第12話「ライブで見返すしかないさ」

 またある日の放課後、今度は春藤祭の有志バンドに出演する生徒たちが視聴覚室に集められていた。

 一年生から三年生まで入り乱れる二十人弱の生徒たちは、それぞれのメンツを確認しながらも、和気あいあいと雑談していた。

 当然のごとく、霧島はその輪の中心にいる。

 まあ、俺たちはもちろん、その輪には加わらず遠巻きに眺めているのだけれど。


 本日は、有志発表部門の説明会である。

 有志バンドには、恒例となっている人気投票があり、無慈悲にもバンドの人気順位が決まってしまう。

 生徒たち全員は、一人一票を一番よかったと思うバンドに投票する。


 ちなみに昨年の一位は、かつて霧島に誘われスタジオセッションに行った時の、剣崎率いるバンドだ。

 そこに次いで、当時まだ一年生だった霧島のバンドが二位を獲得していた。


 一年生にとって春藤祭は、入学して一月そこそこぐらいの期間しかなく、たいていは寄せ集めのメンバーにしかならない。

 そのため、上位入賞は過去に例を見ない快挙であるらしい。

 得票の大半をこの二つのバンドが占め、ほかのバンドの得票数は一桁もざらにあったとか。


「えー、諸君。本日はお集まりいただき、感謝する」

 眼鏡がトレードマークの、生真面目で若干妙なしゃべり方をする男子生徒が、生徒会長である。

 有志バンド発表は生徒会が取り仕切っており、この説明会の司会は生徒会長が行う。


「今日は、注意事項の説明、および各位の出場最終確認とタイムテーブルを決定する。タイムテーブルのたたき台はこちらで決めてきたので、それぞれの都合を確認させていただこう」

 俺たち含め、総勢5バンドの出演順を描いた模造紙を、生徒会の書記だろうか二年生の男子がホワイトボードに張り出した。


 その内容を集まった生徒達はグッと近寄り覗き込む。


「ワイたちはトリ前か、どうなんだこれ?」

 スパコンは身をよじりながら、内容を確認している。

 俺はその背中越しに覗き込む。

「まあ……、正直順番どうこうの問題じゃないしな」

 出演順は、トリを三年生が務めるのが暗黙の了解となっている。

 そして、今年は三年生のバンドが二つあるため、もう一つはトップバッターを務める。

 俺たちは全5バンドあるうちの4番目。トリの前が演奏の出番だ。

 ちなみに、霧島のバンドは、3番目。つまり、俺たちの直前だ。


「どうだろうか。これまでの実績も踏まえて、私の方で決めさせてもらった。悪く思わんでくれ」

 会長は眼鏡をくいっと持ち上げ、一同に問うた。

 すると、霧島がにやけ顔で挙手をする。

「大丈夫っすか? そもそも出演者がマトモに演奏できるかどうか確認したほうがいいんじゃないっすかね」

 霧島が言うと、一同はどっと沸き、こちらをちらちら見てくる。

「あー、まあ一応その必要はない。こちらで確認はしている」

 生徒会長は生真面目にも、霧島の軽口に返事をする。

 

「会長、トリ前はやっぱり霧島クンがいいんじゃないすかねぇ」

 書記の男子がヘラヘラと会長に口を出した。

「ふむ。まあその案も考えたが、確実性と意外性を交互にしたくてね。去年出場経験のある組と初出場の組を交互に配置した」

 なるほどね。三年生の2バンドは去年も出ているし、霧島も一年ながら去年出場している。

 その間に一年生と俺たちを挟んだ構図だ。


「あーなるほどッス」

 書記生徒は興味なさそうに返事した。

 興味ないなら、余計なこというなよ……と思っていると、書記の彼と霧島はアイコンタクトをしてニヤニヤしている。

 なにかよからぬことを企んでいるのだろうか。

 そんなことをよそに、会長は説明を続ける。


「だが諸君、持ち時間には気を付けてほしい。体育館はこの有志バンド発表会の後に、閉祭式の準備を行わなくてはならない。先生方からも、時間を押した場合には強制的に終了するようにとお達しを受けている」

 タイムテーブル上、各バンドの持ち時間は転換込みで三十分。

 つまり、各自の機材を後片付けする時間を含めるため、演奏できるのはせいぜい四、五曲だ。

 そしてこれも暗黙の了解になるが、トリのバンドにはアンコールタイムが設けられている。

 なので、トリだけ五分長く持ち時間が与えられている。トリは三年生の特権といってもよい。


 説明会はつつがなく終了した。

 特に出番順に文句は出ず、基本的な注意事項の説明が済み一同は解散となった。


 がやがやと人が出ていく視聴覚室で、退出しようとした俺たちに三年生の学生がしゃべりかけてきた。

「なぁ、頼むから変なことだけはしないでくれよ?」

 長髪で着崩した制服の彼は、いかにもバンドマン風のいでたちだ。


「え、はい」

 上級生に委縮しながらも、言葉の意味を探りながら返事をする。

 先輩はこちらを気にせず話を続ける。

「滅茶苦茶な演奏で場を白けさすのだけは困るんだわ。ま、でも君らがいてくれて正直助かったわぁ。霧島のやつの後とかやりにく過ぎるからさ。君らがいい感じにハードルさげてくれれば俺らの演奏も良く聞こえるだろうしさ」

 ギャハハと不愉快な笑いをして、三年生の一団は立ち去って行った。


「んだとコラァ……」

「まぁ、押さえろって」

 口から煙を吹き出し、今にも暴走しそうなランボーを抑え、俺は続ける。


「口では好きに言わせておけって。ライブで見返すしかないさ」


 なぜか、俺がしゃべった瞬間視聴覚室は静まり返り、三年生の一団はこちらを振り向き、睨んできた。

 俺は内心ちょっと焦りながらも、強気に笑い返す。

 

 望むところだ。 

 およそ1年前、霧島にも似たようなことを言われた。

 その時は、正直足元にも及ばないくらい俺はヘタクソだったが、今は違う。

 この1年の俺らの青春を見せつけてやる。

 

「へーぇ……」

 侮蔑の色を込めた霧島の声が、意識の端のほうから聞こえた。 

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