1−4 連休が終わった後に
GWは無事に終わり、姉さんと鈴華ちゃんとの温泉旅行は安全に終わった。温泉旅行って言っても姉さんの取材旅行のついでって感じだったけど。僕たちが写っている写真を撮ったり、同じ場所の人が写っていないような風景写真を撮ったりしていた。
そんな姉さんの仕事のついで感もあったけど美味しい物はしっかり食べたし、温泉にもよく浸かった。姉さんなんてビールを結構飲んでたし。
学校でもどこに行ったとかなんとかで話題として盛り上がった。遊園地に行ってきたという人もいればスポーツ観戦に行ってきたという人も。あとは僕みたいに旅行に行ってきた人もいた。こんな長期休暇、大人の人にとったら珍しいからみんな何処かに行くよね。
GWは僕の収録も全部休みだった。アニメの音声収録ってだいたい早めに録るから一週録らなくても間に合ったりする。
たまに、アニメーターさんの進行状況などによって急遽総集編が挟まる関係で新規収録する声優だけ呼ばれて収録ということもあるのだとか。総集編は一年くらいやる長期アニメじゃなければかなり珍しい。言ってしまえば時間稼ぎの回だからね。
僕たちペパームーンの所属声優は急遽入った仕事なんてなくてゆっくり休めていた。野原さんだけは稼ぎ時だって言ってバイトに勤しんでいたらしいけど。
GWが明けて水曜日。この日は以前に収録させていただいたアプリゲーム『空を
前は「アセム・クロウ・ル・フェ」を収録したけど、今度は「クロウ」という役と「アセム/ル/フェ」役を収録することになった。
「クロウ」はアセムと瓜二つなんだけど、目付きは鋭く持っている剣も片手剣じゃなく太刀のような大きな剣になっていた。設定画では両手で使うみたいだ。この「クロウ」は「アセム/ル/フェ」のクローンという設定。
それを言ったら「アセム・クロウ・ル・フェ」も「アセム/ル/フェ」のクローンに変わったんだけど。その絡みのセリフも収録しておくのだとか。
あと、アプリの正式リリースが六月中旬に決まったらしい。色々なところで既に情報が出たりしている。注目の新ゲームとして注目度が高いらしい。
川口プロデューサーの話だと五月末くらいからアニメの間で事前登録を促すCMを流すんだとか。事前登録をするとゲームで使えるたくさんのアイテムをくれるのだとか。こういうゲームのお決まりらしい。僕も出るゲームだから事前登録が始まったらやっておこう。
そんなお話もあった後に収録に移る。
「クロウ」はクールな感じの青年。見た目もアセムよりも年上っぽくてアセムはまだ少年感があったけど、彼は背も高いし青年と呼ぶのが相応しい感じ。前の必殺技と同じ感じで他のセリフも言ってほしいとのこと。
一方「アセム/ル/フェ」は儚げな少年のようで、線も細く言ってしまえばガリガリだ。剣も持っておらず杖をついている。魔法使いが持っているような魔法の補助具のような杖ではなく、足が悪い人が使っているような身体を支えるための杖だった。
戦闘手段はその場からほぼ動かず魔法を用いるというもの。移動速度も全キャラで最低に設定するのだとか。しかも必殺技は「敵全体に確定極大ダメージ。味方全員のHPを大回復。味方の状態異常、デバフ状態解除。自身に瀕死状態付与(デメリット)」という物凄いピーキーな感じだ。
確定ダメージというのはどんな場所にいても回避状態や無敵状態でも必ずダメージを与えられて、味方の毒とかの状態を治せて、攻撃力ダウンや防御力ダウンというデバフ状態というのも治せて、でもその戦闘ではもう戦えなくなる。
アセムもピーキーだったけど、これは大元の「アセム/ル/フェ」の使うケルト魔術というものが原因らしい。そのケルト魔術を酷使しすぎて身体がボロボロという設定のようだ。アセムがデメリットのある理由は「アセム/ル/フェ」の魔術の劣化コピーだかららしい。
二人はある人物を探すために別々に旅をしている設定のようだ。
「いやあ。アセムのお陰でメインストーリーの第三章を丸々書き直すことになってね。この三人全員三章で活躍するから頑張ってね」
