1−5 連休が終わった後に

 金曜日。そろそろ学校でも六月末にある学園祭について何をやるのかという話し合いを四限に行なって。何だか普通の喫茶店じゃなくてコスプレ喫茶とか男女逆転喫茶だとか、休憩室だとか。何だかそういう系のお店になりそうだった。


 本決定はしなかったけど方向性はわかって良かった。その後僕は帰ったけど、五・六限は普通の授業だったから文化祭関連はあれ以上進まなかったはず。文化祭実行委員会に提出するのはもう少し先でいいとか聞いたはず。


 今日も今日とて『パステルレイン』の収録がある。ご飯を食べてから向かって今日も一番にスタジオ入りをする。ド新人だからこういうことを気にしないとね。学生でもこういう場所でスタッフさんたちにアピールをすると次の仕事に繋がるから業界の常識は守りなさいと子役の頃から叩き込まれていた。


 こういう行動が『星々を巡る不思議な湖』に繋がったんだと思うし。


 スタジオの整理整頓とか、カノン先生の編集部から頂いたお菓子の封を開けて食べやすいようにしておく。そうしている間にスタッフさんやキャストも集まってくる。モブのキャストさんが先に来てそれから根本さんもやって来た。


「みーちゃんおはよー」


「おはようございます、根本さん。今日もよろしくお願いします」


「ねえねえみーちゃん。みーちゃんも『ソラソラ』に出てるんだね」


「ソラソラ……?」


 そんな名前の作品、あっただろうか。とりあえず正式名称がそんな名前の作品には出てないので何かの作品の愛称だろう。それでもピンと来ないけど。


「『空をくは天空騎士団』だよ。最初の空と天空のソラで『ソラソラ』。昨日生放送があったのに見てくれなかったの?」


「すみません。生放送までの情報を確認してなくて」


「もう。私のSNSフォローしてくれてるんだから通知あったでしょ?」


「通知多すぎて基本オフにしてるんです。学校で充電なくなっちゃいそうですし」


 通知をオンにしてると学校でずっと通知が来ちゃう。『パステルレイン』とかの公式アカウントは通知が来るようにしてるけど個人のアカウントの通知はオンにしていない。


 けど公式放送があったということは『空をくは天空騎士団』も公式アカウントがあるんだからそれはフォローと通知オンにしておこう。


「えー、そっかあ。私はみーちゃんの通知オンにしてるのに」


「だからいいねとリツイート、異常に速いんですね……。昨日インターネットで生放送でもあったんですか?」


「うん、そう。リリース一ヶ月前の生放送。今までもPVとかCMはあったんだけど、昨日は『ソラソラ』って愛称が決まって、事前登録も始まってキャラ紹介とかもあったよ。みーちゃんがやる『アセム』も紹介されてたよ」


「そうなんですか?アーカイブって残ってます?」


「うん。後で見てみるといいよ」


 じゃあ見てみよう。事前登録も始まったのなら収録の後にやっておこう。モデリングとかソシャゲにしてはすごい綺麗だったから気になってたんだよね。


「生放送でゲストになるってことは、根本さんもキャラを演じてるんですか?」


「うん。星四の『サクラノ姫』ってキャラ。ハルちゃんも津宮さんも出てるよ。登場キャラ相当多いみたいだね」


「ウチの事務所でも野原さんが三キャラいただいてましたけど、本当にキャラクターが多いんですね」


「ねー。全部3Dで動かすのに、凄いよねえ。でもスマホだけじゃなくて据え置き機でも対応するマルチプラットフォーム形式なんだって。それも昨日発表されてたよ」


「そうなんですか?」


 じゃあスマホでやらなくても良いのかも。そういうゲームアプリって容量を凄い食うからスマホには入れなくていいかな。スマホで調べてみると僕の持っている据え置き機でも対応していた。


「でね、みーちゃん。私とか色んな人が出てる注目ゲームだから、ゲームが配信されたらハルちゃんと津宮さんも合わせてチーム『パステルレイン』でガチャ動画撮ろうよ」


「そういう動画って食い付きがいいんでしたっけ?」


「目当てのキャラが当たっても当たらなくても話題になるからね。全員で一斉に引いてわーきゃー言うだけで盛り上がるんだよ。私たち声優は声が触媒になるから引きやすいって言われてるし」


