2-2

 黒百合学園学生寮、その地下2階。

 冷たく狭いコンクリートの廊下には、鉄製の重い扉がずらりと並び、外側から厳重に鍵がかけられている。

 その様はまさに収容施設の名にふさわしい「独房」の姿そのもの、はたまた見る者には死者を弔う武骨なカタコンベにも見えよう。

 反省房と言っても、中は比較的清潔で、2畳ほどの広さに簡易のベッドと備え付けのデスクがついている。

 るいはベッドにうずくまり、まだ痛む背中をさすりながらまったく別の事を反省していた。


「くそぉ、あいつがあんなに強かったなんて」


 誤算だった、あんな細腕の乙子おとこに軽々と組み敷かれてしまうとは——。しかも、あんな運ばれ方されてしまうとは。



あの後累は真咲まさきに抱えられ、この地下の反省房に放り込まれた。


「しばらくそこで反省して。良い子にしてたら出してあげる」


それだけ言い残し真咲は行ってしまった。それからどれくらい時間が経ったか……時計も窓もないこの部屋で、累は痛みと怒りの衝動にひたすら耐えた。

小柄ながらに孤児院では喧嘩で負け知らずだった累にとって、今日の敗北は屈辱の極みだった。


「何が良い子にしてたら、だ! 次は絶対負けねぇ……」


背中の鈍痛があの時の屈辱を思い出させるたび、累はスカートがめくれるのも気にせずバタバタと足を振り回した。


「どうしたの?どこか具合でも悪い?」


 鉄扉の向こうから心配げな声が聞こえてきた。口調こそ女性的だが声を聞くに乙子だろう、柔らかでどこか儚げなその声に、累は聞き覚えがある気がした。


「あら? あなたは……」


 のぞき窓から覗いた顔は、昼間に合ったあの乙子、伊都いとだった。


「もしかして、夜に抜け出そうとした生徒ってあなたの事?」

「あの、まあ、そうです……」


 ばつが悪そうに累が答える。昼間の時と言い今と言い、なんとも気まずい場面に出くわしてしまう。しかし伊都は気にした様子もなく、温和な視線を少し細めながら微笑んだ。


「入学したてなのかしら。最初は誰でもそうよ」

「そうなんですか?」

「ええ、最初は皆受け入れがたいものよ。でも、今は大人しくしておいたほうが良いわ。反抗しても、先生たちから変に目を着けられるだけだから」


 伊都からの言葉を聞いて、累は少し驚いた。もっと品行方正で規則をしっかり守っているのかと思ったが、なんとも強かな考えをするものだ。意外と計算高いのかもしれない。


「そう言えば、伊都さんはなんでここに?」

「奉仕活動よ。反省房に入った生徒のお世話と監視。ボランティアだけど、先生からの評価が上がるの」


 伊都が言うには、学内での勉強や実務の他に、奉仕活動と呼ばれるものがあるらしい。それを行う事で教師や理事長の評価が上がり、出所、つまり卒業が早まるのだという。


「だから、早くここから出たければたくさん奉仕活動をして、従順な乙子であることを証明する事ね。脱走なんて、ここの厳重な警備ではとても不可能よ」

「そんな事を知ってるって事は、伊都さんも脱走しようと思った事が?」


 累の問いに、伊都はあいまいに笑って応える。なんとなく聞いてはいけない事だったかもしれないと思い、累はそれ以上聞くのを止めた。


「とりあえず今回は初めての事だし、あと数時間で出られるわ。それまで大人しくしててね。あとで朝ごはんを持ってきてあげる」

「はい、わかりました……」

「それと、可愛い下着は隠しておいた方が良いわよ」


 くすくすと笑いながら伊都に言われ、累は思わず自分の姿を見下ろした。

 先ほどまで足をばたつかせていたため、スカートがめくりあがったままだ。そのため、白のニーソックスに包まれた健康的な太腿と、入所時に無理矢理履かされた白いレースのショーツがあらわになってしまっている。

 女性物の下着のため本来納めるはずがないモノのシルエットがくっきりと浮き彫りになっており、必要以上の締め付け感を感じさせる。


「わっ!!」


 思わず起き上がり、スカート抑えて隠す。相手は同じ男なのだから別に恥ずかしがる事もないはずなのに、女物の下着を着けているという事実がなんだか異様な恥じらいを生んでしまう。

 顔を真っ赤にしている累を見て、伊都は楽しそうに笑った。


「じゃあ、また後でね」


 そう言って遠ざかっていく足音を聞きながら「この学園に優しい先輩はいないのか」と累は一人頭を抱えていた。

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