第3話 智
人間の血液を摂取していることが明らかになって一月。マスターはボクに文字を教え始めた。文字は基本的に発音することができ、既に言語による意思疎通を可能にしているボクにしてみれば比較的容易い事だったように思える。ボクは既に文字を覚え、意味としてのまとまりを持つ単語を幾つか理解した。このようなことをボクに教える目的は分からないが、知識を得る快感を覚えてしまったボクには中途半端なままに事を終えることが出来なくなっていた。マスターが言う事には、知識の価値はこの世で非常に高いものの一つであるのだという。そして、ボクがこの洞窟で集める苔は採取方法によって価値の振れ幅が非常に大きいものであるらしい。そうして、ボクは今日の対価としてマスターから最も良い採取の情報を受け取ることになった。
まず最初に話すのは、この苔が何に使われるものなのかって話だ。この苔はさほど珍しいものではないけれど、最も効果の高い採取方法で取ることが非常に難しいんだ。勿論、その方法で採れないことはないんだよ。けれど最高効率で採ったことによって生じる恩恵と限定された採取方法による時間、物資、難易度等のデメリットが見合わないから誰もその方法で採取しない。けれどキミなら簡単に最高品質の苔が採れる。それはどうしてか。そう、キミが不定形の魔物だからだ。キミは決まった形を持たないから作業のための安定した足場や道具類が要らないし、加えて食事や睡眠を必要としないから時間をかけた丁寧な採取が出来る。それにキミがやっているように触腕を伸ばせば同時作業が可能な上に、採取地である洞窟はキミの棲み処だ。つまりはね、キミが魔物であるということは実を言えば大きなアドバンテージなんだよ。
話の内容は理解した。この話をボクにしたのは、マスター自身の利益のためにボクの採取する苔の採取方法を改善して欲しいということなのだろう。ボクに知識を与えた理由よりも分かりやすい動機であることに、少しばかりの安堵を感じる。難しい問題を解決に導くことが出来た時は非常に強い快感を覚えることが出来るものの、近頃は答えなど無い単調な暗記や答えの見つけようがない疑問ばかりで少々詰まらなく感じていたところだった。久しぶりの解読に覚えのある快感を感じつつ、その日の飲み物をぐいと飲み干したボクは酒場を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます