第13話「俺のロックスター偉人伝」
それから、いくらかの日にちが過ぎた。
春藤祭を先に控えながらも、授業は当たり前に行われる。俺はダラダラとノートにペンを走らせながら昼休みを待った。
チャイムが鳴り、ようやく昼休み。
俺は一人、弁当をつまみながら、スマホにイヤホンを差し音楽を聴いていた。
普段であれば、スパコンが煩いオタクトークを展開させ、俺はそれに適当な相槌を打つという昼休みの過ごしかたをするのだが、本日は学食がカツカレーの日だ。この日はスパコンは弁当ではなく学食を利用するので、俺は一人で昼食をとっていた。
クチナシ、昼メシの流儀である。時間や学校に囚われず幸福に空腹を満たすとき、俺は自分勝手になり自由になる。……なんてな。
「へぇ、あんたって『AKIRA』とか聴くんだ」
「うあぁ!?」
急に、肩越しにサボンのいい香りがして声をかけられた。
唐突な出来事に、俺は柄にもなく情けない叫びをあげる。
振り向いた先のまぶしいくらいの金髪は、見間違うことなく神宮寺サラである。
「き、急に近くで話しかけんなよ」
それと、勝手にスマホの画面をのぞき込まないでほしい。
男子高校生のパーソナルスペースでは、いつ桃色の履歴が顔を出すかわからないのである。
ほら、見出しだけだと中身がわからないからね。ネットサーフィン中にニュースサイトに飛んでみたらピンクな画像に偶然出会っちゃったりとかするからね。ほんとに偶然なんだけどね。
今は俺が音楽を再生している画面が表示されていたため、あらぬ誤解を受けずに済んだ。
たまに、うっかり開いたピンクなウェブサイトがまったく消えない!って焦る夢を見て飛び起きたりするよね……え、しない?
「イヤホンで音楽聴いてたし。近くまで来て声かけるでしょ普通」
神宮寺サラはこちらの対応を気にもせず、俺の前の空席にどかっと座り、足を組む。
膝上十五センチのきわどいスカートから覗く、真っ白な素足に俺は視線を巡らせながら、「なんか用か」とぶっきらぼうに聞く。
「今日の放課後、委員会の業務があるから残ってよね」
「ああ、わかった。てか、そんぐらいならメッセージ飛ばしてくれればいいじゃねえか」
「ハァ? 同じ教室に居るのに、なんでわざわざメッセしなきゃいけないの?」
まあ、言われればそうなのだが。
こう、教室内で神宮寺サラと会話しているとね、周りの視線が気になるんですよ。
学生カースト制度を破った罪に問われないかヒヤヒヤしていると、それで会話終了と見做したのか、相変わらず神宮寺サラは一瞥もなく、その場を去り、美野ら女子グループが待つ座席群へと向かった。
「サラ、なんしてんの?」
「ん? 委員会の業務。あと、ナツミ、ご飯粒ついてるよ」
まあ、神宮寺サラほどの階級まで行けば、俺と会話した程度でいじられることもないのか。
そして、放課後。
今度は、予算書を作成して実行委員本部に提出しなければならず、その計算を行っていた。
必要な材料や道具、紙コップやらガムテープやらの個数を算出し、本部が作成した価格表を見ながら計算を黙々と行っていく。
それを借りてきたノートパソコンに打ち込み、エクセルにて予算書を作成する。
しかしこの作業、結構面倒だ。
気だるい空気が二人の間に流れる。
向かい合って座る俺たちは、手元に視線を落としたまま、無言で作業をしていた。
「ねぇ、なんか面白い話してよ」
うわー……絶対滑る振り来ちゃった。
神宮寺サラは書き出した必要道具と価格表を照らし合わせている。
いかにも退屈そうに、指で毛先をくるくるともてあそんでいた。
俺はぱちぱちとノートパソコンのキーをうちながら、重々しく口を開く。
俺の会話の引き出しなんて、『藤岡屋、』のラーメン談義か音楽の話しかない。
「ビートルズのベーシスト、ポール・マッカートニーは動物が大好きだったらしい。とあるシーフードレストランで食事をする際に、生け簀に入ってたロブスターが可哀そうになり、全部買い占めて海に帰したそうだ……いや、それなら最初からシーフードレストランに行くなよってな」
俺の脳内にある『ロックスター偉人伝~面白編~』から選りすぐりのエピソードを紹介した。
ちなみに、スパコンに話した場合のリアクションは「てか、ポールマッカーサーって誰?」であり、ランボーは「オレ馬鹿だからよくわかんねぇけどよォ……そいつはイケないことだと思うぜ」だった。
案の定、神宮寺サラも「はぁ。まあ、ビートルズは私の両親も好きよ」と気の抜けた返事しかくれなかった。
「まあいいわ。続けて」
と促されたので、俺はまだまだ続ける。
「レッドホッドチリペッパーズというバンドは、過激なパフォーマンスが有名で、全裸になり局部に靴下をはめて演奏するパフォーマンスをしていたらしい。とある店で、毛がはみ出していたことが原因で大目玉を食らったらしい。……いや、キレるとこそこか?ってな」
「……うん、もういいわ」
神宮寺サラはげんなりしながら顔を挙げた。
「そっちから言えっていったんじゃねぇか」
とりあえず、無駄話をしている間に予算書は完成していた。
ちょうどその時だった。
教室のドアが勢いよく開き、太くハリのある声がかかる。
「おっすー、サラ。お仕事終わった?」
霧島は取り巻き数人を引き連れて浅黒い顔をのぞかせた。
「うん、今ちょうど終わったとこー」
「マジか。じゃあ帰りにマックよってくべ」
神宮寺サラは頷き、俺に一瞥することなく、教室を後にした。
揺れる金色の後ろ髪を見送り、ひとりポツンと取り残された俺は誰に言うでもなく「かえって練習すっかぁ」とつぶやいた。
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