第15話「冷たいホットコーヒー」
春藤祭の準備も、そろそろ本格的な装いを見せ始める。
この日、俺と神宮寺はガムテープや紙コップなどの備品を買いだすために、放課後に学校近くのホームセンターへ赴いた。
「あのさ、荷物持ちを誰か連れてこいって言ったけどさ……」
神宮寺は困惑気味に頭をかく。
俺は事前に、荷物が多くなりそうだから荷物持ちを用意しろと神宮寺に無理難題を押し付けられていた。
「なんなの? こいつら」
こいつらとは失礼な。大事な俺のバンドメンバー兼、頼み事ができる唯一の奴らだ。
そもそも、学校内で頼み事をできる奴なんか、こいつらしかいない。
「おいおい、クチナシ。ワイは『藤岡屋、』の『プレみそ』を奢ってくれるっていうから来たのに、この言われようはなんなんだ?」
「オレ、電動インパクトって好きなんだよなァ。これでギター弾いたらカッケェきがするなァ」
スパコンとランボーは各々、いつも通り煩かった。
ふむ。やっぱ連れてくるのは失敗だったか。
「ま、まぁ。早く用事を済ませちまおう」
俺がなんとか神宮寺をなだめると、渋々頷き歩みを進めた。
ホームセンターは園芸用品や資材などが並び、見ているだけでちょっとしたテーマパークのような感じがして好きだ。
男子なら、一度は意味もなく工具を選別したりするよね。
実際、ランボーは絶賛電動工具売り場に張り付き、クラリネットをねだる子供のように目を輝かせて居る。
俺たちはそれを無視し、春藤祭の準備に必要な一式をスパコンが押すカートに放り込む。
「ねぇ、あんたってさ。こいつらしか知り合いいないの?」
「う、うん。まぁ……」
「そ。まあどうでもいいんだけどさ」
何か言いたげな神宮寺は、それきり特に喋ることもなく買い物を続けた。
ひとしきり、買い込みが終わると、レジで精算し領収書を受け取った。
これ、また清算しなきゃいけないのは面倒だなぁ。
一旦、その買い込んだ荷物を教室へ運び込む。
その時は、スパコンとランボーの手があって本当に助かった。
装飾品を作るにあたり、段ボールはかなりの量が必要で、もしも俺と神宮寺の二人では、数回往復しなければならないところだった。
ちなみに、神宮寺の友人知人は助けに来ないのかと尋ねたところ、「こんな雑用押し付けられないでしょ」とのことだった。
ごめんな、俺の親友たちよ。雑用のためだけに呼び出しちまって。
「ようし、終わった」
俺は一通りの荷物を教室の隅に置き、額の汗を拭った。
「さて、帰るぞ野郎ども」
俺は二人を引き連れて帰ろうとすると、「まちなさい」と神宮寺の声がした。
「ん?」
「さすがに、タダ働きってわけにもいかないでしょ。参考資料作りのためのカフェ見学費ってことで雑費抑えてあるから。お茶でも奢ってあげるわ」
マジか、意外と律儀というかなんというか。
しかし、決して自腹ではなく経費を使うところがコイツらしいな。
まあ、俺も呼び出す交換条件としてラーメン一杯を提示していたんだが、その費用はおされられそうだ。
素直にその提案に乗ることにする。
「お、おうふ……」
「ア、アァ……」
一方のオタクとヤンキーは、壊れたファービーのように情けない声を出していた。
わかるぞ。女子からお茶に誘われる経験なんてないもんな。しかも相手は学校一の有名人だ。
俺も神宮寺に対して先入観がなければ同じリアクションをしていたことだろう。
残念ながら、神宮寺サラとの業務提携のような関係性が出来上がった今は、ただの事務処理のような誘いにドキドキはできないけれど。
*
国道沿いに立つ、チェーン展開のカフェ。
しかし、俺らのような泥臭い男子高校生には一度も踏み入れたことのない、未知のダンジョンだった。
お洒落なジャズが流れる店内には、緑のエプロン姿の女子大生ぐらいの店員が居て、高校生の俺たちを微笑ましい様子で見ている。
「さ、なんにする?」
神宮寺が問う。
俺が代表して男子共のオーダーを取りまとめる。
「わ、ワイはカフェラテ、ミルクマシマシで」
「お、オレは冷たいホットコーヒー」
「いや、ミルクのマシマシは出来ない。あとホットかアイスかどっちだよ」
うーん、こいつらにカフェはまだ早すぎたようだ。
カフェの注文方法の教習所とか無いのかな。
イケてない男子はまず仮免から路上教習と訓練した方がいい気がする。
「とりあえず、アイスコーヒーとカフェラテだな。サイズは?」
「並」
「メガ盛り」
「いや、無いから……。トール?とかグランデ?らしいが」
俺はレジに置かれたメニュー表を凝視する。
食券制のありがたみをひしひしと実感するぜ。
「じゃあ、ワイはウリエル」
