第11話「単なる業務連絡」

 時は戻って現在、高校二年生のある日の放課後。

 すまんね、回想が多くて。


 俺は教室の隅に着席し、頬杖をついて外の景色を眺めていた。

 しかし、耳の意識は教室内に向いている。


 神宮寺サラとクラスメイトの美野夏美、そしてその取り巻きの雑談が先ほどから繰り広げられている。

 ブリックパックの紅茶を片手に、楽し気にガールズトークをしている。


「でさー。めっちゃ可愛いネイル見つけたんだけどー」

「マジ? あたしも欲しいー」

「あ、てかさ。この動画みてみ。マジ笑った」

「あはは、それな」


 女子たちのかしましい話し声は教室内に高らかに響き渡る。

 俺はそれをぼんやりと聞き流している。別に、盗み聞きが趣味なわけではない。

 神宮寺サラと放課後に実行委員の業務を行うこととなっており、そのタイミングを待っているだけだ。

 しかし、待てど暮らせど美野やその取り巻きは出ていく気配がない。


 別に今じゃなくてもいいだろ……と思うような話題をひとしきり終えると、「私残ってやることあるから」と神宮寺サラが切り出し、「あ、そうなんだ。じゃーねぇー」と女子たちは去っていく。


 しかし、女子たちのクスクス笑いとかコソコソ話とか、俺みたいなイケてない男子からすると自分のことを笑われてるんじゃないかと気にしちゃうよね。

 実際は意識すらされていないアウトオブ眼中なわけだけど。

 ほんと思春期男子の自意識って怖いわぁ。


「うわっ、居たんだ……影うすー」

 俺の存在にようやく気付いたのか、神宮寺サラは驚きながらも俺の前の席に着席した。

 カバンからクリアファイルに入った書類の類を取り出し、机に広げる。


 業務といっても、現段階では別に難しい仕事があるわけではない。

 クラスの出し物を決めるにあたり、生徒会により決められたガイドラインを確認してクラスメイト達へ説明する準備をする程度のことだった。

 小難しく書かれたガイドラインを眺めつつ、俺は渋々ながらも実行委員としての役目を遂行する。


 ガイドラインによれば、教室内に装飾や机を積んで壁を作ることは良しとされているが、天井から五十センチは距離を開けなければならず、机も重ねるのは二段までとか、カセットコンロIHヒーターの類は使用禁止で、調理器具は電気ケトルと電子レンジのみ、しかも使用電力数の上限も決まっており同時使用できる機器は云々……などのルールがある。


「あー、これ。意外とルールを満たす出し物って難しいな……先にこっちでいくつか候補を出しておいて、そっちに議論を誘導した方がいい気がする」

 俺は、半ば独り言のようにつぶやいた。


 むやみに意見を募集して、お化け屋敷!とかクレープ屋!とかに決まったはいいが、ガイドラインに従うと意外と低いクオリティの物しか出来ない、なんてことになりかねない。

 まして、その失敗しちゃった感の責任問題を、実行委員に押し付けられる可能性もある。

 あらかじめ無難な方向性に持ってきたいが、意見を押し付けられると反発する生徒もいるかもしれん……やっぱめんどくせぇな、実行委員。


「うーん、無難なのはビデオ上映とか、射的とか輪投げとかの縁日ゲーム系か……模擬店なら冷食前提だからたこ焼きとかお好み焼きなら誤魔化せそうか……?」

 ブツブツ呟いていると、ふと神宮寺サラのリアクションはどうなっているか気になり、プリントから視線を挙げる。

 すると、呆けたような顔でこっちを見ていた可憐な瞳と視線がぶつかる。


「な、なに……?」

 そんなに俺が喋ってるの奇妙奇怪だった?

