第66話「全球ストレート勝負」

「んで、一体全体これはどういうわけ?」

 サラが、腰に手を当て、目を吊り上げながら俺に問う。

「いや……俺に聞かれても」


 その週末、俺たちは体操服姿で近所の河川敷にある草野球場に集合していた。


「お! 藤山軍も来たみてえだな!」

 日向大洋と名乗った海寒高校の奴が俺らを眺めてそう叫んだ。

 日向は相変わらず、ジャージの上着の前が全開で、袖を通さずマントのように羽織っている。


 俺たちは、海寒高校付属中学の生徒、サトルとかいうヤツのタバコを目撃したが逆に脅された留利を助けるべく草野球対決をすることとなった。

 うん、我ながら意味不明である。


「それにしても、藤山は可愛い子がいっぱいだな! うらやましいな!」

 日向は俺たちのメンツを眺めてそういった。


「ハァ……」

 一方のサラは頭を抱えてため息をつく。


 まあ、野球は九人でやるスポーツなわけで、対決をするからにはお互い九人ずつを集める必要がある。

 普通の高校生なら、クラスメイトの友人に片っ端から声をかければ何とか集まりそうな人数ではあるが、残念ながら俺たちは普通の高校生ではない。

 俺、ランボー、スパコンの三人は確定として、当事者の留利にもメンバーに加わってもらう。これで四人。

 あと五人。何とか俺たちと戦ってもらえるメンバーを探さなければならない。


「それで、私に声をかけたのね」

 サラはうんざりした顔でため息を吐いた。

 まあ、俺の学校内で頼み事が出来る相手なんて、サラぐらいなものだ。


「それはいいけど、あの子たちにも頼むとはね」

 サラはそういうと、ワイワイと黄色い声を上げる女子三人組の方を流し見た。


「よっしゃあ! ハットトリック決めてやるわ!」

「アリサ、それはたぶんサッカーだよ……」

「野球なんて久々だなー。ソフトボールの方が得意だけどねー」

 

 女子達の黄色い声が響く。

 サラの次に頼み事が出来る相手として、思いついたのは柊木だった。

 そのつながりで、『Yellow Freesia』の二人、アリサと多村もなぜか快諾した様子で馳せ参じてくれた。

 ちなみに、今日のアリサはばっちりコンタクトを装着しているのか、メガネではなかった。


 ちなみに、留利の同級生とかも呼べないか打診したが、さすがに男子高校生に交じって野球をする女子や、この手の頼みが出来る男子の知り合いは居ないらしい。まあ、それが普通だよね。

 柊木の学内での友人も同様なので、ぶっ飛んだ頼みができるのがバンドメンバーの二人だったらしい。


 だが、これでも八人。あと一人足りない。


 いっそジョニーでも呼ぶかと考えたが、さすがに学生の中に三十過ぎのオッサンを混じらせるのも忍びない。

 困った俺は、もはや交友もないが頼みを聞いてくれそうな人に声をかけた。


「よし! みんな! 今日は楽しもう! やればできる!」

 一際暑苦しい声がグラウンドに響く。

 わが藤山高校の生徒会長である。


 上級生、つまり高校三年ということで受験も控えているし、春藤祭の前後で多少会話した程度の関係でこんな頼み事をするのもあれだし、半ばダメ元だったのだけれど。

 彼自身も俺たちのバンドを結構気に入っててもらえていたらしく、お礼に音源をあげるということで、二つ返事でOKだった。


「受験の息抜きも必要だしな! 頑張ろう! やるぞ、やるぞ、やるぞー!」

 なんだかさっきから妙に暑苦しいギャグを連発する会長であった。


 一方の海寒高校軍は、全員が男子だった。

 当事者のサトルをはじめ、野球を言い出した日向。その他に高校生が四人と中学生が三人。全員が割と運動部っぽい締まった体付きをしていた。

 そういえば、あの嫌味な提案を持ち出した瀬戸の姿が無い。


「ユウジは急用があってこれないってさ! 仕方ないよな!」

 俺の視線を察した日向が教えてくれた。

 ウソだ……絶対めんどくさくなっただけだろ。


「つか女の方が多いって、なめてるしょ」

「あの子可愛くね? あとで連絡先もらおーっと」

「あの太ももたまらねー」


 海寒軍の野郎共の不愉快なガヤが聞こえる。

 まあ、戦力的に絶望的で舐められているのは間違いない。


「み、みなさん……本当にすみません、私のせいで」

 留利は、集結してくれた高校生を前に、申し訳なさそうに腕を折りたたんで頭を下げる。

「別にいいのよ。悪いのはあいつ等なんでしょ? 卑劣なやり方も気に入らないし。それにしても、スパコンにこんな利口な妹さんがいたとはね……」

 サラは留利をなだめるように言う。


「そうそう! なんか知らないけど面白そうだし! ターキー決めてやるわ!」

「オウ! 四打席連続ホームラン決めてやるぜェ!」

「よし! その息だ! そーれヒットエンドラーン!」

 ……うるせぇ!

 アリサとランボーと会長が合わさると、ツーバスどころかスリーバスぐらいでバスドラが叩かれている程やかましい。


 まあでも、みんな割と最初の経緯を忘れて楽しんでいるのはいいことだ。

 参加者たちはどこか気楽に盛り上がる一方、スパコンは終始むっつりと黙り込んでいる。

 

 そういえば、こいつと留利との関係ってどうなんだ。さっきからまともに会話していないけど。

 普通の高校生と中学生の兄妹といえば、まあそんなもんなのかもしれないが。


 とまあ、こんな具合で。

 唐突な野球対決が始まる。



「よっしゃァ! 抑えたるぜェ」

 マウンドの上で、ランボーが声を張る。


 ここで、ポジションの説明をしておこう。

 実力的に、ピッチャーは中学時代、全国大会まで進んだ経験のあるランボーに任せるしかなかった。

 そして、その球を受けるキャッチャーだが、デブだからという理由でスパコンにしようと思ったのだが、スパコンではランボーの剛速球を受けることが出来ず、小学生時代にキックベースクラブに所属していた自称経験者という会長に任せることになった。

 

 てなわけで、ファーストスパコン。セカンド多村、サード俺。ショートアリサ。外野がセンターにサラ、ライト柊木でレフト留利となった。

 まあ、外野まで飛ばされてしまうとツーベース以上は確実と思わなければならないな。


 そして、プレイボールがかかる。

 ちなみにルールとしては6イニングまでの盗塁無し。今回の特別ルールとして、女子は金属バットで男子は木製バットとなった。

 「やっぱフェアにいかないとな!」という日向の提案である。

 ……そもそもの話の経緯は全くスポーツマンシップに則っていないのだが、こいつが来てから話が変になったよなぁ。

 だがまあ、女子が半数以上を占めるこっちのチーム的にはありがたい。


 相手チームの先頭バッターは、件のサトルである。

「へっ、あんな脳筋アホ野郎の球なんてどうせたいした……」

 ズバァン。

 バッターボックスで挑発的なセリフを言っている最中に、ランボーのストレートが会長のミットに収まった。


「は!?」

 目を丸くするサトル。

「オラァ! まだまだ行くぜェ!」

 まだまだ準備運動だとでも言わんばかりに、ランボーは腕をぐるぐる回していた。


 そこから更に二球を放り、空振り三振。

 さすがに相手チームの連中もランボーのストレートにザワザワしている。


「さすがランボーだな」

「おうよォ! 今でも暇なときはジョギングに投げ込み、素振りは欠かしてねェ!」

 こいつ、普通に野球を続けていたら普通にいいとこまで行けたんじゃないだろうかと思ったが、今では俺たちのバンドの大事なギターボーカルなので言わないことにした。


 続く二人目も三球三振。

 そして、三番バッターは日向大洋である。


「全球ストレート勝負でこいよ!」

 バッターボックスでホームラン予告とでも言わんばかりに、バットを外野に指しながら日向が言う。

「なにィ! やってやらァ!」

 その挑発に、たやすく乗ってしまうランボーだった。

 まさしく野生児とアホの対決だった。


 挑発通り、ランボーはど真ん中ストレートを放り込む。

 一球目は空振り、二球目はファール。

「決めてやるぜェ……」

 ランボーは鼻息荒く、投球モーションに入る。

 さっきから球威だけで空振りをとっていたが、さすがに先ほどのファールは嫌な予感が……。

 そう思ったときには、既にランボーは投球していた。


 ボールが唸りを上げ、キャッチャーミットに収まる直前。

 カキィン!

 という気味の良い音が響く。


 日向の打った打球は、既に外野の後方、柵を超えているのが見えた。

 その軌跡を目で追っていると、外野から腕を組んで呆れた顔でこっちを見ているサラと目が合った。


「ひゅう! いい当たりだぜ!」

「ナアアアア! クソッ、もう一球勝負だァ!」

 いやいや、そりゃ全球ど真ん中なら打たれるだろ……。

 悠々とダイヤモンドを一周する日向。

「全打席ホームランもいけそうだな!」

「ぐぬぬぬゥ……」

 歯噛みをするランボーだったが、その後続く打者は空振り三振に終わり、攻守交替となる。



「よし、スリーポイント決めるわ!」

 既に誰も突っ込まなくなったが、アリサが一番の打席に入った。

 打順は一番からアリサ、多村、会長、ランボー、サラ、柊木、留利、俺、スパコンである。

 四番のランボーを中心に、運動神経が良い人を1~3に並べた。それ以降はほぼ自動アウトと考え、せいぜい俺とスパコンがまぐれでヒットが出れば上位に繋がるという考えだ。


「へっ、女の子だからって容赦しないぞ!」

 相手ピッチャーは日向である。

「ふふん。まあかかってきなさいよ」

 アリサは左打ちの様で、往年のイチローのようなルーティンをしてバットを構える。


 そして、日向は一球目を投げた。

 その時、アリサの目がキラリと光った気がした。


 パッカァンという音と共に、打球は外野のライトとセンターの間を真っ二つにする。

 その間に、アリサはサードまで到達し、ベースに滑り込んでいた。

「どんなもんよ!」

「なにー! すげえ打球だな!」

 アリサは塁上でガッツポーズし、味方の声援にこたえる。

 対する日向はマウンド上で頭を抱えた。

 ……まあ、こいつは俺を一本背負い出来るほどの運動神経だしな。


 しかし、続く多村と会長は凡退に倒れ、塁上のアリサは帰還することなくランボーの打席となる。


「来いよォ! 全球ストレート勝負だろォ」

「へへっ、いくぜ!」

 野生児バーサスアホの対決、再びである。


 二球、ランボーはファールで追い込まれる。

 最初のアリサのスリーベースヒットでギヤチェンジしたのか、日向の投球も負けず劣らずなかなかすごい。

 そして三球目。


「うおおお、来たぜェえええ!」

 ランボーは好球必打とばかりにフルスイングするが、ブウンという音と共にバットは空を切る。

 日向の投球は、打者の直前で鋭利な角度で下に落ちた。

「変化球だとォ!? ずりーぞォ!」

「へへっ。真剣勝負なんだ、出来ることは全部やり切る! それが俺の信条だ!」

 ランボー空振り三振に倒れた。


 ……といった具合で、試合は進んでいく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る