「オレはグラビジャで」
「いやどのサイズだよそれ……」
確かに神話っぽいけどさ、トール。グランデとかファンタジーゲームの単語っぽいし。
ゲームとかの薄っぺらい知識しかないから、それが具体的に何なのかもわからないけれど。
すると、後ろからクスクスと堪えた笑い声が聞こえた。
神宮寺はあまりの俺らのポンコツなやり取りを笑っていた。
「なんなのあんたら……」
俺たちが、カフェの注文が初めてなように、彼女にとって男子共のばかばかしいやり取りは新鮮だったようだ。
確かに、神宮寺の周りにいる奴らって、なんか気取った話題しかしてないよな。
きっとカフェの注文にあくせくすることなんかないのだろう。
何とか注文を取り付け、頼んだ品々を受け取る。
途中、ストローなんかが置かれている台で、「揚げ玉とネギを乗せ放題なのか?」とスパコンが息を荒げるなど、珍道中を繰り広げようやく奥の四人掛けボックス席に落ち着く。
「ウマッ!? 何だこりゃァ。ヤベェ薬でも入ってるのかァ」
ランボーが未知の飲み物に興奮気にはしゃぐ。
「ワイ、缶コーヒーは泥水だと思っていたが、店の物は違うんだな」
子供舌のスパコンは、普段は甘ったるいジュースしか飲んでいないので、ちゃんとしたカフェラテに感動していた。
「あんたら、原始人かよ……」
引き続き笑いをこらえきれない神宮寺に向かって、二人の土人は敬意を表す。
「姉御と呼ばせてくれェ」
「神宮寺氏……いやもはや神氏」
そんな二人に尊敬のまなざしで見つめられ、怒るべきなのかあきれるべきなのか、はたまた笑うべきなのか、困った表情を神宮寺は浮かべた。
そんなやり取りが数分続いた後、俺たちは次第にスマホを見つめるなど弛緩した空気になる。
「あ、そういや今日の練習はどうするん? ワイ、練習がないならゲーセンで新筐体を確認しに行かなきゃいけないんだが」
出し抜けに、スパコンが聞いてきた。
「いや、練習しなきゃダメだろ。本番までもうそんなに時間ないし」
「よっしゃァ、今日も暴れるぜェ」
俺たちの会話を、怪訝そうに神宮寺が見つめる。
「なに? 漫才の練習でもするの?」
「……ちげぇよ、春藤祭。有志バンドで出るんだよ」
俺が答えると、明らかに驚いた表情をして見せる。
「うわー……意外。そういやあんた、やたら海外アーティストの話してたわね。コミックバンドってやつ? あ、エアバンドとか? 変な踊りし始めるんでしょ」
「んなわけねぇよ……」
俺は、ある意味予想通りの反応にげんなりする。
しかし、スパコンとランボーは気にせずはしゃいでいた。
「そうだ、姉御も見に来てくれよなァ。ライブ」
「いやよ。あんたたちの演奏とか、笑いをこらえるのにお腹痛くなりそ」
「神氏もワイたちのこと、『わしが育てた』って言ってもいいぜ」
そんな会話に興じていると、なんだか神宮寺も自然とスパコンやランボーとも会話していて、ホッとする半面、なぜか寂寥感のようなモヤモヤする気持ちがあった。
きっと、自分にしか懐いていない珍獣二匹(オタクとヤンキー)がほかの人からも普通にエサをもらったりしているのを見る気持ちってこうなんだなと思った。
やいのやいの言い合っていたその時だった。
「あれっ、サラじゃん。何してんの?」
太くハリのある声がカフェに響く。
霧島翔斗は俺たちのテーブルの横に来ると、サラの顔だけを見て言った。
「あ、翔斗。いま春藤祭の買い出し終わったとこ」
神宮寺が、今までの俺たちとの会話とは少し違う、硬いトーンで答える。
「んで、これらはどういう?」
「あー、作業賃?みたいな」
先ほどまでは笑みを浮かべていた神宮寺だったが、あえてなのか、気だるそうな言い方をする。
「ほーん、サラってマジでそういうとこクソ真面目だよな。すげぇわ、マジ尊敬するわ」
「ま、まあね」
「もう会計済んでんなら十分じゃね? 今からみんなでラウニャン行くけど来るっしょ?」
霧島は早口でそういうと、神宮寺の肩に手をかける。
「あー、うん。いくいく」
そういうと、神宮寺は一瞬俺たちを振り向き、しかし特に手を振ることもなく霧島についていき、店を後にするのだった。
残された俺たちは、嵐が過ぎ去ったような顔で呆然としていた。
まあ、もう会計も済んでいるし、お礼のお茶は奢ってもらった(経費支払)から当初の目的は果たされているのだけれど。
「つか、アイツ何しに店に来たんだ? 何も買ってねぇぞ」
ランボーが、いつものアホみたいなしゃべり方ではなく、ボソッとつぶやいたのが印象的だった。
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