2−1 シークレットゲスト
僕は学校で声優としてのファンである冬瀬さんと話すことがある。彼女も慣れてきたのか、僕と話していても早口になったり興奮したりはしない。いや、内面はわからないんだけど。
そんな冬瀬さんがある話題を自慢してきた。
「間宮君、私今週の日曜日にある『スターライト・フェローズ』のアニメ化記念イベントの抽選受かったんだ!最近の私はツイテるよ!」
「あー、夏の放送直前イベントだっけ。『パステルレイン』のイベントも良い席当たったって言ってたし、本当に運が良いんだね」
人気がない場所で話す。アニメとかのイベントは基本抽選で当たらなかったらそれまでだ。参加したくても外れたら終わり。イベントをやる会場次第だけどだいたい五千人が上限であることが多い。それ以上だと相当大きな会場だ。お金がある作品でも、毎年イベントをやっているような作品じゃなければ大きな会場なんて取らない。
今回の『スターライト・フェローズ』のイベントもそんな感じのキャパだったと思う。むしろゲーム作品がアニメ化決定の事前イベントでそんな大きな会場を取っていることが凄いんだけど。事前イベントだとあまり話せないこともあるから長々としたイベントにはならない。
「僕は見に行かないけど、楽しんできてね」
「やっぱりモブじゃアニメの出番はなさそう?」
「それはコンプライアンス違反になるから何も言えないけど、アニメ化イベントに出演できるほどの役じゃないからね。ゲイルルートをやってなかったら僕のことなんて知らないだろうし。アニメはメインのキャストが頑張ってくれるよ」
モブの僕がアニメ化記念の場に居たら不自然だ。というか僕が登壇したらそれはある意味ゲイルルートの映像化確定じゃないだろうか。
その証拠に公式HPには『スターライト・フェローズ』のメインキャストの方たちの名前があるだけだ。僕の名前なんて全くない。
ルートがある四人の内の三人の男性キャストと、主人公の声を当てている福圓梨沙子さんの名前しかない。あとはMCを担当するTV局のアナウンサーさんだけ。
どうしてアナウンサーさんがアニメイベントに出るのかと言うと、このアナウンサーさんがアニメが好きで仕事が休みの日にこういうアニメイベントに出るのだとか。この業界、よくわからないことが多い。キャラクターデザインの絵師さんがイベントのMCをやったりする。
その職業の方が何故ここに、と思うことは度々ある。色々とマルチで活躍されている方が多いから驚くことがある。それを言ったら声優も写真集を出したり、ライブをやったり、地上波に出たりと様々なことをしている。人のことは言えない職業だ。
冬瀬さんとはそんな感じの話を短時間してだいたい終わる。彼女はファンとしての距離感を保とうとしているらしくて僕を長時間拘束しない。随分とできたファンだと思う。
今週も一つオーディションを受けつつ、『パステルレイン』の収録をした。新キャラである亀倉さんが綾人君に積極的にアプローチをかけてそれを壁の奥から見ているキララちゃんがぐぬぬとしていることが多い回だった。
亀倉さんは野球部に多額の寄付をしてバッティングマシーンやボールなどの消耗品などを贈っていた。それもこれも綾人君の活躍を願って。恋というのは恐ろしいと思った。何よりも人を動かすのは恋の情熱だなと収録をしながら感じたくらいだ。
この回の僕、というか奏太の役割は綾人君への弁当を作っていることを知った亀倉さんが弁当を見て栄養バランスはどうか、味はどうかというチェックを教室内で行うという騒動に巻き込まれたもの。
亀倉さんの合格判定は出たものの、弁当を半分以上食べられたことでしょうがなく学食へ行こうとしたら亀倉さんのお重のような弁当を分けてもらうこととなって奏太がプロの料理人の腕前にキララちゃんと同じようにグヌヌとする場面があった。
これだけ見ていると本当の姉弟みたいだと思った。血は繋がってないんだけどね。家庭環境が人を育てるとかそういう話があるらしい。
亀倉さんが加わってからギャグ調のお話が増えてきた。亀倉さんが常識のないキャラだからそうなってしまうのもわかる。シリアス回はこの後にあるし。
そんな金曜日も終わって日曜日。僕は東京にある五千人くらい入れそうな大きなホールに来ていた。
