第65話「今度の週末はみんな予定空けとけよ!」
*
「それにしても、審査結果が出るまでスッキリしねえなァ」
ランボーは放課後に並び歩きながら、そうボヤいた。
この日、俺とランボー、スパコンの三人は並び歩き、繁華街の方にある楽器屋巡りに繰り出していた。
今はネクスト・サンライズの審査結果を待つしかない。そして、無事音源審査を突破して二次審査であるライブイベントへ向けた練習をするしかない。
だが、どうしても結果が気になってしまう。
練習に打ち込むにもなかなか手応えが無く、かと言って暇を持て余すのも気が落ち着かない。
漠然と何かの発見があればという思いで楽器屋を覗いては、エフェクターやら教則本を冷やかすような日々が続いていた。
「まあ、今は待つしかないだろ」
俺は、半分は自分に言い聞かせるように答えた。
「果報は寝て待てっていうしなー。あと、来月には修学旅行もあるし案外あっという間だぜ」
スパコンは意外にも冷静に、しかも学校行事を把握していた。
「そういえばそんな時期か」
俺は、すっかりネクスト・サンライズの日程ばかりを追っており、学校行事なんて頭からスッポリと抜け落ちていた。
「おう、ワイは自由時間をアニメの聖地巡礼に充てたい」
それが目当てか……と嘆息する。
「あー、オレもお前らと同じ班にしてくれよォ」
ランボーは違うクラスなので、一緒の班になることはできないが、自由時間ぐらいなら一緒に行動できるだろう。
「まあ、自由時間に楽器屋とかライブハウスとか見れたら面白いかもな」
俺たちの学校の修学旅行は、飛行機で移動し京都、奈良、大阪の寺社仏閣で歴史に関係する文化財を観つつ、観光をするコースだ。
そんな雑談をしながら、繁華街を歩いていた時。
そういえばこの辺りで初めてランボーと遭遇したんだよなぁと思い出しながら、その路地を見た。
「……なんだァ? あれはァ」
当のランボーが声を上げる。
そこには、あの時のように路地の暗がりには海寒高校の制服を着た男子学生が数名立っている。
そして、その奥には一人の女子学生が立っていた。
明らかに、下校時に駄弁っているとかそういう雰囲気ではない。
何か口論するかのように言い合い、女子学生は男子達に詰め寄られている。
……というか、よく見ればその女子学生には見覚えがあった。
「だ、だれか……!? 助けて!」
助けを呼ぶ女子は生真面目そうなポニーテールの髪型で、以前は強気な目つきで俺たちを尾行していたが、今は男子達に威圧され不安そうに眉を下げたスパコンの妹、留利だった。
「どうしたんだァ! お前ら何やってんだァ!」
ランボーが勢いよく路地裏に飛び込み、学生たちの輪に猛進する。
俺とスパコンもその背を追うように、その後に続く。
「ああん? 誰?」
「あ、こいつ殴られ屋じゃん、ウケる」
「マジだ。まだ生きてたんだ」
勇ましい声に振り向き、その顔を見てランボーに気が付いた海寒高校の学生は口々にそんなことを言う。
そう言われ、ランボーは一瞬息を荒げるも、何とか堪えて彼らに対峙する。
「何してんだお前らァ!」
ランボーが猛き叫ぶと、留利は目を潤ませてこちらを見る。
「あ、ヤンキーと変質者と……」
留利は俺とランボー、そしてその背後に気まずそうに立つスパコンの姿を認めると、涙目になりながら声を絞り出す。
「そこの彼、私の同級生なんだけど、ここでタバコを吸っていたの。だから注意して……」
つっかかりながらも、何とか説明をする。
それを聞いて、俺たちは男子共を睨みつける。
一方の相手方の生徒達も、口々に言い訳を始める。
「こいつがよーガッコの先公にもチクるっていうからよー。それは困るじゃん? だから先輩よんだんだよね」
海寒高校の学生に交じって、一人背の低い男子が居た。
彼は制服の形から、留利と同じ中等部であると分かった。
それにしても、彼の話の流れには全く理解は示せないが。
「中学生がタバコなんて吸ったらだめに決まってるでしょ……先生に報告しなきゃ……」
留利は、その男子生徒の足元辺りを睨みながら言い返す。
「ま、そういう訳でさ。こいつん家金持ちで親も厳しいから、先公にチクられちゃ結構困るのさ。それで、俺たちは報酬と対価にコイツを助けるってわけ」
今度は、高校生の三人組がニヤニヤしながら喋る。
まあ、大体の状況は分かった。この中坊は色々ヤンチャして、困ったら高校生の先輩に頼るという手段を使っているようだ。
その代わりに高校生の奴らは、お小遣い程度の金を貰っているのだろう。
なんとも下らない人間関係だ。
「……だけど、もしもその子に怪我させるようなことがあったら、俺たちだって然るべき場所には通報させてもらうぞ」