「え、うん。……なんか意外」

 どういう感想だよ。


「君ってもっと、嫌味でしょーもない事を言う人だって聞いてたから。てっきりネガティブでウジウジした文句を垂れて仕事なんかしないのかと思ってた」

 事も無げに、神宮寺サラはサラリといった。サラだけに。

 うん、これはまさしくしょーもないな。


「……そうか」

 俺は別に、今更周りからどう思われていようが気にしないさ。

 けれども、『そうかそうか、つまり君はそういうヤツだったんだな』とばかりに、神宮寺サラは俺の認識を改めたようだ。


「うん。でも、その意見には賛成するわ。さすがに、ビデオ上映だと当日タイクツするし、縁日系は高校生には幼稚かな。運動部のバカがはしゃいでも嫌だし。……模擬店にするなら、カフェとかどう? 紅茶ならポットで沸かせば妥協できるし、家庭科室のオーブンレンジを使えばクッキーも焼いておけるし」

 神宮寺サラは、俺にとっても驚くほどスマートな意見を出した。

 そしてなにより、教室とかで女子グループが見せる嫌なクスクス笑いとか、周りを小バカにするような態度は一切なく、俺と純粋に議論をしているのが意外だった。


「そうだな……。それなら、準備期間に店内の内装を作ったり、クッキーのレシピを考えたりして、それなりにクラスメイト達も映え感とかライブ感とか感じてエモくなれんじゃねーかな」

 大事なのは過程であり、こういう学園祭では準備期間中に色々することがメインみたいなもんだろう。

 すんなり出来上がると手抜きっぽくて完成時に「いまいちアガらねぇ……やっぱあの実行委員クソ」となりそうだし、結局完成せずに失敗し、「アイツマジクソ」となることも危ぶまれる。

 適度に手を込めて、最低ラインのクオリティは担保できるという意味では、紅茶アンドクッキーカフェはいい線かもしれない。


「ライブ感とかエモいとかはよく知らないけどね……。でも、私のお母さんのお気に入りの紅茶を出せば、クラス出し物部門の人気投票だって一位確定よ!」

 神宮寺サラは、屈託のない笑顔を俺に見せた。


 それは、クラスの中では決して見せない、少女のような笑みだった。

 おそらく、俺のことなんか路傍の石程度にしか思っていなくて、そんな奴の前じゃカッコつける必要もないと思っているのだろう。

 普段からそうしていた方が可愛らしいのに、とは心の端っこの方で思うだけにした。


「あ、そうだ。アカウント教えて」

 出し抜けに神宮寺サラが尋ねてくる。

 一瞬、俺の思考回路は停止し、何のアカウント?と聞き返しかけた時、神宮寺サラがスマホを取り出しているのを見て気が付いた。

 ああ、メッセージアプリのことか。

「お、おう……」

「業務連絡するのに不便でしょ」

 どぎまぎする俺をよそに、何の気もなく神宮寺サラはアカウントを登録する。


 ぽこん、とやる気のない音がして、メッセージの通知が来た。

 そこには、SARAというアカウントと「てすと」という文字があった。


 ははっ、味気ねぇー。

 一応、俺にとっては母親以外で初めての異性との友達登録となったわけだが、そのやり取りは歯の浮くような甘い感じのがよかったなぁ。

 単なる業務連絡に過ぎないやり取りは、今の俺と神宮寺サラの関係性を如実に表していた。


 夕暮れの放課後、教室に二人きり。

 それでも、かわす言葉は仕事の内容だけで、二人の心の距離は絶望的に開いている。

 それもそうか、俺と神宮寺サラの住む世界は文字通り雲泥の差がある。

 こうして同じ空間に居られることがそもそも奇跡なのかもな。


 ちなみに、翌日のホームルームでは、神宮寺サラがクラスメイトに説明すると、すんなりカフェに決まった。

 しかもこいつは、あろうことか俺と協議した内容を包み隠さず説明し、ガイドラインの制約の中で最大限のパフォーマンスを目指すとこうなるとプレゼンすると、あっという間にクラスメイト達は一致団結して満場一致での決定となった。

 姑息に誘導して責任を逃れようとしていた俺は、神宮寺サラが矢面に立ってくれて、ありがてぇと百姓気分で隣に突っ立っていましたとさ。

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