2−2 シークレットゲスト

 イベントのお客さんはほぼ女性だった。男性を探す方が困難なほどで、むしろいるのかという話。こういう乙女ゲームのイベントは女性しか来ない。いくら福圓さんがいても福圓さんがここに来ることはほぼないだろう。それだけこの会場の空気は男性にとってキツイものがある。


 女性の群れの中にポツンと一人だけ取り残されるのはかなり居心地が悪いだろう。男性向けのハーレムものイベントだったらその逆になる。これを見ると『パステルレイン』のイベントがどれだけおかしかったのかがわかる。


 僕は菱木さんと一緒に舞台袖でモニターを見ながらメインキャストたちを送り出す。


「じゃあ菱木さん、間宮君。先に行って場を盛り上げておきますね」


「よろしくー」


「はい。ここで見守ってますね」


 登場順は最後の福圓さんがそう言う。最初は第一ルートのオスカー役の鹿島博之さんから。次に第二ルートのフェン役の花井純さん。三番目が第四ルートのゲイル役の相川匠さん。最後に主人公役の福圓さんがMCのアナウンサー吉川直斗さんに名前を呼ばれて入っていく。


 第三ルートの声優さんは都合がつかずに今日は来ない。


 鹿島さんから入っていくけど、拍手喝采だ。溢れんばかりに手を叩いている。全員誰もが知ってる有名声優だもんなあ。


「間宮君、みーちゃんって呼ばれてるんだっけ?俺もそう呼んでいい?」


「いいですよ、相川さん。役柄的に僕のこと話すなら、みーちゃんって呼んで」


「じゃあそう呼ぶわ」


『ゲイル・ニア・アルタイル役!相川匠さん!』


「行ってくるぞー」


 名前を呼ばれて相川さんも舞台に向かう。次の福圓さんの時はそれまでと拍手の圧が違った。音も時間も少ない。女性ファンは男性声優を目当てに来てるから仕方がないんだろうけど、ここまで差があるものなのか。


 さっきまでは「キャー!」っていう声援もあったのに、福圓さんにはそれがなかった。それでもニコニコと登壇する福圓さん。こういう場に慣れてるからこそだろうけど、思わず声に出してしまう。


「露骨だなぁ」


「残念ながらよくあることだよ、間宮君。俺はまだ経験したことないけど、逆にハーレム物に出たら俺たち男がこんな感じになるらしい。男女どっちも好きなファンは案外少ないってことだ」


 菱木さんも顔をしかめながらそう言う。僕たちは今回どうなんだろう。菱木さんは売れてるから声援をたくさんもらえそうだけど、僕は無名に等しいから福圓さんと同じくらいの拍手しかもらえないような気がして来た。


 自己紹介が終わって、スタッフさんたちが舞台に椅子や机、フリップとペンを持っていく。これからやるのは原作ゲームに関するクイズコーナーと大喜利大会だ。リハでもこんな感じでやりますという説明だけで実際にやることはなかった。


 大体のリハってそういうものだけど。この前で学んだ。


 キャストが全員座って、吉川アナウンサーがクイズコーナーの説明をしていく。ありふれたクイズで、原作をやっていれば分かるような内容の問題だとか。全問正解したら豪華プレゼントがあるんだとか。


 そこに鹿島さんが文句を言う。


「すいませーん。他のルートの出来事を問題にされたら答えられません!」


「大丈夫です!基礎的な問題しか出さないので。むしろキャストさんなら全問正解できるくらい易しい問題です!」


「ホントォ?吉川さん、全問正解できる?」


「『スターライト・フェローズ』は全クリしたので答えられます」


「それはプレイヤーまたはファン目線なんだよ!キャストって自分の出番のとこしか台本もらわないし、設定も関係ないところだったら教えてもらえないんだからな!」


 鹿島さんと吉川さんの掛け合いに観客席から笑いが起こる。この二人、同年代な上にいくつもイベントで登壇しているから仲が良いらしい。でもこれ、キャスト的にはもっともなご意見なんだよね。


 キャストが全ての設定を教えてもらえるかと言われたらそうじゃないし、他のルートなんて出番がなければ全くわからない。ゲームの完パケをもらえるとは言っても出演声優全員がやっているとも限らない。