「触媒?」


「目当てのキャラを呼び寄せるための捧げ物、みたいなものかな。色んな声優さんが自分のキャラを引き当ててるからファンがそんなこと言い出したんだっけかな?」


 単純な運じゃなくてそういう別の要素に注目することもあるんだなあ。


 でも有名な男性声優が何十万も爆死したとかっていうのはニュースかSNSで見たことがある。その人、東京じゃなかったら家を建てられるくらいそのゲームに課金したとか。それって四桁万円ってことだよね。凄いなあと思った。


「じゃあ配信されたらやりましょう。社長が許可をくれればですけど」


「それはこっちからも聞いてみるよ。よろしくねー」


 僕も社長と松村さんに聞いておこう。来月の話だろうけど、予定が決まっているならさっさと埋めておいた方がいい。色々被ったらダメだからね。


 それからも根本さんと話していると、スタジオの扉が開いた。その人物はスタッフではないようで制服を着た女の子だった。確実にキャストだ。僕以外に学生服で来る人がいるなんて。僕は余裕を持って一回着替えてから来てるから私服だけど、彼女は学校帰りにそのまま来たんだろう。


 というか、あの人。この前見た人だ。セーラー服も同じだし。夢城さんだろう。


 今日からこの現場に参加するんだ。当番表見てなかったな。


 夢城さんはまず監督の方へ行って挨拶をして。スタッフさんを一回りしてから僕たちの方に来た。


「初めまして。今日からこの現場で『亀倉真奈美かめくらまなみ』役を演じさせていただきます。リーベ・デュ・ラパン所属の夢城櫻子です。よろしくお願いします」


「初めましてー。一応座長の根本明菜です。櫻子ちゃんとは初めまして同士だよね?」


「さ、櫻子ちゃん?はい、そうです。よろしくお願いします」


「うわー、制服だー。懐かしいなー」


 そう言って夢城さんをじっくりと観察し始める根本さん。いきなり名前呼びで制服を観察されているせいで夢城さんが困ってる。根本さん、誰にでもこういう対応なんだな。


 僕はまだ挨拶を返していなかったので挨拶をすることに。根本さんは気にしないことにする。


「夢城さん、初めまして。サブヒーローを演じています、間宮光希です。こちらこそよろしくお願いします」


「あ、はい。よろしく。えっと、間宮君この前の収録ですれ違ったよね?」


「やっぱり夢城さんでしたか。改めてよろしくお願いします」


「え、なになに?みーちゃんと櫻子ちゃん、初対面じゃないの?」


 僕たちが初めて会ったわけじゃないと知って根本さんが僕たちの顔を交互に見てくる。


 夢城さんが『空をくは天空騎士団』で演じている「ヴィヴィ」は僕の演じる「アセム/ル/フェ」と関わるキャラだからまだ公表されていないんじゃないだろうか。その辺りは夢城さんの方が詳しいだろうけど、守秘義務を守って話すとこうなる。


「ゲームの収録で入れ違いになりまして。一応プロデューサーさんから次の収録が夢城さんだって聞いていたので挨拶をしたくらいですけど」


「そうですね。ちゃんと顔を合わせるのは初めてです」


「そっかー。それを聞くとみーちゃんも最近は順調だね?良かった良かった。一人暮らししてるんだし、学生だから仕事がいっぱいあることはいいことだよ」


「え?一人暮らし?歳下、だよね?」


 夢城さんが根本さんの発言に驚いている。


 夢城さんはおそらく実家で暮らしているんだろう。いや、それがほとんどの学生の当たり前なんだけど。実家と絶縁してる僕が珍しいというか。


「仕事をするには東京の方が都合良くて。一人暮らしをしているんですよ」


「へー。私は横浜に家があるんだけど、そこから通ってるよ。高校を卒業したらこっちに住むだろうけど」


「横浜ならまだ近いですよ。でも仕事をするなら一人暮らしの方が色々と便利です」


 実家が近いなら実家から通うのが正しいと思う。だから制服のままなのか。僕も余裕がなければ学生服で現場だったりオーディションに行ったりするけど、この『パステルレイン』の現場は余裕があるから私服に着替えてから来ている。


