第67話「勝利の一打を」
試合は一進一退の攻防を繰り広げ、主にランボーとアリサの活躍で5対5の同点のまま最終回を迎える。
相手チームにも何人か野球経験者がいるようで、次第にランボーの球にバットを当ててくるようになった。
しかし問題は守備の方で、外野まで飛ぶと基本的にアウトに出来ない。
試合は現在六回表、海寒軍の攻撃、ツーアウトでランナー三塁まで進まれてしまった。
そしてバッターは日向である。ちなみにこれまでの打席はすべてホームラン。
ここで打たれると絶望的だ。
「タイム!」
俺はタイムを要求し、マウンドに集まり作戦会議をする。
「どうだ? 日向を抑えられるか?」
俺はランボーに聞く。
というのも、六回裏の攻撃は打順が柊木から始まる。ここまでほぼノーヒットの下位打線であり、ここで失点を許しリードされると逆転は厳しい。
「くッ。オレだって、変化球を使えば抑えられるかもしれねェ。でもキャッチャーが弾いちまったらサードランナーが還っちまう」
ここまでランボーはストレートのみで抑えてきた。というのも、さすがにキックベース経験者の会長でもランボーの本気の変化球を弾かずに捕るのは難しい。
……てかなんだよキックベース経験者って。もはや野球関係ねーだろ。
「すまない……俺がふがいないばかりに……ごめんねごめんねー、だ」
会長も憤っている。
いやむしろ、こんなお遊びに付き合ってくれる会長に申し訳ないっす。
「ボー君はキャッチャーできるの?」
そう聞くのは、多村だ。
ちなみに多村の中では、ランボーの事はボー君らしい。暴君とかかっているのだろうか。
「まあ、この中では一番出来るだろうなァ」
「じゃあさ、ボー君がキャッチャーやって、アリサが投げればいいじゃん」
多村が提案すると、アリサはフッと笑う。
「いいの? アタシの剛球はあんたじゃ取れないかもしれないわよ」
「だとォ!? いいぜ、ポジションかえようぜェ」
という訳で、守備位置変更。
アリサがピッチャーでランボーがキャッチャー。ショートに会長が入る。
「おっ、今度は真赤な子が投げるのか! 君は普通に甲子園目指せるんじゃね!」
打席の日向はニッと笑ってバットを構える。
「いくよ!」
そういうと、アリサはゆったりとした投球動作でボールを投げる。
それはなんとアンダースロー。
地面を掬うように腕を振り、低い位置からボールが浮き上がってくる。
「うおぉ!?」
おもわず、と言った格好で日向もバットが出てしまい、内野ゴロになる。
それを多村が軽快に捌き、スリーアウト。
「どんなもんよ!」
マウンド上でアリサは勝ち誇る。
さすがに延長戦はないため、これで俺たちの負けは無くなった。
*
「よし、最終回の攻撃だァ! 気合入れていけよォ!」
とランボーが鼓舞するが、現実は色々厳しい。
なぜなら最終回の攻撃は柊木、留利、俺の打順であるからだ。
攻守交替で選手が入れ替わる中、ベンチの方で何やら話し声が聞こえてくる。
「あーあ、ホントになんでこんなことしなきゃいけねーんだ。だりーよ。家でアニメでも見てた方がマシだろ」
ベンチにダラリと座ったスパコンが、うだうだ文句を言っている。
「……いや、あんたたちがそういう話の流れにしたんでしょ」
サラがその言葉にイラっとしたのか、突っかかる。
まあ、サラからしてみれば完全に巻き込まれたようなもんだから、仕方ないが。
「ちげーよ。ワイらも巻き込まれた側だっての。大体、あれが変な正義感とか見せて不良に絡むからこうなるんだよ。昔からそうだ。厄介で面倒なことばかり押し付けやがって……」
スパコンは留利の方を横目に見ながら言う。
一方の留利は、スパコンの言動にはムッとしながらも、サラや他の高校生を巻き込んでしまったことから申し訳なさそうに萎れる。
「……ちょっと、そんな言い方ないでしょ。留利は悪くないわ。大事な妹さんを守ろうって気概は無いわけ? あんたの今の態度、マジでダサいよ」
一方のサラは、そんな様子のスパコンに向かって言い放つ。
「ちょ、あ、な、なんだお……!?」
スパコンはサラににらまれ、きょどりながらも対抗する。
いや、対抗は出来てないね……。
「ま、まあまあ。悪いのは海寒の奴等で、野球対決になったのは謎だが、とりあえず試合の負けもないしいいだろ」
俺はサラとスパコンの間に入り、その場を何とかなだめる。
フンとサラは視線を変え、「さ、応援しましょ」と留利を連れその場を去る。
スパコンはというと「なんだよ、なんだよ……」とベンチでふんぞり返りブツブツ文句を言っている。
まあ、今回は確かにスパコンの態度が悪いのは事実で、あんまりフォローも出来ない。
頭を冷やしてもらうために、そっとしておこう。
試合の方はというと、俺たちのチームの攻撃である。
「なんとか、がんばってみる!」
という意気込みで、柊木が金属バットを握り締め、バッターボックスへ向かう。
「あの、不審者先輩とサラ先輩……」
一同がベンチ前で柊木を応援する中、留利が俺とサラを呼ぶ。
いや、この場合俺じゃない誰かを呼んだことであってほしいが。
「ん、俺たちは別に気を悪くはしていないが……」
「そうよ。悪いのはあの脂肪よ」
サラの言い方もなかなか棘がある。
「いえ……、悪いのは私です。いつも、後先考えずに突っ走ってしまうのも事実ですし。でも……」
留利は迷うように、まとまらないままに言葉を絞り出す。
「兄も、昔はあんなではなかったんです」
留利は、俺とサラに向かって弁解するように言う。
「小学生ぐらいの時は、クラスの中心みたいな人で、こういう場でも率先して楽しんでいました」
今のスパコンの姿からは想像は出来ないな。
「でも、中学生になったころから、あんな感じになり始めたんです。漫画やアニメに嵌って、オタク友達としか付き合わず、太り始めて」
「それでも、兄の本質は昔から変わっていないと思うんです。周りが年を取って、成長して変わって行って、普通はそれに合わせて色々なものから卒業すると思うんですが、兄は卒業せずに大事に抱えているというか……」
そこまで語ると、俺もサラも真剣に彼女の話に頷いた。
「あ、す、すみません! 何が言いたのかよくわからないですよね。でも、兄を……その、仲間外れにはしないでほしいというか……はい、あんな感じで仲間外れになっていたら本当にどうしようもない社会のゴミですからね」
留利は思い出したかのように、最後には毒舌を織り交ぜて言い切った。
けど、それはなんていうか、ある種の照れ隠しなんだなと俺は思った。
留利自身も、以前の頼りになる兄貴であったスパコンでいてほしいのだろう。
他にはいない、血を分けた兄妹である。
だが、周りの環境の変化にあてられて、スパコンもきっと、少しひねくれてしまったんだ。
中学生ぐらいから、漫画やアニメ、ゲームを卒業してスポーツや恋愛などの事に興味を持つ人が多くなる。そして、学生の間でも社会性が確立されていき、ヒエラルキーがはっきりし始める。
子供の頃は夢中になったオモチャにいつまでも執着している奴をイケてない、キモい奴と決めつけてヒエラルキーは下と決めつけられる。
スパコンの本質は子供の頃から変わっていないのだろう。
子供の頃は誰しもが主人公で、自分が世界の中心なんだと信じて疑わない。
そして、漫画やアニメ、ゲームにおもちゃに夢中になり、好きなものとして大切にする。
でも、周りから急にそれを否定され始める。
いつまでそんなものを持っているんだ、いい加減に卒業しろと言われることはよくあることだ。
次第にそれは恥ずかしい事だと思い始め、周りに話を合わせて、子供の頃の無垢な情熱を捨ててしまう。
でもその情熱を捨てられない奴は。
向かい風に逆らいながら、少しひねくれるかも知れないけれど。
大事に抱えているもんだ。
俺は留利の言葉を受け止め、そして背を向けベンチの方へと歩み寄る。
「なあ、スパコン」
どっかりと腰を下ろし、不機嫌そうにそっぽを向くやつに話しかける。
「んだよ」
だるそうな返事が返ってきた。
「この試合、絶対勝とうぜ。俺たちで勝負を決めるんだ」
「なんだよ急に」
「俺たちがここで活躍すればこの試合のヒーローになることは間違いナシだ。どうだ、運動神経がいい連中を出し抜くチャンスだぞ」
こいつとは体育の授業のペアから始まった仲だ。
互いにスポーツについては不得意であるが、同じくらい一矢報いてやりたい気持ちがある事は承知している。
「日ごろの鬱憤を、やり返そうぜ」
俺はわざとらしくもあるが、スパコンの気を引くように大げさに言った。
「……ちっ。まっ、ここで引き分けっつうのも悔しいな。やってやるかぁ」
そう言うと、俺の態度の真意を知ってか知らずか、スパコンは重い腰を上げた。
意外と、子供っぽい奴は。
俺たちだって主人公になれるって、勝利の一打を打てるって信じちまうのかもしれない。
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