第62話「最終回みたいなノリ」

 夏休みも後半に差し掛かった二回目のレコーディングの日。

 俺たちバンドメンバー三人に加え、ジョニーは相変わらずスタジオに籠っていた。


 前回のレコーディングでスパコンのドラムパートはほぼ録り終え、残りは俺のベースとコーラス、そしてランボーのギターとボーカルだ。

 俺は新たな相棒、ミュージックマン・スティングレイを携えて録音ブースに入った。


「おっ、ついに新相棒解禁か」

 スパコンも俺の新しい相棒に興味津々である。

「かっこいいなァ! プティングレイ!」

 美味しそうな名前に言い間違えるランボーを放って、俺はセッティングを始める。


「よし、始めるぞ」

 ジョニーの合図により、俺のパートのレコーディングが始まる。


 俺のパートも、スパコン同様一筋縄ではいかない状況ではあったが、夏休み前にレコーディングした時よりも確実に進歩を感じることが出来た。

 前回は、録音するということ自体にも緊張し、どこか探るような状態であったが、今回は違う。

 

 確実に前回以上の音源を作るんだという意気込みで、主にメンタル面での進歩が大きいだろう。

 技術的なダメ出しをジョニーから受けながらも、回数を重ねるごとに改良をしていく。


 ひとしきり、今日の俺の分を取り終え、ランボーと入れ替わる。

 俺は喉の渇きを癒すために、ペットボトルのミネラルウォーターを飲み干した。


「お疲れ。よかったぜ」

 スパコンがリラックスした様子で労いの言葉をくれる。

 こいつは自分のパートは終わってるもんで、幾分か気楽そうである。

 そんなスパコンの顔を見て思い出したのが、先日遭遇したスパコンの妹、留利の事である。


「そういえばこないだ、お前の妹に会ったぞ」

 何気なく言うと、「えあはぁ!?」という謎の擬音を発してスパコンは眉間にシワを寄せた。

「あいつなんなんだよ。なんか迷惑かけられなかったか?」

 スパコンの聞くことが、まさに妹が心配していることと一緒で俺はつい笑ってしまう。

「いいや、別に。お前も心配されてたぞ」

「ったく。昔っからそうなんだ。変に真面目で無鉄砲だからいつもワイが後始末に駆り出されるんだ……」

 

 聞けば、小学生くらいまでの幼き日のスパコンは、妹の正義感による行動、例えば公園でハトをいじめていた他校の男子とか、公園のトイレに悪戯をするやつらとかに突っかかってはトラブルになり、そのたびにスパコンが出てきて仲裁をしていたそうだ。

 当時のスパコンは体格も周りと比べて大きく、それなりに存在感もあったらしい。


 嫌々そうに喋るスパコンを見て、俺は兄妹ってそういうもんかなと思っていた。

 

「ランボー、走ってる。焦るなよ、もっかい頭からだ」

 一方、ちょうどギターの録音を始めたランボーが、ジョニーからゲキを貰っていた。

 ランボーは、これからが勝負だ。

 結果、この日はへとへとになりながらも、全員のパートの大部分の収録を終えることが出来たのだった。



 夏休みも、後半になるにつれて時間の加速度が増しているのではないかと思うほど、あっという間に過ぎ去っていく。

 まあ、別荘での合宿、バイト、それにレコーディングに加え、夏の盆には母と墓参りにも行き、さらに空き時間にはベースの練習と詰め込んでいれば、時間がいくらあっても足りないのは事実であるが。


 そんなこんなで、夏休み最終日の前日。

 レコーディングの最終日であり、ネクスト・サンライズ応募の締め切り前日でもある。

 先日は、今年のRISE・ALIVEが開催され、ただのイチお客さんとして参加した。

 やはり、実際に目にする巨大なステージは圧巻であり、改めてこのステージを目指すんだという意気込みを強めた。


 そして今日は、それまで収録した音源を、スパコンが試行錯誤しながらミックスした楽曲を確認し、録り直す箇所が無いかの最終確認だった。

 これまで、録音にはジョニーが尽力してくれていたが、「何から何までやったらお前らの力が付かないだろ」ということで、編集作業はパソコンが得意なスパコンに一任された。

 スパコンが作成した音源を再生し、一同はそれに耳を傾ける。


 前回の、仮音源から比べれば、明らかに違う。

 これまで勢いやノリで誤魔化していた微細なミスがなくなり、楽曲としての完成度が上がっている。

 やっぱり、再録音しておいてよかったと内心ではホッとする。


「なァ、いいか」

 ひとしきり、楽曲を聞いた後。

 ランボーが真剣な表情で切り出した。

「どうした?」

 尋ねる俺に向かって、まっすぐ見つめて口を開く。


「やっぱりよォ、『river side moon』はクチナシが歌えよ」


 ランボーがそう言ったのは意外だった。

 音源で録音したのはランボーがボーカルであり、最近ではギターの技術も向上していて、ギターボーカルでも問題なく演奏できている。

「あ、それワイも思ってた。クチナシの方がいいよな絶対」

 そこに、スパコンまでも援護射撃をしてくる。

 俺は僅かに動揺しながら、言い訳を口にした。


「……歌唱力じゃランボーの方が上だろ。少しでもネクスト・サンライズの審査突破を目指すなら今のままの方が……」

 俺は助けを求めるようにジョニーの方を見るが、「お前らで決めろ」という仕草で腕を組んだ。

 正直に言って、俺は人前で歌うことに自信はない。

 ここで俺の歌で録音するとなれば、今後の本番では俺が歌うということになる。

 

 だが、一つの出来事を思い出す。

 あの夏の合宿で、別荘でサラの母親から告げられた言葉。

 サラはいつも、俺が歌うあの曲を聞いているという。


 やっぱり、この曲に込めた思いを伝えるのは、俺が相応しいのだろうか。


「……わかったよ。俺の歌で、レコーディングしよう」

 そういうと、一同は待ってましたと言わんばかりに機材の準備を始める。

 ふと、ランボーと目が合う。

 言い出しっぺのランボーは、なぜか少し遠い目をして呆けたような顔をしているのが印象的だった。



「……これで、本当にいいんだな?」

「ああ、いいぜもう、さっさと送っちまえよ」

「果たし状、確かに送り候ってなァ」


 俺たち三人は、揃って俺のスマートフォンをのぞき込んでいる。

 画面にはメールアプリが開かれており、今しがた完成した二曲と募集要項に沿った必要事項を記入したテキストデータが添付されている。

 記載内容を三周して間違いがない事を確認し、あとは送信ボタンを押すだけである。


 その指先は、ここから先に行けばもう後戻りが出来ないという事実に震えていた。

 まあ、もう締め切りは明日なのだから、これ以上作り直すこともできないのだが。


「押す……押した」

 俺は、送信が無事完了したという無機質なメッセージをぼんやりと見つめる。

「やったな。もう、終わったんだぜ」

「オレたちの戦いはこれからだ……!」

 

 なぜか最終回みたいなノリになっているが、もちろんここで終わりではない。

 むしろ、ここからが本番になる、はずだ。

 

 ネクスト・サンライズ、一次審査突破へ向けて、この日。

 俺たち『Noke monaural』は音源を応募した。


 あとは、結果を待つだけである。

 

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