第4話 需要

 私が苔の情報を基に納品をするようになってから、私が受け取る対価はマスターの所蔵している書籍の中から一つを借りられるという権利になった。マスターの所蔵といっても、マスターの書庫を覗いたわけではなく酒場に持ってきた三冊のうちから一つを選ぶという形だ。私にはこの対価が相場通りであるのかの判断は不可能であるし、いくら知識を得たと言っても依然魔物である私に適切な交渉相手が見つかる可能性は極めて低い。仮にマスターが私の納品するマゴケ類を買い叩いていたとしてもそれを立証することは非常に難しく、私としても価値を正確に測ることでマスターとの関係に不和が生まれる危険は冒すべきべきでない。故に私は未だマスターから血と智を苔で買っている。

「そろそろ魔物についてのより詳細な情報が欲しいのだが、用意してくれないだろうか。」

「知りたいのかい?」

「これまでは自分が何者であるかなど知る必要すら無かったが、度重なる血液の摂取による進化は非常に著しい物であるように思える。私もそろそろ魔物についての情報をより詳しく知るべきであると考えた。それ故の要求だ。」

「わかったよ。少し日は経つことになるかもしれないが用意しておく。」

「それと、一つ聞きたいことがある。」

「どうしたんだい?」

「貴方が私に提供しているこの飲み物、もとい人の血液だが、どうしてこれほどまでに味が変わる?まだ少量の血を混ぜていただけの頃は毎日同じ味であった。つまり、最初の血液は一人から毎日採っていたもので、最近の血液は貴方が人から買っているのでは?」

「へぇ、キミには人の血の味が違って感じるのかぁ。確かにキミの言う通り、最近は金に困っている浮浪者たちから血液を買っているんだよ。」

「やはり私の納品する苔というものは非常に高い価値を持っているのだな。身体の一部を売り渡すほどの金銭を毎日出せるほどまでに。」

 私がそう言うと、マスターは少し不思議そうな顔をしたのちにふっと笑った。

「そうかそうか。キミは不定形の魔物だったね。キミの身体には血液という概念がない。だから身体の一部である限りその価値は同等であるということなんだね。けれど人は違うんだよ。人には眼球があり、鼓膜があり、皮膚があり、臓器があり、血液がある。それぞれの重要度には違いがあり、失っても大丈夫な一部と失ってはいけない一部がある。つまり全て無くなるのでなければ大した影響のない血液は人にとってさほど重要ではないということなんだよ。だから働き口を見つけられず身体を売るしかない貧乏人は安くても買ってくれるところに売る。人はキミと違って食事や睡眠が必要だからね。勿論、キミの持ってくる苔に価値がないという事ではないよ?ただ、僕が忘れてしまっていただけさ。」

マスターはそれらのことを捲し立てると、最後にこう言った。


「キミはどこまでいっても魔物なんだったね。」

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