第70話「赤と白のボーダー」
学生生活の中で最も大きいイベント行事と言えば、修学旅行という人も多いだろう。
わが校では宿泊研修という名目だが、生徒達にとっては三泊四日の学生旅行という認識しかない。
今日のホームルームでは、その班分けを行っている。
班は、宿泊時の部屋割りであったり、移動中の交通機関の座席、自由行動の行先などに影響してくる。班分け自体に男女は関係ないというのがうちの学校のルールだ。
ちなみに宿泊部屋は男女のフロア自体が分かれ、お互いの階層には出禁となる。
そして、担任の松本が戒めの為なのか、慣れた口調で過去に宿泊先のホテルで羽目を外したがために怪我をした学生の話をしている。
もうなんか擦られすぎてて半分落語と化しているよな。こういう話って。
大半のクラスメイト達はキャッキャとはしゃぎながらこの班分けを行うが、俺のようなはみ出し者にとっては特に騒ぐようなことは無い。
当然の成り行きという感じで、俺とスパコンは二人でくっつき、クラス内では同じく孤立状態となっているサラを加えて三人となった。
しかし、班分けは最低四人は必要とのことである。
「ねえ、神宮寺さんさえよければ、私も一緒の班にいれてくれないかな」
その時、柊木から声をかけられた。
「え、まあいいけど」
サラは特に異存はないという感じで、毛先を弄んでいる。
柊木は「どうも」という感じで頷くと、付近の空席に腰を下ろした。
それにしても、なんかこの二人の仲ってよくわからんのよな……。
サラは本質的には以前と同様に女王なので、基本的に自分から誰かを伺うようなコミュニケーションはしないし、対する柊木は誰に対してもフラットな感じなので、好意も敵意もわかりにくいんだよな。
スパコンも女子が多数の場ではきょどってあまり喋らないし、仕方なく俺がなんとなく場を持たせるために口を開く。
「柊木は他の友達と組まなくてもいいのか」
「うん、まあね。女の子ばっかりの班もそれはそれで疲れるし」
あっけらかんと、でも周りには聞こえない程度の小声でいう。
まあ、そういうのもあるのだろう。
俺はそんな女子二人の顔を見比べながら、修学旅行の日程表に目を落とす。
初日と最終日はほぼ移動で合間を埋めるように郷土資料会館のようなところで講演を聞くことになっている。二日目と三日目が自由行動で、二日目は京都・奈良の寺社仏閣を巡り日本史を学び、三日目は大阪で観光という感じだ。
班ごとに自由行動時の行先をプリントに書き記し、ホームルームの中で提出する。
この時間だけは各自スマートフォンで検索をすることが許され、騒々しくなる教室で班ごとに話し合いが始まった。
「京都には結構聖地があるが、大阪はあんまりなんだよなー。三日目は食い倒れツアーだぜ」
勝手に日程を決めるスパコンは置いておこう。
コイツは、赤と白のボーダーでも着せておけば、大阪になじみそうだ。同じドラマーだしな。
「そういえば、朽林たちのバンドは受かったよね? ネクスト・サンライズ」
柊木はシャープペンを片手に目線は日程表に落としながら尋ねてくる。
「おう、柊木たちは」
「うん、受かった」
目線を上げ、微笑しながら小さいガッツポーズを胸の前で作る柊木に、俺は称賛の意も込めて笑みを返す。
まあ、俺たちよりも遥かに合格の見込みがあったのは『Yellow Freesia』だろうから心配はしていなかったけれども。
「やっぱり凄いのね、柊木さんたちって。ところで柊木さんが楽器を始めたきっかけってなんなの?」
サラが退屈まぎれに話に加わると、柊木は少し目を反らしながら言葉に詰まる。
「えー、まあ大したきっかけはないんだけど……」
なぜか答えに窮する柊木だが、彼女の経緯は俺も気にはなるので質問に続く。
「いつ頃からベースやってるんだ? 中学の頃はそんな感じなかったような」
「うん、まあ、高イチから始めたから」
「そうなのか、てか、俺とほぼ同時期じゃねぇか……」
それであれだけ上手ければ、なぜか負けたような感覚があるのはなぜだろうか。
きっと柊木も強い思いで練習を重ねてきたに違いない。
「きっかけってほどじゃないかもしれないけど、憧れの人がベースを弾いていたから、かな」
平坦な声で、セリフを読み上げるように彼女は言った。
「俺も似たようなもんだな。初めて見たライブでベーシストに感銘を受けて。似てるのかもな、俺たち」
「……そうかな」
柊木は、指先でペンを弄びながら俺の言葉にうなずいた。
「ハァ!? このチャーシュー男! 勝手に自由行動ルート決めないでよ」
「ちょ、神氏はどこでもよさそうだったからワイの覇権アニメ聖地巡礼ツアーを……」
「だからって、何の変哲もない踏切とか神社の階段とか見たってしょうがないじゃないのよ!」
ちょうどその時、ぎゃいぎゃいとサラとスパコンが騒ぎはじめ、ようやく自由行動の話し合いに戻る。
侃々諤々という風情で、話し合う三人を眺めながら、それでも気持ちはやっぱりネクスト・サンライズの事を考えてしまう。
俺はスマートフォンで行先を検索するふりをして、ネクスト・サンライズの情報を検索してみる。
一次審査の結果が公式ホームページに書いてあり、俺たちのバンド名……まあ間違えてネコモノラルになってるけど、もちゃんと記載されていた。
応募総数348組、そのうちの15組が一次審査の合格となったバンドの様だ。
そう考えると、かなり厳しい選考だったことがうかがえる。
二次審査はライブハウスで実際の演奏を審査される。
審査員よりも、周りの参加者の演奏が気になりそうだ。
「そういえば、霧島君も受かったらしいよ。あっちのクラスの友達が言ってた」
「そうか、やっぱりな」
柊木が、俺がスマホでネクスト・サンライズの公式ページを見ているのに気が付き、教えてくれた。
けれども、学祭の時の『hiなんたらかんたら』というバンド名は見当たらない。
「他校の人と新しくバンドを組んで応募してたみたい。結構強敵だよね」
柊木は、あんまり強敵には思っていなさそうな口調で続けた。
まあ、ガールズバンドの彼女らと霧島バンドはジャンルが違いそうだしな。
その時、適当にスクロールしていたスマホの画面に一件の通知が来る。
その差出人はアリサだった。
そのまま何気なく本文を見ると、『新曲出来た! 感想よこしなさい』という文字と共に、音楽データが添付されていた。
以前、アカウントを登録して以来、たびたびこうして脈絡もなくメッセージが来ることがある。脈絡の無さで言えばランボーも同レベルなので耐性はあるがな。
俺が苦笑しながら、ちょうど目の前に柊木が居るので、その画面を見せて「こいつは授業中じゃねぇのかよ」と笑った。
「えっ、アリサ?」
「ハァ?」
しかし女子二人は、揃って俺の画面を凝視して眉間にシワを作った。
……あれ、なんか思った反応と違うな。
「おっ、そうだそうだ。連絡用にグループつくろうず……どうかしたか?」
そんな俺たち三人を、スパコンがマイペースにスマホをいじりながら不思議そうに見つめていた。
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