第68話「ステージに立つカッコいい兄貴」

 ……しかし、そうは言うが俺もスパコンも別に秘策があるわけではない。

 試合はこの間にも進み、柊木も留利も空振り三振に倒れツーアウト。

 ここで打てなければゲームセットだ。


「頑張れー! 乱闘上等よ!」

「クッチー! かっ飛ばせ―!」

 

 アリサと多村が黄色い声援で俺を送り出す。

 そう言われると、俺の人生でこんなに女子の声援を受けたことなど初めてかもしれない。


「よーし、こうなったら……皆でアレやるよ!」

 その時、多村が女子軍団を集合させ、何やらゴニョニョしている。

「ええー……」

 と嫌そうな声はサラ。

「まあ、サキがそういうなら……」

 とは柊木。

「やったるわ!」

 唯一威勢がいいのはアリサだ。


 一体全体何を始めるのかと思っていると、女子達はジャージの上着を脱ぎ始めた。

 当然、その場にいる男子共の視線は、女子達の真っ白な二の腕に吸い込まれる。

 更にTシャツの袖をまくり上げると、タンクトップ風になり、まあ多村は元からタンクトップだったが、シャツの裾を腰辺りでキュッと絞ると即席チアリーダーの完成だ。


「フレー! フレー! ク・チ・ナ・シ!」

 女子達が適当に手を振りながら、ベンチ前で声援をくれる。


「お、おう……」

「いいな! お前は人気者だな!」

 日向が能天気な感想をくれる。

 正直やりにくいところもあるが、応援してくれる気持ちは素直にうれしい。

 女子達のパワーをもらい、俺はバッターボックスでバットを構える。


「……さ、これが最後のアウトだ!」

「そう簡単にやられるわけには、いかねえんだ」


 とは言え、俺はここまでノーヒット。

 野球なんてサッパリ経験もない。

 だが、バットをフルスイングするぐらいはやってやるさ……!