 僕みたいにやっている方が希少だろう。皆さん忙しいし。


 それに収録で考えるとどれだけ前のことなんだか。僕だって一年以上前のことだ。メインの方々となるともっと前なんじゃないだろうか。


 他の作品の収録とかもやってたら全部覚えてるわけもないし。こういうクイズで全問正解は難しいと思う。


「あの!キャスト同士でヒントを出すのはアリですか⁉︎」


「まあアリとしましょう。福圓さんは自信があるようで」


「全ルートの収録をしたの、わたししかいないので……」


「それはそうだ。福圓ちゃん任せた!俺たちは間違える自信しかないぞ!」


「それはそれで困ります先輩⁉︎」


 福圓さんがどうにかヒントを出す権利を得ていた。鹿島さんも花井さんも相川さんも自信がなさそうだったから福圓さん頼りになりそうだ。


 福圓さんは主人公というか、プレイヤーの分身という立場上全てのルートにおいて収録している。だからあの四人の中では一番知識があるはず。


 そんな確認が終わったところで、一問目が出題される。


「まずはジャブです。第一問!『スターライト・フェローズ』は共通ルートを除いて全何ルートあるでしょうか?」


「あー。これなら簡単ですね。ヒント要らないですよね?」


「え?だってパッケージの人数ってことでしょ?さっきも見たし簡単じゃん」


「花井さん待って⁉︎自分のルート以外にももう一つ収録したでしょ⁉︎」


「ええ?あー、あれって別なの?そっかそっか。じゃあ……」


 早速福圓さんが助言をしていた。花井さんは四って書こうとしたところを五に書き換えていた。


 四人の攻略ルートと一緒にラストルートがあるんだよね。全員が出てきて学園と王家の秘密に迫るルート。だから答えは五。


 全員がフリップに五と書いたことでピンポンピンポンという正解を鳴らす効果音が響く。


「はい。正解!いやー、最初からつまづくのかと思ってハラハラしました」


「難しいって。次はもっと難しいの?吉川さん」


「どうでしょう?続いて第二問!学園の教師であるメッシーナ・フルフェンス。彼の教えている学問はなんでしょうか?」


「あ、俺のキャラだ」


 僕の隣で菱木さんが呟く。


 メッシーナの立ち絵も出て出題される。これ、ファンからすれば簡単なんだろうけどキャストに答えられるだろうか。


「確か古代魔術学、でしたっけ?」


「そうそう。全部のルートでなんかしらの説明したり、重要なファクターになってたね。あとラストルートでこの古代魔術が出てきたから多分分かるはず」


 僕はラストルートに全然関わらなかったからプレイしてへーって思ったくらいだけど、プレイしていなかった僕だったら答えられていない。台本の中にそんな単語出てこなかったし、メッシーナとは関わってない。


 制限時間が来てフリップを出す皆さん。正式名称を書いている福圓さんと相川さんと、魔術だけ書いていた鹿島さんと花井さん。


「おおまけで正解にしましょう。二問目も全員正解!」


「よっしゃあ!魔法と魔術で迷ったんだよなー」


「福圓さんずっと術!って言ってたから間違えないでしょ。っていうかあれで間違えてたらキャストの皆さん恥ずかしすぎですよ?」


「吉川さんがヒント何もくれないんだもん!」


「うわー、三十代後半の男の人の『もん』なんて聞きたくなかった」


 舞台上はかなり盛り上がっているようだ。


 そしてここで豪華プレゼントが舞台上に運ばれる。僕たちの反対側の舞台袖から運ばれたので近くで見ることができなかった。


 見た感じキャラクターのフィギアっぽい。メイン五人の精巧な、八分の一スケールかな。


「おおー、出来が良い!」


「え、エクレシアちゃん可愛くね?」


「これもらって良いんですか?ほしー!」


「エクレシアちゃん一つしかないの?全員分なし?」


「ないですね。この五体を皆さんにプレゼント、ということで」


 全員がフィギアの前に行って、実際に手にとって眺めている。映像越しだからそんなにちゃんと見えないけど、色彩とかは凄く綺麗に見える。


「えー。じゃあ三人でエクレシアちゃん分けなくちゃ」


「じゃあ俺下半身」


「頭もーらい」


「え?頭ない上半身もらってどうしろと?」


「三人で自然と猟奇的なこと言うのやめてくれません⁉︎」


 これを突っ込むのがアナウンサーの吉川さんな辺り声優さんの集まりだなって思う。


 福圓さんは福圓さんで四人のフィギアを眺めている。


 声優さん以外がMCをやる理由をありありと見た気がする。じゃないとのっかかってしまう声優じゃイベントが終わらなくなってしまう。


「で、では席に戻って!第三問いきますよ!」


 席に戻って大スクリーンに問題が出てくる。


 その内容を見て、思わず「あ」と言ってしまった。


「第三問!ゲイルルートで出てくるこのキャラクター!エンディングクレジットで表記される名前はなんでしょうか?」


「「知らねーよ!」」


 鹿島さんと花井さんが声を合わせる。


 だよね。僕のキャラクターの名前なんて二人は特にルートでも絡みがなかったから知らないよね。


 二人とも「ゲイルの弟」が正式名なんてわからないだろうなあ。

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