そう、『スターライト・フェローズ』のイベントに参加するためだ。
午前中にやって来て、リハを行なってお昼から本番だ。僕の名前はないけど、いわゆるシークレットゲストってやつ。僕の他にももう一人ゲストがいる。男性声優で三十代後半の売れっ子声優である
こういう乙女ゲームとかって、ほとんどのキャストを有名な人で固めている。エンディングのキャスト一覧を見たらアニメに詳しい人なら名前を見たことのある人ばかりだと感じるはず。知らない名前なんて僕のようなモブで出てる新人くらい。モブも菱木さんのように豪華だったりするんだけど。
その菱木さんと挨拶をする。
「初めまして、菱木さん。一緒に登壇する間宮光希です」
「はーい、よろしくね。いやあ、君は若いのにそんなに早くデビューできて良いなあ。俺って売れ出したの三十代になってからだよ?」
「運が良かったんです。流山社長に拾っていただけましたから」
男性声優はデビューしても鳴かず飛ばずの期間が長くて、二十代後半とか三十代になってからようやく売れ始めるということが多々ある。人によってはずっとモブで声優以外の仕事で食い繋いでいて、四十代でブレイクしたという人もいる。
売れてしまえばその後は結構お仕事が増えていく。男性声優の方が圧倒的に少ないけど、売れてしまえば安定して生き残れる。
けど逆に女性声優は十代でデビューする人が多い。デビューして、初アニメ作品で主演を演じて。そしていつの間にか仕事がなくなって引退している、という人が多い。十代の内にたくさんアニメ作品に出たからって十年後が安泰じゃないのが女性声優だ。
プロの声優の男女比は一:五と言われていて、五が女性。確かにアニメ作品は女の子の役の方が多くて男ばかりの作品というのはスポーツ物か戦争物、完全に女性目当てで作られた乙女ゲームのような作品だけだ。一部例外もあるけど。
女性声優は需要がかなりあるけど、デビューと引退という入れ替えが激しいことも特徴だ。三十代で仕事があるかどうかが女性声優の線引きらしい。そこで埋もれるか、生き残るか。
男女でこうも活躍する年代が違う職業も珍しい。
歳を取ってからデビューする女性は皆無だし、僕のように若くデビューする男性は希少種だ。子役上がりか本物の天才か。僕の場合は公表していない前者だからよく羨ましがられる。
「菱木さんは今やたくさんのメインキャラクターを演じている売れっ子じゃないですか。今季だけで何本レギュラーがありますか?」
「四本だな。そういう間宮君は?」
「レギュラーは一つだけです。学生なのでそこまで本腰を入れられないという理由もありますが、それでもまだまだだと思います」
本当に売れている同年代だと菱木さんのように複数レギュラーがある。僕は『パステルレイン』一つだし、それもまだ放送が始まっていない。
「でも今回の発表は大きいだろ。売れるんじゃないか?」
「だと良いですけど。人気作ですからね」
今回僕たちは言ってしまえば続編でルート作成が決まった二人だ。
アニメ化のスケジュール発表などに合わせて続編の発表もされて、僕たちが登壇する形だ。
まだ収録もしてないからいつ発売になるとか全然わからないけど。
ゲームって年単位で寝かされることがあるから本当にわからない。
楽屋に向かって他のキャストさんやスタッフさんにも挨拶をする。以前根本さんの配信で一緒だった福圓梨沙子さんもいた。実際に会うのは初めてだ。女性キャストは一人だけだから同じ楽屋を使っているらしい。普通は男女で別れる。
「あ、間宮君。久しぶり」
「お久しぶりです。福圓さん。今日はよろしくお願いします」
「うん、よろしくね。明菜ちゃんを驚かせちゃおっか」
今日僕は何人の女性を驚かせるんだろうか。
そうしてリハは進んでいく。僕と菱木さんは最後の方に登壇して続編について少し話すだけだからあまり確認することはなかった。まだ言っちゃいけないことだけを気を付ければ大丈夫そうだ。
リハも終わってイベントで用意されていたお弁当を食べて。十三時半から入場が始まって。
十四時から、イベントが始まった。
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