第16話「ほらー男子、真面目にやんなさいよ!」

 時間はあっという間に過ぎるもので、春藤祭まであと一週間。

 教室の飾りつけは、本番である来週の金曜日の二日前、つまり水曜日の放課後から始まる。


 木曜日には完全に授業が無くなり、丸一日準備作業となる。

 来週の本番へ向けて、俺たち実行委員はクラスメイト達に事前の段取りをロングホームルームで説明する。

 その後、残った時間で小道具作りを行うことになっていた。

 

 小道具として作るのは、メニュー表、テーブルクロスなどの装飾品。あとは店内の雰囲気づくりのための雑貨類を段ボール工作で作る。

 神宮寺が考える英式本格カフェは壁がレンガ調なそうなので、段ボールにオレンジ色のペンキを塗り、白いペンキであみだくじみたいな線を引き、なんちゃってレンガ壁を作る。


「そういうわけで、みんなよろしく! 手が空いた人からほかの作業を手伝ってね」

 神宮寺が説明し、クラスメイト一同は三々五々に散らばり作業を始める。


「なぁ、分担とか決めなくてもいいのか」

 俺は素直に疑問を口にする。

「ん? まあその辺は臨機応変になんとかなるでしょ」

 神宮寺はそういうが、クラスメイト達の動きは悪い。


 運動部の男子たちは、ガヤガヤ騒ぎながら段ボールを切り始める。

 しかし、ほどなくしてガムテープを丸めたボールで野球を始めるし、女子たちは手にハサミを持ち布を切ろうとするも、おしゃべりに熱が入り作業が進んでいない。

 案の定、スパコンはボッチでスマホをいじっているし。


 このままじゃ、全然進まねぇぞ。これ。

 神宮寺は、「ほらー男子、真面目にやんなさいよ!」と定番のやり取りをしているが、それもあまり効果が見られない。

 クラスの出し物がどうなろうが俺の知ったことではないが、責任を実行委員の俺たちに擦り付けられるのは癪である。


「なあ、クラスの奴らに指示を出そう。埒が明かない」

「そうね。行きましょ」

 そういうと、神宮寺はおしゃべりに夢中な女子グループに声をかける。


「そこの人たち、ちょっといい?」

 急に女王に声を掛けられ、女子たち三人はすっと背筋を伸ばした。

「あなたたちも、こう、仕事してね」

 パリッと神宮寺が言うが、相手はぽかんとしたままだ。

 俺はその背後で、駄目だこりゃと頭を抱える。

 具体的な指示も出ず、いかにも無能な上司感を出す神宮寺に代わり、しぶしぶ俺が声を出す。


「あー、ちょっといいか」

 はい?と冷笑を浴びせられるので、背後の神宮寺を見えるように身をよじりつつ、言葉を続ける。

 あくまで俺一人じゃなく、神宮寺とセットでの頼みという体で。


「藤原はたしか美術部だったよな……ペンキの上手な使い方とか男子共はわかってないだろうから、レンガ壁作りの方入ってくれねぇか」

 お喋り女子の一人、藤原に依頼をする。

 相手は、まあ、俺に対しては見下すような視線を向けるも、背後の神宮寺サラが気になるのか渋々承諾した。

 一人が抜けた女子グループは、会話の流れも切れたからか、やがて作業の方を再開させた。

 

 俺はそのまま、背後の神宮寺をRPGの様に連れ教室を横断する。

「メニュー表づくりのほう、パソコンでデザイン作ったほうがいいからコンピュータ室を借りてくれ。スパコン中心に男子数人と、レタリングできそうなのは……斎藤、大森、頼んでいいか」

 手持無沙汰にしていた、男女数人グループと、教室の隅でひっそりしていたスパコンに柄にもなく指示をだす。

 虎の威を借るキツネならぬ、女王の威を借る根暗である。


 あとは、店番をする生徒が着用するエプロンデザインのほうか……。

 俺と神宮寺だけで全体を把握するには、少々手が足りないな。

 もう一人、しっかり統率をとって管理できる人に頼みたい。


「えーっと、柊木。エプロンデザインとか衣装の取り纏め、頼んでいいか」

 女子たちと小道具を作っていた女子生徒、柊木和希は俺の言葉に少し目を丸くして、けれども快活に「いいよ」と頷いた。


 セミロングのストレートヘアに、生真面目に制服のブレザーはボタンをしっかり留め、ネクタイも真直ぐ整っている。

 派手さはないものの、愛嬌のある大きな瞳が印象的だ。

 彼女、柊木和希とは、一応、俺と同じ中学出身で過去に同じクラスだったこともある。


 けれども、特に親しいわけでもないので頼み事をするのはやはり気まずいが、中学の学祭でも衣装制作を担当していた記憶がある。

 おそらく、裁縫などが得意なはずだ。頼むなら、これ以上の適材はいないだろう。


「うーん、サンプルを2,3パターン作ってみんなで見て決めるかんじでいいかな」

「ああ」

 言葉を交わし、柊木和希は背を向けて材料を取りに行った。


 彼女は派手なイケイケグループでも、俺のようなジメジメグループでもない。

 誰とでも分け隔たりなく接する、いわば永久中立平和国だ。

 

 かと言って、仮に俺みたいなはみ出し者が孤立していても「大丈夫?」とか執拗におせっかいを焼くこともない。

 正直、ああいう慈善活動みたいな感じで話しかけてこられる側もキツイんだよなぁ。

 結局こっちを心配しているんじゃなくて、『弱者を心配する私』を見せられている感じがして、卑屈になってしまう。

 まあ、愚痴はさておき。

 そう考えると、柊木のようなフラットな存在は貴重だなぁ。

 

「ねえ、あんたってさ。クラスメイト全員の名前覚えてるの?」

 神宮寺は驚きなのか、畏怖なのか曖昧なニュアンスで、俺の肩越しから声をかけた。

「いや、当たり前だろ……」

 俺は振り向きながら、答える。


「でもさ、一回も喋ったことない人とかもいんじゃん。しかも部活動や特技まで把握してるとか……まさか、ストーカー気質?」

 ハッとした顔をして、こちらをジト目で見つめてくる。

「ちげぇよ。なんか、こう、一人でいる時間が長いと、周りを観察する癖がつくというか……」

 俺はしどろもどろになりながら言う。

 なんか、『趣味・人間観察です……デュフフ』的な人間に思われたくもないので言い訳っぽくなる。


「ふーん。あんたも変わってるよね。ほんと」

 神宮寺サラも腕を組み、ふーんと息を吐いた。

 まあ、そういうあなたもクラスメイトのこと、全然知らなさすぎじゃありませんかねぇ。


 ともあれ、教室の動きが少しは良くなり、なんとか本番までには形になりそうだった。

「さーみんなで協力してがんばろー!」

 きゃっきゃとはしゃぐ神宮寺に、普段は彼女の取り巻きをやっている美野夏海が突っ込みを入れる。

「なんかサラ、キャラ変した? ウケる」

「え、いやそんなことないし。やっぱイベントだとテンション上がるから」

 と言い訳をする。

 

 確かに、神宮寺サラは、なんだかここ数日でかなり印象が変わった。

 以前は、女王としてクラスに君臨し、周りが気を使いながらも、本人はどこか心ここにあらずという冷めた風情もあった。

 今は、相変わらず教室の中心にいるが、少しずつ柔らかい印象も垣間見える。

 むしろ、本来の姿が見えているのかもしれない。

 金色の髪に縁どられた横顔をみながら、そんなことを考えた。

 

 しかし、この時には思いもしなかった。

 この先、あんな状況になるなんて。

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