第10話「今週末は、スタジオに行こうぜ」
クラスメイトからイジられる根暗な俺、朽林成志と、デブでオタクな須原紺太、アホなヤンキーの蘭越奉太郎。
学校で浮きまくってる三人は、バンドを結成することになった。
ある日の放課後。
俺たちは校門前で集合し、近くの公園へ赴きベンチで作戦会議をする。
「まず、それぞれのパートだが……」
俺が口火を切る。
一応、このバンドの発起人であり、リーダーとなるからだ。
「俺がベースだ。機材も一応揃ってるから、いつでも演奏できる。えーっと、須原は……」
「ドラムだな。ドラマニじゃフルコンも余裕だし。あと、俺のことはスバコンでいいぜ。中学からずっとそう呼ばれてる」
「スパコン?」
俺は、聞き間違いではなくあえてそう言うと、須原は顔を赤くして「ちげーよ!」と怒る。その様子がおかしくて、俺と蘭越は「スパコン、スパコン! いい名前じゃねぇか」とはしゃぐ。
もういいよ、それで。とスパコンは匙を投げる。
「ドラムの機材は、さすがに自宅にはおけないからな。最低限、スティックと練習用のパット?があればなんとかなるらしい」
俺は、スマホで適当なサイトやら動画やらを漁り、バンドに必要な情報をかき集めていた。
案外、初心者向けのハウツー記事はあふれかえっており、むしろ情報がありすぎてわかりにくいくらいだ。
「んで、蘭越だが」
俺はヤンキーに向かって向き直す。
「ギターなんて都合よく持ってないよね?」
「ン、ああ。それに関しちゃ、心配いらねェ。いとこが昔バンドをやってたらしくて、話をしたら貸してくれるってよ」
なんでも、何年も倉庫にしまってある古いエレキギターがあるらしく、捨てるのももったいないのでずっと放置されていたとのことだ。
なんとも都合がいい奴だ。
「楽器屋に持ち込めば、まあそれなりの値段で修理できるそうだ」
俺はスマホの情報を見て答える。
まあ、値段はピンキリで場合によっちゃ、俺みたいに初心者セットを買った方が安いかもしれないが。
「それよりもよォ」
蘭越が俺を見据えて改まって言う。
「オレらにもコードネームを決めようぜ」
「コードネームっつうか、あだ名だよな」
俺は冷静に訂正する。
「でも、確かにプロのバンドでも本名を出してない人も多いよな。須原はスパコンっていうあだ名があるわけだし、俺たちも決めようか」
俺のあこがれのバンド『REX』も、メンバー名は全員ローマ字表記で洒落た名前を付けていた。
それにあやかるのも悪くない。
「オレはどうする? 蘭越だからランコウとかどうだ!」
「卑猥な響きだから却下だ」
俺は即答する。
「ワイと同じ要領で、ランホウとかでいいんじゃね」
スパコンは適当に言う。
うーん、2位じゃダメなんですか、とか言い出しそうであんまり似合わないな。
「んじゃ、ランボーでどうだ。強そうだろォ」
蘭越は自分で自信満々に言う。
アホっぽいが、こいつには案外しっくりくるかもな。
「もうそれでいいよ。朽林もその要領で、クチセイか?」
「焼き鳥っぽいなァ、腹が減る」
鳥精かよ。もっとかっこいい名前がいいなぁ。
「じゃあ、クチナシでどうだ。死人に口なしっていうだろォ」
ひでえ!
「……まあ、くちなしって花の名前だろ。……悪くない」
「意外と気に入ってて草」
スパコンは冷やかすが、クチ男よりはマシだろ?