俺は至極冷静に、当然の事を言った。
高校生が中学生の留利に危害を加えるようなら、それはもう警察沙汰だろう。
過去に、ランボーがボコられている時、警察の名を出せば蜘蛛の子を散らすように逃げていった卑怯な連中だ。
今回もすぐに退散するだろう。
そう思っていたのだが、奴等はゲラゲラ笑って逃げ出さない。
「うわー、やっぱ野蛮で低学歴な藤高の連中はこえーよ。俺たちがこの子に暴力でも振るうとでも?」
「……じゃあ、なんだよ。別にお前らに気を遣う必要なんかないんだ。素直に先生にも報告するぞ」
ニヤニヤと、こちらを挑発するような顔で言う奴らにうすら気味悪さを感じながらも、俺は正論をかます。
「まったくわかってねぇなー。あ、瀬戸さん。こっちでーす」
その時、海寒高校のひとりは手を振った。
その方向から、この路地裏に入ってくる一人の男子学生がいた。
スッと背が高く、気だるそうに肩に学生鞄をひっかけながら、両手をズボンのポケットに突っ込んで歩いてきた。かたわら、耳にはめたイヤフォンを外す。
その制服は、彼らと同じ海寒高校の物だ。
真っ黒な髪の毛はやや天然パーマがかっていて、目線を覆うように垂れ下がっている。
その中には黒縁のメガネがあり、奥にある瞳が俺を見下ろした。
切れ長の一重の眼差しは冷徹で、まるで俺に興味がないとでも言いたげなほど、虚ろだった。
「なに? この状況。俺忙しいんだけど」
「すみません、瀬戸さん。こいつらが因縁を付けて来て」
海寒高校の奴等が、ゴマをするように瀬戸という学生に言う。
「ちょ、先にルール違反してたのはそっちでしょ!?」
留利は思わず割って叫ぶ。
しかし、そんな主張も瀬戸は興味がなさそうに、ガン無視する。
「瀬戸さんはすごいんだぞ。なんたって模試で東大A判定出るくらい頭が良いんだ。うちの学校で現役トップで東大に入れるのなんか、瀬戸さんぐらいだからな。しかも親御さんは教育委員会の会長でもあるんだ。先公共も瀬戸さんには頭が上がらないのよ」
取り巻きのやつが、まるで自分の事のように自慢する。
その一瞬、瀬戸は不機嫌そうに眉をしかめた。
しかし、それがこの状況で彼らがイキっている理由だろう。
瀬戸の後ろ盾があれば、学校で不利益なことはもみ消してもらえるという算段があるのか。
「……ルール違反、ねえ」
しかし瀬戸は、そんな取り巻きのよいしょを無視して、目つきを変えて留利と俺を睨んだ。
「どういうわけ?」
そして、なぜか事情を俺に聞いてくる。
詳しく説明しろという目線に気おされ、俺は渋々口を開く。
「……この中学生が、タバコを吸っていたそうだ。それを、彼女……海寒付属中学の風紀委員なんだが、彼女が見つけて先生に報告するつもりらしい。その状況で、彼が高校生の先輩を呼び出して彼女を囲っている」
「ふーん。で?」
「いや、でって……」
瀬戸は、俺の説明に続きを求める。
俺は、彼が何を聞きたいのか理解できず、言葉に詰まる。
「タバコを吸って何が悪いわけ?」
瀬戸がめんどくさそうに俺に問いかける。
その言葉に、やや反射的に俺も対応する。
「いや、ルール違反だろ。未成年がタバコなんて」
すると、瀬戸はバカを見るかのようにせせら笑う。
「ルール、ねえ。君ら、警察でもないのに何の権利があって彼を咎めるつもりなんだ。……気に入らねぇ」
そう吐き捨てると、俺から興味が失せたように振り返り、後方に居るタバコを吸っていた中坊に向かって言う。
「おい、サトル。ケータイ貸せ」
「え、あ、はい。最新機種っすよー」
「ふーん」
タバコの中坊もとい、サトルと呼ばれた男子学生からスマホを受け取り、瀬戸はそれを弄ぶかのように操作した。
そして瀬戸はスタスタとこちらに歩み寄り、おもむろに留利の背中を押す。
急に突き飛ばされ、よろける彼女を正面に立っていた俺が抱きかかえる。
急な暴挙に文句を言おうと口を開きかけたその瞬間、カシャリと音が響いた。
「はい、これで風紀委員サマの不純異性交遊の現場確保」
瀬戸は、サトルのスマホをクルクル弄びながらそういった。
その言葉に反応したのか、留利はひゃっと押し殺したような悲鳴を上げ、俺の腕から飛び退く。
「な、何バカなこと言ってんだ」
憤慨して言い返すも、瀬戸は底意地の悪い笑みを浮かべて続ける。
「いいか、この画像をネットでばら撒かれたくなかったら、土下座しろ。ついでにタバコの件も忘れろ」
「なんだと……!」
滅茶苦茶な要求に、俺は思わず言葉を失う。
いくらよろけた彼女を支えただけとは、よくよく見ればすぐにわかる事でも。
第三者がそれを信じるかどうかは別の話。
「土下座したらこのスマホはぶっ壊してやる」
