれた高校生集団はどこへ行ったってうるさくしてしまいそうなので、いっそ大声を出しても怒られないような場所を、ということでカラオケボックスに行くことになった。


「ヨッシャ、歌うぜェ」

 ランボーが基本的にマイクを握って離さない。

「ポテト大盛と、あとソフトドリンク飲み放題!」

 スパコンは食欲が勝る。

 俺はなんとなくタンバリンを片手にパーカッション風でノッてみる。


「なんというか……いつものスタジオと変わらない?」

 サラはそんな俺たちの様子をしげしげと観察していた。


「おっ、いつものスタジオには姐御は入ってこないが、今日は一緒に騒げるぜェ! どうだ、姐御も一曲歌えよ」

「ええ、えー……」

 サラは、ドキリとした様子で、ランボーから差し出されたマイクを見つめる。

 ちゃんと、部屋に複数本備え付けてある消毒済みの未使用マイクを差し出す辺り、ランボーは意外と気の利く男なのかもしれない。


 しかし、これまでサラが歌を歌う様子は一度も見たことが無かったな。


「そうだそうだ、せっかくの打ち上げなんだし、みんなで歌おう」

 俺は興味本位で煽ってみる。

 すると、サラは不機嫌そうに眉をひそめてこちらを睨んでくるが、グイグイ突き出されるマイクに根負けしたのか、それを受け取った。

「はいはい、一曲だけ」

 そういいながら、すっかり短くなった髪の毛をかき上げる。


 曲は、AKIRAの「silver shining」。

 おそらく、俺たちが確実に知っている曲を選んだのだろう。

 サラがマイクを握り、歌う。


「!」

 男たちは、顔を見合わせその歌声の感想を目だけで交わし合う。

 当のサラはモニターの方を必死に見つめているため、ばれないように目だけで俺たちは意見を交わす。


 なんというか、サラの喋り方は、普段はつっけんどんな感じもあるので、ハスキー寄りの歌声を無意識のうちに想像していた。

 しかし、実際の歌声はめちゃくちゃスウィートだ……!

 しかもちょっと音痴だ……。

 

 そして、明らかに歌いなれていないのであろう、必死にマイクを握りしめている感じが何かを連想させる。

 そうだ、テレビとかでよく歌っている、ちっちゃい幼子のような必死さ……。


「……もうやめた。あんたたちの顔がウザい」

 サラは俺たちの顔をそれぞれ睨みつけ、顔を真っ赤にして曲を止めた。


「ええー、もうちょっと聞きたかったのに」

「ハァ!? バカ!」

 俺がふざけてそういうと、サラは本気の怒気を込めて叫んだ。



「なあ、ちょっと聞いてくれ」

 ひとしきり、打ち上げと称したバカ騒ぎが落ち着き始め、ランボーがドリンクバーの全味ミックスを作り始めた頃、スパコンが緊張気味に申し出た。


「どうした? ポテトの追加が必要か?」

「ちげぇ。いや、食うけど。一次審査を突破したら、次は二次審査だろ。色々手札も必要になるじゃんか」

 普段とは違い、回りくどく口籠るスパコンに俺たちは疑問符を浮かべながらも話を伺う。

「手札ってか、曲数は確かに必要になるな……ってまさか」

「まあ、ワイも一曲出来たっつうか。なんというか」

 その言葉を聞き、俺はフッと笑いが零れる。


「なんだよ、そういうことか。じゃ、この場で全員で聴こうぜ」

「お、おう」

 少し照れ臭そうなスパコンの態度には俺も覚えがある。

 初めて作った楽曲をメンバーに聞いてもらう独特な緊張感は、やはり体験した人にしか分からないものだろうな。


 カラオケボックスのモニターの電源を切り、一同は静まり返り、テーブルの上に置かれたスパコンのスマホに注視する。

 遠くから、壁越しに別のルームの歌声が曇って聞こえる。

 僅かに緊張で汗がにじむスパコンの指が、再生ボタンを押した。


 俺は、そのスマホから流れてくるビートに耳を傾ける。

 しかし、すぐに興奮が口をついて出てきた。

「……すげえ、すげえよコレ」

「そ、そうか?」

 やや照れ臭そうだが、けれど自信作であったであろうことはスパコンの表情からも見て取れる。

 スパコンの代名詞でもある手数マシマシのビートはそのままに、ダンサブルなノリが心地よい。

 一時期流行った、踊れるロックに近い。

 今までの俺たちの曲とはまた雰囲気の変わる、だがライブでは確実に盛り上がる楽曲だった。


「スラップベースに、カッティングギターか……技術的にも挑戦的だが、今の俺たちならできるかもな」

「まあメロディはまだ仮状態だから、その辺は力を貸してくれよ」

 スパコンが作ってきたのは歌が無いバッキングだけのトラックだったが、それだけでも曲のイメージは十分だった。

 

「へぇ……あんたはタダの肉塊かと思ってたけどやるじゃん。てか今までの曲の中で一番ウケそう? みんながハマる曲って感じ」

 サラも感嘆した息を吐きながら、好評の様子だ。

 しかし、ただの肉塊はひどいだろう。


「なあ、これのメロディはどうする……ん?」

 その時、ふとランボーに目線を移すと、いつもと様子が異なっていた。

 大抵、こういうシチュエーションのランボーは率先して訳の分からない事を叫んだりするものだが、今日のこいつはスパコンのスマホを神妙な顔でむっつり睨んだまま、何かを考えこんでいる。

「どうかしたか? ランボー?」

「あァ? いや、なんでもねェよ。すげえいい曲じゃねェか」

 問いかけるとランボーは、いつもより少し大人しいテンションで応えた。

 

「ヨッシャ! 今からガンガン練習しようぜェ!」

「えー、今からって今日かよ! ワイはまだ勝利の余韻に浸っていたいぜ」

「明日やろうは今日の友っていうだろォ! バカヤロー!」

 ……三秒後には、いつも通りのアホアホなランボーが結局は大騒ぎをしていた。

 さっきの表情は単に脳に栄養がまわってなかっただけだろう。


「まあ、さすがに今日は遅くなるし、明日から早速二次審査に向けた練習の再開だな」

 俺はそう締めくくると、隣のサラは殊更嬉しそうに笑った。

 

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