 という気持ちだけはあるが、ブウン、ブウンとあっという間にツーストライク。

 やばい。

「へへっ、いくぜ」

 と日向が笑う。


 ……そういえば、初回のランボーの打席でも日向はこんな風にニヤニヤ笑っていたな。

 その次に投げたのは、変化球。

 これまで俺はストレートすらとらえることが出来なかった。ここまでの二球もいずれもストレート。

 普通に考えたらストレート三球勝負でも俺は打ち取られてしまうだろう。

 だが……。

 迷っている間に、日向は投球する。


「ええい、一か八か!」

 正直、狙って変化球を打つ技術は俺にはない。

 だけど、変化球はストレートに比べると少し球速が落ちる。


 俺はバットを地面に叩きつけるような軌道で、迫りくるボールにフルスイングする。

 ゴツッと。バットに何かが当たる感触があった。


「走れェー!」

 ランボーの声がする。

 見れば俺の打球は内野ゴロ、サードの方向に転がっていた。


「う、うおおおお!」

 俺も全力で疾走する。だがヒット性の当たりではないボテボテのゴロだ。

 サードの守備についていた奴は軽快に俺のゴロを拾うと、ファーストへ向けて送球する。

 通常であれば、間違いなくアウトになるタイミングだ。

 だが、ファーストの選手は「馬鹿! どこ投げてんだ!?」と思わず叫んでいた。


「回れェー!」

 俺が視認出来たのは、ファーストへの送球が大きくライト方向へ逸れ、あらぬ方向にボールが飛んで行っていた。

 サードの選手は、思わず頭を抱えている。

 なぜなら、ファースト側のベンチ前には、麗しい即席女子チアリーダー達がキャッキャしている。

 さしずめ多村あたりの健康美溢れる太ももに視線を奪われ、送球を乱したのだろう。


 ライトがもたもたボールを拾う間に、俺はサードに滑りこんだ。


「うおォー! クチナシスリーベース!」

 ランボーが狂喜乱舞する。

 これで何とかつなぎ、出塁は出来た。俺がホームへ生還すれば、逆転勝ちだ。


 打席に入るのは、見た目は西武ライオンズで四番を打っていそうなスパコンだ。


「……ったくよぉ。こういう場面は結局ワイにまわってくるんだな」

 なぜか悦に浸っているスパコンが打席にはいる。こいつも俺と同じくノーヒットのはずだが、ホームランアーチストの風格だけはある。


「……本気でいくぜ……!」

 俺のへっぽこ内野安打で火が付いたのか、日向は結構マジな顔でスパコンをにらむ。


 ワインドアップモーションから、日向はストレートを投じる。

 それに対しスパコンのフルスイングが、ボールをとらえる。


 パカァンという威勢のいい音とは裏腹に、それはショートへふわりと飛ぶ。

 内野フライか……と、一瞬思った時だった。


「違う……バットだ!」

 日向が叫ぶ。


 ショートに飛来していたのは打球ではなく、折れた木製バットの先端部だった。

 スパコンのスイングと日向の投球がぶつかったとき、バットの先端が折れ、宙を舞っていたのだ。

 もしかしたら俺のスイングの時、地面にぶつけていたかもしれない。

 ということは……。

 視線を巡らせると、俺の手前方向にボールがコロコロ転がっている。


「クチナシ! 突っ込め!」

 ランボーの声に促され俺はそのまま、ホームへ突進する。

 その間に、スパコンもファーストへドスドス疾走する。


 日向が、マウンドからボールを拾いに来る。

 だが、それよりも先に俺はホームへ滑り込む。

 セーフ。

 

 俺とスパコンのグダグダ内野安打で、サヨナラ勝利だ。


「うおおおお! 勝ったぜェ!」

 ランボーの雄たけびと共に、チーム藤山は歓喜する。




「今日のところは、負けを認めてやらあ!」

 サトルはそういうと、スッパリ頭を下げて撤収して行った。

「また勝負しような! 今度はリベンジマッチだ!」

 日向大洋は能天気に、バットを振り回しながら帰っていく。

 そういえば、当初の経緯なんてすっかり忘れてみんな試合に夢中になってましたね……。


「スパコン……ゴメン、さっきは本当の事を言いすぎたわ」

 歓喜の余韻に浸りながら後始末をしている時、サラもしおらしい顔でスパコンに謝る。

「ちょっとは見直したわ。今日ぐらい普段から全力疾走してたら、もっと痩せて良くなると思うわ」

 サラは柔らかな笑みでそう続ける。


「おう、まあな。今日のところはお互い水に流そうぜ」

 スパコンもうんうん頷いているので、一件落着だろう。

 ……サラの言葉はあまり褒めているようには聞こえないが。


「あの……ありがとうございました!」

 留利もホッとした表情で一同に頭を下げる。

 そんな彼女に対し、サラは柔和な表情で肩を叩き顔を上げさせる。


「留利、まあ、あなたのお兄さん達は、普段はイケてなくてだらしなくて口も悪いけれどね」

 サラは前置きをしてからそういう。


「バンドやってるときは、まあ少しはカッコいいと思えるんじゃないかしら。意外とやる時はやるっていうか。いつか彼らのライブを観てみるのもいいかもしれないわね」


「サラ先輩……。そうですね」

 その言葉に、留利は素直な笑顔で頷き返す。


「ま、まあな。ワイだってドラムはそこそこ練習したんだ。いつか披露してやってやらんでもないぞ」

 スパコンは少し照れくさそうにしながら言う。

「……うん」

 スパコンと留利の、ぎこちない兄妹関係も。

 バンドを通じて少しは良くなるかもな。


 いつかはステージに立つカッコいい兄貴を自慢できる日が来るかもしれない。


 というわけで、海寒高校軍対藤山高校軍の草野球対決は、無事俺たちの勝利で幕を閉じた。

 当初の経緯はどこへやらだが、集まってくれたチームメンバーの仲も、どこか深まった気がしたのだった。

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