そんなこんなで、最低限の準備は整った。
あとは、練習場所か。
「よし。今週末は、スタジオに行こうぜ」
*
初のスタジオ練習。
俺たちは駅前に集合した。
俺の背中にはベースがソフトケースに収まり、担がれている。
スパコンはスティックを楽器屋で購入し、ぱっと見は縦笛のようなケースに入れて持参している。
ランボーは片手にいとこからもらったというハードケースを担いでやってきた。
「ヨッシャ、行こうぜェ」
俺たちは、スマホのナビに従い、郊外を歩いた。
俺は地図アプリで、事前にバンド練習が可能なスタジオを検索し、評価がいいところを見つけていた。
前回、霧島や剣崎と入った店も設備は申し分ないが、いかんせん俺の心境的に利用する気にはなれなかった。
国道沿いの没個性な街並みから、中通を入った怪しい街並みになる。
「なあ、ほんとにこんなとこにあるんか?」
スパコンが、内心俺が思っていたことと同じことを口にする。
「うーん、地図通りなら……」
「もうその辺の空き地でやっちまおうぜェ」
そんな会話をした後、俺のスマホは「目的地は左側です」の一言を残し役目を終え、俺たちは目的地にたどり着いた。
そこは、どう見ても純喫茶店だった。
「アプリ壊れてるんじゃね」
スパコンが、無駄足による徒労感からか、投げやりに言う。
しかし、店名を見ても、事前に調べた情報通りだ。
「とりあえず、入ってみるか……」
「おう、喉も乾いたしクリームソーダでも飲もうぜェ」
そう言い、ランボーは店の扉を押し開けた。
カラン、と鐘の音が響き、店内へ誘われる。
店内は、テーブルにカウンター、コーヒーサイフォンが立ち並び紛うことなき喫茶店だった。
店主は、厳つい老人で、「あ? 誰?」という目線で楽器を担いだ高校生三人組をにらんだ。
「やっぱちげぇだろこれ」
スパコンは声を押し殺していうが、ランボーは気にせず「ここでバンド練習できんのかァ?」と言いながら店内に入り込む。
仕方ないので、俺もその背に続いた。
とりあえず、一杯ぐらい飲み物頼んでそそくさと逃げよう。
「どうぞ」
無愛想に店主は席を指さす。
「なあ、バンド練習場なんスか? ここ」
ランボーはズカズカ質問する。こいつが居てくれてよかったのか、悪かったのか……。
店主は面食らい、俺たちをジロジロ見る。
「ここは餓鬼が遊ぶ場所じゃねぇ」
老人店主は嗄れ声で芝居がかったセリフを言う。
まったく否定しない辺り、本当にスタジオなのだろうか。
確かに、見回すと店内にはコンポが置かれ、壁には洋楽のソウルミュージックといわれるジャンルのレコードが並べられている。
音楽との関わりは深そうだが……。
俺は壁に飾られたCDの中から、見知った一枚を見つける。
「あ、あれってAKIRAの……」
それは、まさしく先日母からもらったAKIRAの1stEPだった。
「……知っているのかい」
老人の声音が幾分か和らぐ。
「ま、まぁ」
どう説明したものか、考えあぐねていた時、店の扉が再びコロンと鳴った。
「いらっしゃ、……おや、おや、おや。よく来たねぇ」
一瞬、厳しい声音を出そうとした老人は、一気に好々爺へと変貌する。
それまで、厳しく眉にシワを寄せていたくせに、一瞬で目尻にそのシワが移動している。
噂をすればなんとやら。
扉をくぐってきた人物こそ、今まさに話題にしていた人だった。
「やあ、マスター。世話になるよ」
黒髪ロングのシルエットに、アコースティックギターのハードケースを担いだ姿。
AKIRAその人だった。
「おや、珍しいね。この店に客人かい」
「めずらしいだなんて、失礼な子だねぇ」
老人が、先ほどまでの口調とは全く変わる。
さてはこいつ、人を選んでやがるな。客商売としてどうなんだそれ。
「ん? やあ少年、よく会うね。これは運命のいたずらってやつかな」
「あ、どうも」
俺は少し照れ臭くなりながらも、会釈した。
その様子を、スパコンとランボーの二人が頭にハテナを浮かべて見ていた。
*
AKIRAさんに誘われ、店内の奥の扉を開ける。
そこには、のちに俺たちのホーム練習場となる、簡素なスタジオがあった。
「私はここの常連でね。よく場所や設備を利用させてもらったよ」
AKIRAさんは、そういうと俺たちに最低限の楽器の使い方を説明してくれた。
意外にも、この人はギターのほかにもドラム、ベースも天才的に上手く、俺たちは初心者向けの手ほどきを受ける。
「アンプは電源を入れる前にはボリュームが最小になっていることを確認してあげてくれ」
「こらこら、ギターの君。むやみにゲインを上げすぎない」
「ドラムの君はスネアのチューニングをしてあげようか」
独特な表現ながらも、俺たちに的確な初心者向け指導をしてくれた。