「わかりました。それでどっちから収録しますか?」
「クロウの方にしようか。一回演じてもらってるし」
メインシナリオライターのコトブキ先生に言われて「クロウ」の方から収録することになる。必殺技の一パターンは前に収録したものをそのまま使うようだ。
それ以外は全部これから録る。「アセム」の時と同じくガチャで召喚した時のセリフから。
『オレの名前はクロウ。ただのクロウだ。……オレには目的がある。使命と言ってもいい。それを為すには人手がいると思ってな。お前たちを利用することにした。お前もオレを利用しろ。そういう、つまらない関係だ』
『……アセムがここにいるって言うから来てみれば。人違いだ。じゃあな』
『ッ!アセム!お前、こんなところに……!くそ、見てられない!オレも同行する!……なんだ、文句あるのか?』
なんと召喚セリフで凡庸、「アセム」がいる場合、「アセム/ル/フェ」がいる場合で異なる仕様にするらしい。これって珍しいことなんだとか。後から野原さんに教えてもらった。
それからは戦闘ボイス、談合室と呼ばれるキャラクターと交流ができる場所での会話、季節ボイスなどを順番に録っていく。戦闘ボイスは前にも感覚を掴んでいたので順調に終えていく。
談合室では他のキャラクターとの掛け合いというか、そのキャラクターについてどう思っているのかということを話すセリフが何人か宛にあったのだが、ここで「クロウ」は嫌悪感をたくさん示すこととなる。「アセム」は気の合う人と穏やかな交流って感じだったので談合室でこんなに空気を悪くするようなことを言っていいんだろうか。
『何でテメエがアセムを名乗ってやがる……。ああ、テメエには記憶がなかったんだったな。なら教えといてやる。「ル・フェ」の名前を容易く名乗るな。「アセム」はお前には似合わない、捨てろ。……じゃあなんて名乗ればいい?「クロウ」はオレの名前だ。そうすると名前が残らねえな?名無しくん?』
これが「アセム」へ宛てたセリフ。大嫌いということが凄く滲んでいる。
他の人や主人公には力を貸してやるとか、必要なら男料理だが炊事くらいは手伝ってやると言ってくれるけど、ツンデレなんだろうか。
一方「アセム/ル/フェ」には。
『……無事で良かった。オレがいくらでもお前の代わりに道を切り拓いてやる。オレはお前のためなら何でも……。ああ、まずは食事だな。幾ら何でも細すぎる。一人の時はちゃんと食ってたのか?すぐに飯を作ってやる。良いから食え。あの人に会う前に倒れても困るだろ?』
という甲斐甲斐しい面を見せる。料理は見た目はともかくそれなりの物を作れるらしい。
それと彼は必殺技の時に自分のHPが減るデメリットがないのだとか。
キャラクターのレアリティの問題もあるようで、「アセム」が星三。「クロウ」が星四。「アセム/ル/フェ」が星五の最高レアリティらしい。
「クロウ」の収録が終わって休憩に入る。「アセム/ル/フェ」の収録の前にコトブキ先生と川口プロデューサーに質問をした。
「『クロウ』と『アセム/ル/フェ』が探してるっていう女の子の情報ってありませんか?」
「あれ?設定にそこまで書いてなかったっけ。良いよ。そういうのわかってた方が演じやすい?」
「はい。あればあるほど演じやすいです」
「じゃあ今印刷してくるから。待っててね」
川口プロデューサーが印刷してくれた何枚かの資料を見る。
「ヴィヴィ・クロウ・モルゴース」という少女。「アセム/ル/フェ」と同い年の幼馴染。「アセム/ル/フェ」の親戚でもあり、先祖に同じケルト魔術の祖であるドルイドを持つらしく、遠縁ではあるが血縁関係があるようだ。
「アセム/ル/フェ」と同等の魔術の腕を持ち、とある組織に攫われて「クロウ」と「アセム/ル/フェ」が世界中を探し回っているらしい。
「アセム/ル/フェ」は彼女へ淡い恋心と罪悪感を持っているのだとか。「クロウ」はそのことを知っていて「アセム/ル/フェ」に甲斐甲斐しかったと。
うん、知れて良かった。
休憩時間も終わり、「アセム/ル/フェ」の収録を始める。儚い少年というのは『スターライト・フェローズ』で「ゲイルの弟」を演じていたので何となくの共通点はある。
