第14話「掃溜めの中に煌めく原石」
その週の土日、俺たちはスタジオ「しろっぷ」に集結していた。
というのも、先日約束を取り付けたジョニーを招いての練習を行うためである。
すでに各自集合しており、俺たちは楽器の準備を行った。
ジョニーはせまっ苦しい「しろっぷ」のスタジオ内に丸椅子を置き、聞く準備は万端だ。
「よし、始めるか」
俺の声をきっかけに、演奏が始まる。
今回は本番を意識して、演奏する曲目も本番でやれそうなものをチョイスした。
まあ、そうは言うが、俺たちが演奏できる曲は元々5,6曲であり、その中でも完成度の高い4曲を演奏した。
俺たちの演奏を、ジョニーは真剣な表情で見ている。
時々、スパコンのリズムが走っている……つまり、早くなってしまっていることや、ランボーが雑にギターを弾くと睨みつけるなど、演奏の細かいところにも指導が入る。
ジョニーがメジャーデビュー寸前まで行ったらしいというのは、彼の実力を見れば明らかだった。
彼のメインはリードギターだったそうだが、ほかの楽器もかなり上手だ。
正直、ギターの腕前なら霧島よりもはるかに上だろう。
俺たちは汗を流し、約三時間にも及ぶジョニーのレッスンをみっちりと受けた。
その日の練習の後、俺たちメンバーとジョニーの四人はカフェスペースでクリームソーダを啜りながらいつものように駄弁っていた。
その時に、俺は何気ない風を装って切り出してみた。
かねてより、みんなには言いたいと思っていたが、切り出すタイミングをうかがっていた。
「あ、そういえばさ。デモつくってみたんだ」
「デモ? なんぞそれ、攻撃力2500のモンスターか?」
スパコンは相変わらずスマホで音ゲーをポチポチしながら、目線もくれず返事をする。
それはデーモンの召喚……。
「オレ知ってるぜ。なんか大漁旗掲げて街を練り歩くんだろ」
ランボーのアホな発言は全員が無視する。
「デモってことは、お前。ついにオリジナル曲を作ったのか!」
ジョニーはふかしていたタバコの煙をぷはっと吐き、驚きと笑いと感動がこもった声で叫んだ。
そうオーバーなリアクションをされてしまうと恥ずかしいので、何気なく言ったんだがな……。
「まあ、そんな感じ……」
「オリジナル曲ならこないだオレもつくっただろ」
ランボーが不服そうに言う。
確かに、ランボーもたまに「味噌ラーメンの歌」とか、「ネギラーメンの歌」とか勝手に作詞作曲しているが、明らかに適当な思いつきで弾いているだけである。しかも、ラーメン以外に題材はないのかよ。
「お前のはただの騒音だ。それより、音源はないのか?」
ジョニーはランボーを一蹴し、俺の差し出したスマホをもぎ取った。
俺の作った曲は、スマホアプリで作った簡易的な打ち込み音源だ。
スマホに最初から入っているアプリでも、頑張ればそれなりの音源が作れることをジョニーから教わり、夜な夜なポチポチと打ち込んでいた。歌パートはシンセサイザーを使用して作成した。
それを再生し、三人は耳を傾ける。俺は固唾をのんでその状況を見守った。
その時間は、ほんの四分しかない曲の時間よりもはるかに長く感じた。
自分の生み出したものを、一から誰かに聞かせるのは、ほかには例えようがない緊張感がある。
うれしいやら、恥ずかしいやら。
途中で、「やっぱ無し!」と叫びたくなる衝動を必死に抑える。
やがて、俺の曲の再生が終わると、三人は三者三様のリアクションをした。
「重い曲だな」とはスパコンの感想。
「なんかカッケェきがするなァ」とはランボーの感想。
そして、ジョニー腕組みしながらしばし考え、呟くように言った。
「初めての曲にしちゃあ、よくできてる方だな。お前の音楽的趣味も反映されてて、個性もある。まあ、細かく直さなきゃいけないとこは後で教えてやるが……大きな問題が一つある」
「問題?」
俺はオウム返しに聞き返した。
「ランボーが歌いながらギターを弾けないだろ、これ」
そう言われて、確かにその可能性があることを思い出した。
ランボーは歌に関して言えば、特にロックについては天性の声質と声量でその才能を発揮していた。
だが、弱点があるのはギターの方だ。
弾きながら歌うため、ほかの二人のパートよりも負担は大きくなる。これまでの楽曲はなるべくギターがシンプルな曲を選んできたため、あまり問題にはならなかった。
「全部パワーコードでいくから問題ねェ」
ちなみに、パワーコードというのはロックで良く用いられる演奏法で、簡単に言えば音数が少ない和音である。
その分、演奏も比較的容易である。
「だめだ。今までやってきたメロコア、パンクならそれでも聞けないことはないが、この曲は今までよりもメロディが重要になる。だから、少なくともコード感は残さないといけない。アルペジオも入れた方がいいだろう。エフェクターを使ってディレイを入れてもいいかもしれない」
ジョニーが言うように、俺の書いた曲はいわばロックバラードのような曲で、テンポもゆっくり目で出来ている。
その分、しっかりと聴かせる演奏をしなければならない。これまでの曲よりも、数段レベルは上がることになる。
「そ、そうかァ……」
ショックを受けるランボーをよそに、ジョニーは続ける。
「ならいっそツインボーカルでお前も歌ったらどうだ?」
ツインボーカルなら、ギターが難しい部分をベースのお前が歌えばカバーできるだろうというが、俺は自分が歌うなんてつもりは毛頭なかった。
「……さすがに俺の歌じゃ、ランボーに見劣りする」
そもそも、人前で歌ったことなんかないので、失敗するのは目に見えている。
「じゃあ、ランボーがギターの練習をするしかないな。だが、これだけは言っておく」
ジョニーは改めて、真面目腐った顔で言った。
「この曲は大事にしろ。お前らにとって一つ上のステージへあがる大事な鍵だ。バンドの初期にはな、後から作ろうと思っても作り出せない空気感があるんだ。全然洗練されてないクソみたいな掃溜めの中に煌めく原石みたいなものがな。ソイツを大事に抱えて磨いて行けよ」
その言葉をスパコンは茶化したようにヘラヘラ笑って、つられたようにランボーもアホなことを言うが、俺には不思議なほどにスッと心に刺さった。
この曲は、あの日のアキラさんとの河川敷での出来事をイメージして作った。
だから、この曲を大事に抱えて磨いていけという言葉は、お前は間違っていないと背中を押してもらったみたいで、素直にうれしかったのだ。
喫茶店の壁には、さまざまなレコードやCDが飾られている。
その中の一枚、黒い髪の女性がアコースティックギターを抱いているジャケットを見上げる。
少しでも、追いつけるかな。
俺は心の中で、そうつぶやいた。
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