最初はガチガチに緊張していた俺たちも、AKIRAさんが「音楽は音を楽しむと書くんだ。そして、楽器は楽しい器械と書く。つまり、楽しく遊ぶような気持ちでまずは触れ合おうか」という言葉に、徐々に親しみをもって楽器に触り始めた。
「そうだ。自己紹介がまだだったね。私の名前は、八神アキラ。少年、君たちの名前も教えてくれないか?」
俺たちは、珍妙なあだ名と本名をそれぞれ名乗った。
アキラさんは、それを笑わずにうんうんと頷いて聞いた。
「せっかくの機会だ。君たち思い思いの演奏を見せてくれないか?」
「いやいや、無理ですよ。こいつらなんて本当に今日初めて楽器を触るようなもんですよ」
俺は即座に否定してしまう。
「それでもいいんだ。クチナシ、君はもうわかるだろ?」
そうだ、この人はこういう人だった。
川の側で、ベースを放り捨てようとしていた俺を説得するぐらいの、変わり者に違いはない。
俺は二人に目配せをして、合図をした。やるしかねぇさ。
そして俺たちは、滅茶苦茶に好き勝手な音を出した。
初めは音の大きさに戸惑いはしたが、やがて楽しくなってきたのか、デタラメな演奏を各々始める。
ランボーはぐしゃぐしゃギターをかき鳴らし、適当な言葉を羅列し歌いまくる。
スパコンはゲームなら完璧のくせに、本物のドラムはやはり勝手が違うのか、苦戦しながらも得意の手数マシマシ超速ビートに挑戦する。
俺はその二人の間で、自由にベースを響かせた。
その様子を、アキラさんは爆笑しながら本当に楽しそうに眺めていた。
その笑顔は、次第に俺たちに伝播する。
音を楽しむ器。
楽器に触れ、音楽を奏でるということは無条件に楽しい。
俺たちにそう教えてくれたのは、やはりアキラさんだった。
「いやー、いいものを見せてもらったよ。色々昔のことを思い出すなぁ」
アキラさんと俺たちは、練習部屋を出て喫茶店スペースでたむろしていた。
楽器の指導をしてもらった挙句に、クリームソーダを全員におごってもらってしまった。
スパコンとランボーはストローでそれをちうちう吸いながら、達成感や充足感なのか、満たされた表情をしている。
「再会できて幸栄です。ここにはよく来るんですか?」
俺は、ここに通えばアキラさんに会えるのかとワクワクしていた。
「うん。でも、今日はね。お別れに来たんだ」
その言葉に、俺ははっとした。
「あ、東京進出……」
「そう。私はもうじき、この街を旅立つよ。最後にお礼参りと洒落込んでいたいるのさ」
「そうですか……」
いつか、俺たちの本気の演奏を聴いてもらえるかと思ったが、それは叶わぬ願いのようだ。
「君たちを見ていると、初めてギターを手に歌った日のことを思い出すよ」
アキラさんは、しみじみとクリームソーダの泡を眺めながら語る。
「私はノケモノだったんだ。当時は色々なことに無力感を感じてしまっていてね。けれど、気が付いたんだよ」
そこでアキラさんは、俺をまっすぐ見据えて言う。
「歌には、人の背中をそっと押す、不思議なチカラがある」
アキラさんは、多くを語らなかった。
けれども、彼女が持つ不思議な空気の裏側には、きっと多くの苦難や葛藤があったことだろう。
それに比べれば、俺の境遇なんてちっぽけなものかもしれない。
しかし、俺にはアキラさんの言った、『ノケモノ』という言葉に強く感銘を受けた。
クラスメイトからイジられる根暗な俺、クチナシと、デブでオタクなスパコン、アホなヤンキーのランボー。
俺たちにピッタリじゃないか。
いろんなことを間違えてダサい見栄を張ってしまったり、けれども曲げられない信念を持っていたり、どうしたらいいのか分からないから泥臭くもがいて。
『みんな』という組織の中には入れないかもしれないけれど、それでいい。
だって、ステージは客席の『みんな』から離れた場所だから。
ノケモノにされているくらいが、ステージに立つにはちょうどいいのかもしれない。
その日は、そこで解散となった。
アキラさんの計らいで、あのスタジオ『しろっぷ』には学生向けの特別価格で練習をさせてもらえることとなった。
店を出て、夕暮れの空気を吸いながら俺たちは歩き出す。
「じゃあな。また会おう少年たち」
「はい、いろいろありがとうございました」
「つぎは、ステージの上で肩を並べられたら最高だね。再会の日を楽しみにしているよ」
「……はい」
俺は、アキラさんの口から自然と再会という言葉が出たことに、妙にうれしくなった。
俺たちと反対方向に歩み出すアキラさんの背中。
それは紛れもなく、俺たちが追いかけてゆく目標であった。
「……決めたよ、バンド名」
出し抜けに、俺が言う。
「お、いい案きまったのか?」
「オレにも聴かせろよォ」
その日が、俺たちのバンド『
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