「ええ!? 俺の最新機種っすよ!?」
スマホを地面に叩きつけるジェスチャーをする瀬戸に驚いたのは、サトルも同じだった。
そんな一同をお構いなしに、彼は独壇場を続ける。
「俺は……お前らみたいに正論を振りかざして、誰かを責めたり罰したり、正義のフリをする奴等が大っ嫌いなんだ。タバコ吸って健康を害しようが、こいつの自己責任だろ。ルールなんて誰かが勝手に決めたもんに従って、大人とかいうただ先に生まれただけの存在に支配されて、個人の意思とか思想なんてものは名ばかりの自由の中で管理されてる。まあ、これはその憂さ晴らしさ」
瀬戸は独り言のように語った。
こいつの要求は卑怯で、まったく許せないことだが、こいつの語る言葉には、悔しいが共感することもあった。
なぜならそれは、ロックの思想に通ずるものがあるからだ。
俺の愛したロックスター達は、中学生ぐらいの年からタバコぐらい平気で吸っていただろう。
俺だって別に、ルールや規則に従順に従っているかといえば、それほどでもない。
「さあ。どうすんだ。言っておくが、ただネットに画像をばらまくだけじゃねぇ。色んなとこで煽って焚きつけて大炎上させてやるよ」
学生間のSNSや噂話の影響力、嘘も真も関係ない毒性の強さは、以前のサラの一件で身に染みて覚えている。
いくら留利がそんな人間でないと周囲の人はわかっていても、ただ面白ければいいぐらいの感覚で、周囲の大勢がその声を押しつぶしていく。
話は事実からは大きく逸れ、ただ刺激的な部分だけがクローズアップされ真実として口々に伝播してゆく。
そうなってしまったら最後、もう煩い外野は無視するしかない。
だけど、俺は別にそれも耐えられる。それでもいいけれど。
留利にはそうはいかない。
彼女には彼女なりのポリシーがあって、それもまた誰かに縛り付けたり強制したりすることなんて出来ないんだ。
そして何より、こんな卑怯なやり方に彼女が傷をつけられたり、頭を下げる必要なんかない。
「なァ、クチナシ」
「ああ。もちろんだ、けど……」
ランボーは卑怯極まりないやり方に激昂し、今にも飛び出しかねないほど血走った目をしている。
俺も頭を下げる気はない。だけど、画像をばらまかれるわけにもいかない。
どうすればこの場を乗り切れるのか、必死に頭を巡らせる。
「……くっ、くそっ。面倒なことばっか……」
スパコンが、そうつぶやき、俺たちを押しのけて前に出ようとした時だった。
「おーい! ユウジ! どこ行ったんだよー!」
まさにその一瞬。
大声と共に路地裏にまた一人、学生がやってきた。
「あん? なになにどしたの?」
ひょうきんな声音で、この場の緊迫感なんてまるで気にしない様子で彼はズカズカ踏み込んでくる、
「ああ、大洋。いや別に……」
そんな彼の態度に、気まずそうに眼を反らしながら瀬戸が答える。
後からやってきた大洋と呼ばれた学生もまた、海寒高校の制服を着ている。
しかしそいつは制服の上着の前ボタンを全開にして袖を通しておらず、まるでマントのようにはためかせている。
整いのないツンツン頭で、どこか野生児味がある。
「俺、日向大洋! よろしくな! その制服は藤山だよな。最近藤山の奴とも友達になったぞ!」
ぱっちりした丸い瞳は、漫画で描いたようなキラキラした光があって、ただの笑顔なのに本当に眩しくなって目を細めたくなる。
「お、おう……」
俺はその陽キャ全開オーラに押し負けながらも、何とか返事をする。
「んで、どうしたんだよ。ユウジ」
日向とかいうヤツは、瀬戸に向かって聞く。
どうやら、瀬戸の下の名前がユウジというらしいな。
「いいや。ちょっとイザコザがあったみたいだ。彼がタバコを吸っていたというが、ホントかどうかわからん。喧嘩の仲裁さ」
瀬戸はサラリと嘘を言った。
「デマカセ言ってんじゃねェ! こいつがタバコを吸っていたんだろうがァ!」
ランボーの反論に、日向は目を丸くする。
「でも違うって言ってるぞ、ユウジ」
「知らん。それが嘘かもしれんぞ」
瀬戸は白々しく言い切る。
「そうか……よし」
そういうと、日向はランボーとサトルの手を握った。
「だったら野球で決着だ! 負けた方は勝った方に謝る! それで恨みっこなしだ!」
一同は、日向の突飛な発言に静止した。
かすかに、瀬戸が「はあ。くだらね。もう興味失せたわ」と呟いたのが聞こえた。
「オオウ! 野球なら任せろォ!」
しまった!? こっちにもバカが居た!?
「じゃ、決まりだな。海寒軍対藤山軍の草野球対決だ! 今度の週末はみんな予定空けとけよ!」
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