「おはようござ──うおっ、セーラー服⁉︎今日の収録ってコスプレ指定みたいなのありましたっけ⁉︎」


「津宮さーん。現役JKの櫻子ちゃんだよぉ」


「え?現役?そっかー、みーちゃんは居たけど現役JKと現場が一緒なのは初めてだな」


「あ、あの。あまりJKを連呼しないでいただけると……」


 現場入りした津宮さんが驚いて、JK呼びに夢城さんが照れつつも自己紹介をしていた。


 結構若くして現場入りする人も増えたけど、津宮さんも初めてだったのか。僕も同年代の方と現場を一緒にするのは初めてだった。他のアニメ現場とかには高校生っていなかったもんなあ。


 それから全員揃って、夢城さんが演じる『亀倉真奈美かめくらまなみ』について監督から説明が入る。この回から登場するキララちゃんの恋のライバルで、綾人君に恋する財閥のお嬢様だ。


 前回の試合終わりにワンカットだけ映ったのは彼女のこと。試合で活躍するのを見て一目惚れして、即日で転校をしてくる破茶滅茶お嬢様だ。


 僕の演じる奏太とキララのクラスに転入してきて一悶着が起こる、という内容だ。


 相変わらず奏太は蚊帳の外だけど。


『初めまして、藤堂キララさん。これから仲良くいたしましょうね?』


『え?え???亀倉さん、どうして私の名前……』


『それは当然のこと。だってわたくしにとってあなたは、将来の妹だもの!』


『『『…………ええええーーーーーーーーー⁉︎』』』


 突然の発言にこの場にいたキャスト全員で絶叫する。奏太は声を出していないけど奏太とは別の声で、津宮さんも綾人君とは違う声で一緒に叫んだ。


 皆さんと合わせて叫ぶの楽しい。


 そしてキララちゃんが机をバン!と叩いて立ち上がり、奏太の方を向く。


『ソウちゃん、いつの間にお嫁さんなんて見付けて来たの⁉︎』


『違えぇ!オレはその女と初対面だ!バカなこと言ってんじゃねえ!それにオレはお前の弟だろうが!もしそいつが嫁になっても、お前のことは姉って呼ぶくらいわかれよ⁉︎』


『あ、そっか!』


『あら、藤堂奏太さん。あなたもわたくしのことをお姉様と呼んでも良いのですよ?もしくはお姉ちゃんでも可ですわ。わたくし、弟妹に憧れておりましたの』


『……バカキララのことも姉なんて呼んだことないから遠慮する』


『そこは呼んでよ!ソウちゃんのバカ!』


 そんなキララちゃんの勘違いが挟まったものの、優菜ちゃんがおずおずと手を挙げて亀倉さんに質問をする。


『えっと、亀倉さん?それって、あなたが綾人さんと婚約でもしたってこと?』


『ええ!あの人はわたくしの将来の旦那様の予定・・ですわ‼︎』


『ええええっ⁉︎』


 衝撃の事実発覚にキララちゃんは驚くが、ある意味蚊帳の外だった奏太と優菜ちゃんは冷静だった。周りの生徒たちは爆弾発言ばかりで冷静ではなかった。


『ん?予定?』


『それ、綾人に言ってないだろ。オレは両親からも綾人からも何も聞かされてないぞ』


『亀倉財閥の力で成立させてみせますわ!』


『このお嬢様滅茶苦茶だ⁉︎』


 優菜ちゃんが一般人代表として叫ぶ。


 そんな飛び抜けた自己紹介のシーンが、ここで一区切りになる。


「はい、カット。うん、夢城さん良いですよ。高飛車なお嬢様な感じ。他の皆さんも大丈夫です。このまま進めていきましょう」


 そんな感じで収録は進んでいく。


 夢城さんは途中参加だというのに現場に馴染めていて、その順応力がすごいなと思った。

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