けれど「ゲイルの弟」のように諦観してるわけではなく、心の奥底にある願いのために自己犠牲も厭わない強さも必要だ。
そして召喚セリフを。
『初めまして。「アセム/ル/フェ」、と申します。「ル/フェ」とでも呼んでください。災厄の名ではありますが。……あなた方はそれなりの規模がある集団のようだ。彼女を見付けるために、力を貸してください。僕はこのように杖がなければまともに歩けませんが……。魔術の腕だけならば、世界一だという自負がありますよ?』
演じ終わった後、OKを貰うために待つ。
ブースの外の川口プロデューサーとコトブキ先生はどちらからともなく頷いてくれた。
「うん、OK!弱そうな男の子だけど、芯は残ってる感じで良いね!この調子で行こうか」
「いやあ、四章で殺しちゃうのが勿体無くなってきた……」
おっと。コトブキ先生によって特大のネタバレを受けてしまった。
いつかは知ることになったけど、そうかあ。「アセム/ル/フェ」、四章で死んじゃうのか。
そんなことは一旦頭から離して収録を続けた。ちょっとした修正はあったものの、順調に進んだと言える。収録予定時間よりは早く終わった。それでもお昼に始めてもう夕方だけど。
「お疲れ様でした。このヴィヴィちゃんの設定集、お返ししますね」
「そうだね。まだ外には出せないから返してもらおうか。そういえば間宮君はヴィヴィちゃんを演じる
「いえ……。僕ってまだ同年代の人と共演したことなくて。ゲームとかで広い意味で共演したことはあるでしょうけど」
「そっかあ。彼女も最近売れ出した子でね。確か高校二年生だったかな?この業界は若くて凄い子が多くて驚くよ」
「制作側とは少し事情が異なりますから。大人じゃないとなれない職業じゃありません。僕より若くて大活躍してる子も多いので僕も驚いていますよ」
「間宮君も稀に見る天才だと思うけどなあ」
年齢とデビューだけを見たらそうなるけど、僕はどこまでいっても凡才だ。本当の天才なんて台本を一度読んだだけで、あとはフィーリングで演じて完璧な演技をする人のこと。僕は台本をしっかり読み込んでああしようこうしようって考えて、その上で練習もしっかりこなしてから収録に来ている。
天才とは呼べないけど、上辺だけの経歴を見られたらそう言われてしまう。
川口プロデューサーとそんな話をしてスタジオを離れる。学生服のまま、ビルから出るところを見られるわけにはいかないのでマスクをしてから出ようとする。
出口近くでセーラー服を着た同じくらいの背丈の人が入ってくるのが見えた。その子もマスクをしながら学生服で背中にリュックを背負って中に入ってきた。
このビルには塾とか学生が来るような場所は入っていないので彼女が川口プロデューサーの言っていた夢城さんだろう。彼女も僕が声優だって察することはできるだろうけど、誰かまではわからないはずだ。
礼儀として挨拶はするけど。もう夕方だからこんにちはじゃない方がいいだろう。
「こんばんは」
「こんばんは」
女の子らしい可愛らしい声だった。髪の毛は茶色に染めているっぽい。明るい茶色だった。
話しかけられることなく、お互い中と外へ別れていった。これから一緒に収録するわけじゃなかったら声優同士の距離感なんてこんなものだ。それにもしかしたら人違いの可能性もあるし。
この日は素直に帰って、帰り道でマネージャーの松村さんに電話して今日の収録も問題がなかったことを伝えた。
家に帰って、今日は冷凍食品の餃子をフライパンで焼くという手抜きをする。毎日凝った物は作ってられない。
────
「お疲れ様です。夢城櫻子です。本日はよろしくお願いします」
「お疲れ様。『空を
「前の収録は終わっていたようなので。前ってどなたが収録されていたんですか?」
「ヴィヴィちゃんと関わるアセム役の間宮光希君だよ」
「ああ、じゃあビルを出て行った彼が……。やっぱり。
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